第5話 ハンターとハンターギルドとキノコ

 イリスは裕真に『おおとり亭』という宿を紹介した後、自宅に帰った。


 高校生の裕真には1人で宿に泊まった経験など無く、色々と不安だったが、宿の女将おかみ雲雀ひばり』さんがとても親切に対応してくれたので、何も不便は無かった。


 雲雀さんは二十代前半ぐらいの小柄な女性で、長い黒髪を後頭部で高く束ねている。顔つきはアツシさんと同じく日本人のように見えるが、日本人ではなく『統星すまる』という国の出身で、れっきとしたカンヴァスの住人である。


 『統星すまる』とは世界の極東にある島国で、そこでは日本人に似た人種の方々が日本に近い文化を築いているのだとか。


 なるほど、するとアツシさんも統星すまるの出身だったのだろうか?

 それにしても、ある意味RPGのお約束である「和風の国」が、カンヴァスにもあるなんて……。

 ちなみにどれぐらいお約束かというと、国産RPGはもちろん、RPGの元祖であるアメリカのD&Dにも「海洋国家サイグラ」なるものが存在するくらいである。

 

 そんな和風の国出身の女将だが、経営する宿は特に和風という感じはなかった。せいぜい所々に統星すまるの調度品が飾られているぐらいで、借りた部屋も畳に布団とかではなく、普通に洋室だった。

 雲雀さん曰く、できれば畳敷きにしたかったそうだが、この国で畳は輸入するしかないので超高額になってしまうそうな。


 借りた部屋に荷物を置くと、この宿にはシャワーがあると聞いたので、さっそく利用することにした。

 シャワーは基本的に冷水で、温水にしたい場合は壁にあるスロットに1マナ硬貨を入れるらしい。そうすると内部の湯沸かし器がマナ硬貨を動力源にお湯を沸かしてくれるという仕組みだ。

 この街は温暖な気候だったが、夜に冷水を浴びたいと思うほど暑くない。なので硬貨を使い温水にした。

 汗と疲れを落とし、さっぱりした裕真はフカフカのベッドで眠りにつくのだった。

 

 

 翌朝、裕真は空腹で目覚めた。そういえば昨日は何も食べていなかった。あまりにも色んなことが有りすぎ、胸いっぱいで食事どころではなかったのだ。

 というわけで、異世界に来て初めての食事を摂ることにした。

 この宿は一階が酒場、二階が客室という構造で、酒場は宿泊客以外も利用可能――というか、そちらの稼ぎの方が大きいそうだ。

 適当な座席に座り、メニューから“日替わり朝食セット”なるものを注文する。

 出てきた料理はミートボールらしき物、パンとレバーペーストらしき物、それとレタスらしき物とトマトらしき物のサラダに、キノコらしき物のポタージュ。

 どれも良い香りがしてとても美味しそうだった。材料に何が使われているか分からない点を除けば。

 まぁ他の客も普通に食べているし、流石に毒という事はあるまい、と口を付ける。

 ……うまい、どれも絶品だ。異世界の料理が口に合うか心配だったが、杞憂だったようだ。

 裕真はすっかり上機嫌で女将さんに話しかけた。


「いや~、女将おかみさん! この料理すごく美味しいですね! 材料は何を使ってるんです?」

「はい、スープはマイコニド、サラダはベビートレントとキラートマト、レバーペーストはアルミラージ、ミートボールはオオネズミと魔狼ワーグの合い挽き肉になります」

「あ、はい……」


 なんか魔物っぽい名前が出てきた。魔物を食べられるRPGは腐るほどあるが、自分が実際に食べるとなると若干引く。なにしろ普段何を食べてるか分からない……いや、分かったら余計怖いものを食べてそうな生き物である。

 ……まぁこの世界の人は普通に食べているようだし、健康面での問題はないはず……多分。


 食事を終えた裕真は、トレ茶という紅茶に近い香りがするお茶を飲んでいた。

 ちなみにトレ茶とはベビートレントという植物系魔物の葉を使ったお茶である。


「おはよう!ユーマさん! 昨日はよく眠れた?」

 

 イリスが酒場にやってきた。裕真の姿を見つけると、ハニーブロンドのおさげを揺らしながら挨拶する。

 

「おはよう、イリスさん。ぐっすり眠れたよ。ちょっと変な夢見たけど」

 

 変な夢とは、昨日遭遇した盗賊2人にアツシさんが襲われる夢である。あのシーンは強烈過ぎて未だに脳裏から離れない。


「私のことはイリスでいいわ。これからはパーティを組むんだし、他人行儀よ」

「それなら俺のことも裕真でいいよ。ところで今日行く『ハンターギルド』ってどんなとこ?」

「その名の通りハンターの活動をサポートしてくれる組織よ。狩った獲物の買取や、討伐依頼の斡旋、狩場や『賞金首』などの情報提供……ハンター同士の交流の場でもあるわ」


 なるほど……ゲームとかでいう“冒険者ギルド”みたいなものか。

 ゲーム好きな裕真の脳裏に、同様の組織が登場する作品が次々に浮かぶ。“モンスターを一狩りしに行くゲーム”、“犬と戦車のRPG”、それと“マッパーの女の子が主人公のファンタジー小説”などなど。


「そうそう、登録されたハンターの身元を保証してくれる組織でもあるわね。ギルドのある街ならハンターは自由に出入りできるし、家を借りたり、銀行に口座を作ったりできるようになるわ」

「へぇ、至れり尽くせりじゃないか」


 この世界に銀行もあるというのにも驚いたが、今その話をするとややこしいので置いておく。


「……でもそんなに便利なら審査も厳しいんじゃないの? 狩りの経験が無い俺でも合格できるかな?」

「大丈夫よ、ハンターになるなら誰でもできるから。種族、性別、出身、身分、経験の有無に関わらず、誰にでも門戸を開くのがギルドの理念なのよ」

「へぇ……」


 裕真は感心した。それはつまり自分みたいな身元不明の者でも受け入れて、職と身分を保証してくるという訳か……。

 そこまでしてくれる慈善団体は多分地球にも無いはず。


「……というのは建前で、ぶっちゃけハンターはよく死ぬから、人材の選り好みをしてられないのよ」

「よく死ぬって……」


 若干引き気味な裕真を見て、あははと笑うイリス。

 その笑顔はあまりに屈託が無く、先程の「よく死ぬ」という話はジョークだったのかと裕真に思わせたが――



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 ティータイムを切り上げ、2人は『ハンターギルド』へ向かった。

 昨日は日が落ちてよく見えなかった街の様子が、今は朝日に照らされてハッキリと見える。


 街の景観はざっくり言うと中世ヨーロッパ風。木材とレンガで組み立てられた三角屋根の建物が立ち並び、(地球人から見て)古風な服を着た人達が石畳の道を歩いていた。


 それは有名な“指輪を捨てに行く映画”で見た街の光景に似ていた。

 ただ、あの映画と違う点は街の中が妙に小奇麗なところだ。物の本によるとリアル中世では道端にゴミやフンやらが平気で捨てられて大変汚かったらしいし、あの映画でもリアリティを出す為わざと汚していた。

 だというのにこの街は、住人総出で大掃除でもしたのかというぐらい清潔で、道にはフンどころか塵ひとつ落ちてない。綺麗すぎてちょっと不気味である。


 だがその理由はすぐに分かった。

 馬車を牽引する馬がフンをした。それに向かって青い半透明の球体が転がり込み、フンを包み込む。

 球体はしばし立ち止まり、再び転がり去る頃には、そこにあったはずの馬フンが跡形も無く消えていた。

 そう、青い球体は裕真がトイレでお世話になった『スライム』である。

 スライム達はこうして街中を巡回し、汚れを取り除いて廻っているらしいのだ。えらい。


 ……えらいとは思うが、スライムを見ていると昨晩の醜態を思い出してしまう。  故に裕真はスライムから目を背け、それ以外の要素に注目することにした。


 街の中には多種多様な人種がいた。

 尖った長い耳を持つ美しい人(エルフ族)、背が低いが屈強な身体を持つ髭モジャな人(ドワーフ族)、ブタのような顔の小柄な人(オーク族)、背中に白い翼と頭上に天使の輪っかのようなものが浮いている人(天使族)、黒い羽根とヤギのような角が生えた悪魔のような人(魔族)……


 ()の中は後にイリスに聞いて判明した種族名である。ちなみにイリスのように地球人に近い人種は『ニンゲン族』と呼ばれているそうだ。

全ての種の中ぐらいの能力を持っているからニンゲンという訳だ。 


 エルフ、ドワーフ、オーク、天使、魔族、ニンゲン、そしてこの場には居ないが巨人族を加えた七種族がカンヴァスの主要な人種で、他にも犬のようなコボルト族や猫のようなケット族などもいるらしい。


 また、肌の色が青かったり鱗が生えてる人、コスプレのようにケモミミと尻尾だけが生えている人、髪が蛍光ピンクの人なども見かけたが、それは何人かと聞くと、それは特定の人種では無く「『精霊』との契約者ね」と答えられた。


「『精霊』と契約すると魔法の力が得られる代わりに、外見がちょっと変わっちゃうのよ」


 本当は必ずしも変わるわけでは無いのだが、長い話になるので簡単な説明で済ませるイリス。詳しくはまた別の機会に。


「すごいなぁ……こんな映画みたいな光景が生で見れるなんて…… ん?」


 予想以上にファンタジーな光景に感動していた裕真だったが、ふと街に漂う異臭に気付く。


 立ち並ぶ家屋の中でも特に立派な建物の前に、高さ1.5m、長さ2m程の細長い台が置かれており、その上には人の生首が3つほど並べられていた。

 いわゆる晒し首というやつだ。これが異臭の原因らしい。


 初めて人の死体を見た裕真は「うわぁ……」と呻いた。首はいずれも拷問でも受けたような苦悶の表情を浮かべており、腐臭と相まって最高に不快だった。胃の内容物を逆流させそうになったが、なんとか堪える。

 裕真はファンタジーは好きだが、陰惨でエログロなダークファンタジーはその限りでない。

 こういう物とは関わり合いたくない、くわばらくわばら……と足早に立ち去ろうとしたが……


「あ、どこ行くの! ここがハンターギルドよ!!」

「……は? ……え!? ええっ!?」




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「いらっしゃい♪ ハンターギルドへようこそ☆」


 戸惑いながらもギルドの門をくぐる裕真を、チャイナ服っぽい衣装を着た女性が明るく出迎えてくれた。

 彼女は『ランラン』、ハンターギルドの受付嬢である。

 肩のあたりで切りそろえた鮮やかな赤髪、ルビー色の瞳、年はイリスと同じぐらいに見えるが、童顔なだけかもしれない。そして歌手のような美声の持ち主で、鈴を転がすような声とはこういうのを言うのかと感じさせる。

 ただ表の晒し首を見た後だと、その美声にも一抹の不穏さを感じた。

 人の死体が壁一枚挟んだ先に並んでいるのに、その朗らかさは何なのかと。

 綺麗な赤髪も、今の裕真には鮮血で染まっているかのように見えた……


「あ、イリスちゃん、おかえり~☆ ヒル・トロールの討伐は終わった?」


 警戒する裕真を余所に、ランランさんはにこやかに話しかけてきた。

 昨日イリスがあの場にいたのは、森に徘徊するヒル・トロール……裕真がチュートリアルで吹き飛ばしたあの魔物の討伐依頼を受けていたからだったらしい。

 するとイリスは、単独であのバケモノを倒せる実力があるわけか……


「討伐の必要は無くなったわ。ここにいる魔導士さんが倒してくれたから」

「……この子がトロールを?」


 輝くルビー色の瞳が、裕真を値踏みするように見つめた。

 くりくりと愛らしい子犬のような目だったが、今の裕真には大型の肉食獣に睨まれているかのように感じられた。


「へぇ、なかなかの腕前なのね。普通の男の子のように見えるけど」


 鋭い……確かにチート能力を貰っただけの普通の男の子である。

 裕真はどう返答したものか迷う。下手な事を言うと色々バレそうだ。

 そんな戸惑いを感じ取ったイリスは裕真に助け舟を出した。


「この人、森の中でお爺さんと一緒に、ずっと魔法の修行をしていたそうよ。街に来るのも初めてなくらい」

「そ……そうっす! いや~街の中は珍しい物でいっぱいですね!」

「ふ~ん?」


 後に聞いた話だが、魔術師には変わり者が多く、奇怪な言動や奇抜なファッションは当たり前らしい。

 孫を十数年間一度も外に出さず、ひたすら魔術の修行をさせるという、現代日本なら児童虐待と騒がれそうな事例も有り得ない話なのだそうな。

 だから冥王は裕真の経歴として「魔術師の孫」を選んだわけだ。


「それで彼が私とパーティを組んでくれるって言うから、ハンター登録をお願いしたいの」

「あらあら、やっと見つかったのね♪ 分かったわ、さっそく入会申請書にサインを――」

「あ…あの……その前に聞きたい事が……。外に並んでる生首は何ですか?」

「ああ、アレはね。犯罪行為をしてギルドの名を貶めたハンター……いえ、ハンターの首よ」


 引き出しから書類を用意しながら、事も無げに語るランランさん。


「……つまり、粛清?」

「そうよ。ハンターって基本的に武装していて、そこそこ戦闘術に長けているじゃない? そういうのって一般市民の皆様からすると、怖い存在なのよね」


 確かに武器を持った人間は怖い。例えば土産物屋で売ってる木刀程度でも、それを持って街中を歩く人間がいたら近づきたくない。


「只でさえソレなのに、実際に犯罪行為をする者がでたらハンター全体が危険視されてしまうわ。だから罪を犯したハンターはギルドで捕まえて世間一般より厳しめの罰を与えてるわけ♪ そう、ちょっと産まれてきたのを後悔するやつを☆」


 それが表の晒し首という訳か……。

 理屈は分かったが、納得は出来なかった。むしろそういう事をしてる方が危険視されるんじゃなかろうか? 少なくとも腐臭を漂わせているのは迷惑だろうし。

 ……もっともそれを指摘する勇気など、今の裕真には無いのだが。


「ちなみに罪状は、右から順に強盗殺人、暴行と恐喝、下着泥棒よ」

「……下着泥棒で死刑って重すぎません?」

「盗んだ下着は領主様のものなの」

「領主の?」

 

 後に知った話だが、ここマイラの街の領主『エーリコ・ディ・マイラ=プロキオン』公爵は、大変な美少女なのだそうな。


「まあ、この街の人はハンターに理解あるし、何人か犯罪者が出たからといって、偏見を持ったりしないわ。でもそれはそれとして見せしめは必要よね?」

「ははぁ、なるほど、よく分かりました。それじゃ俺はこれで失礼しま――」

「ちょっと待って! どこ行くの!! ハンターになるんじゃなかったの!?」


 そそくさとギルドから立ち去ろうとする裕真を、首根っこ掴んで止めるイリス。女の子とは思えない大変な握力である。


(いやいやいや……怖いって! 俺にハンターは無理!)


 ランランさんに聞かれないよう、小声で囁く裕真。


(大丈夫だって! 悪いことしなければ良いだけだから!!)

(何が“悪い事”に引っかかるのか分からないから怖いんだよ!)


 そう、裕真はこの世界の常識を知らない。故に知らず知らず地雷を踏んでしまうかもしれない。些細なことで死刑宣告されるかもしれない……


 などと想像を働かせ、怯える子犬のような目をする少年を、イリスは溜息をつきながら一旦外に連れ出す。


「……ユーマ、落ち着いて聞いてちょうだい。じゃあこの後の生活はどうするの? 一から十まで冥王様の支援に頼るつもり? 財布を握られるのは命を握られてるのと同じ。生活費を盾に、また冥王様に理不尽な命令をされるかもしれないよ?」


 イリスの言葉にハッとなる裕真。

 冥王がイリスを消すように命令したのは「嘘」、自分を試す為の試練だと言っていたが、ぶっちゃけ信用できない。また非人道的な命令をしてくる可能性がある。

 ただ、また裕真の命を盾に脅す事はしないだろう。

 冥王の様子からして、自分の代役は簡単に用意できないのだと察せられた。神々の『協定』とやらでそう決められてるのかもしれない。

 ともあれ、そうなると次に盾にするのはお金だ。

 お金が尽き、宿にも泊まれず食事も出来ず、ひもじい思いをしても挫けない自信はない。イリスの時だって割とギリギリの精神状態だったのだ。

 そんな事態を防ぐ為にも自前の収入源を確保し、冥王への依存度を下げた方が良いのだろう……。


「……うん、分かった。確かに何から何まで冥王様に世話してもらうのは良くないよな」

「でしょ? ハンターギルドは怖いとこもあるけど、ルールさえ守れば安全だから! もちろんそのルールも、ちゃんと教えるわ!!」


 そんなわけで渋々ギルドに戻り、入会申請書に『ホシノ・ユーマ』とサインした。

 この国では『名→姓』の順が一般的だが、民族によっては日本と同じく『姓→名』の場合もあるので、どちらの形態で記入しても良いらしい。

 その時ふと、自分が書類に見た事の無い文字を書きこんでいるのに気付いた。……しかもその内容を理解できている!?

 そういえば朝も『おおとり亭』のメニューを普通に読めた。この世界の言語など知らないはずなのに読めるし、書けるのだ。

 なんなのだろう、これは!?


 ……いや、冷静に考えれば冥王様の仕業だろう。他にこんな芸当が出来る存在は知らない。この世界で読み書きに困らないようにとの措置だろうが、ビックリするので事前に伝えて欲しかった。


「はい、書類はOKでーす。次はこの本に触れてね」


 何やら古めかしい装飾の分厚い本が差し出された。


「……触れるだけ? 読むんじゃなくて?」

「触れるだけです」

「……分かりました」


 訝しみつつも本に触れる。まぁ、まさか噛みついたりはしないだろう、などと思っていると――


「幻覚魔法の痕跡無し、変身魔法の痕跡無し、精神魔法の痕跡無し、契約魔法の痕跡無し、呪詛の痕跡無し、寄生の痕跡無し、憑依の痕跡無し」


「ひっ!? 本が喋った!?」


 裕真は反射的に飛び退き、尻餅を突いてしまった。その光景を見たランランさんは、笑いをかみ殺しつつ答える。


「それは《魔法大全の写本》よ。触れた者に掛けられた魔法を見破るの。貴方が魔法で変装してたり、呪いを掛けられてたりしてないか調べたわけ」


 ……なるほど、悪党や魔物が擬態してギルドに入り込むのを防ぐ為か。


「完璧……とまでは言えないけど、この本を欺ける魔術師なんて滅多にいないわ」


 “滅多に”という事は、少しはいるのか、欺ける人……。

 というか自分が貰ったチート魔力も引っ掛からないし、抜けは多そうな気がする。


「はい、おつかれさまでした。これであなたもハンターの一員よ。これがハンター認定書と、階級章です」.

「……え!? こんな簡単でいいんですか? 試験とかは? サインして本触っただけですよ?」

「いいのいいの、あなたが怪しい者じゃないって分かっただけで十分よ♪ ハンターのお仕事なんて魔物ぶっ殺して、死体持ち帰るだけだし、小難しい試験なんて必要ある?」


 裕真は呆気にとられた。狩りの基本とかルールとかマナーとかノウハウとか……色々教える事があるんじゃないか? こんなテキトーだから死者が続出するのでは!?

 ……などと思いはしたが、もちろん口に出せない。

 自分はえらい組織に入ってしまった気がする……。


「……あ、そうそう! 登録後一ヶ月以内に依頼クエストを一つクリアする義務があるの。それが実質的な入会試験になるわね☆」

「……できなかったら斬首?」

「いや、そこまで厳しくないから! フツーに除名するだけよ」

「それは良かった……ところで、この階級章ってやつは何です?」


 それには何か文字が刻まれていた。もちろん初めて見るこの世界の文字だが、裕真の脳内ではアルファベットの『F』に変換されている。


「それはハンターの『ランク』を表すものよ。ランクは全部で七段階、『F』は一番下のランクで、入会したてのユーマさんは そこからのスタートね」


 その後、ランランさんはざっくりとハンターランクの序列と、討伐指標、社会的地位、収入などを教えてくれた。



F 入門者 討伐指標/オオネズミ  

  素人同然 狩りだけで食べていけない


E 若手  討伐指標/ゴブリン

  一人前 辛うじて食べていける


D 中堅  討伐指標/トロール

  腕利き 余裕ある収入


C 精鋭  討伐指標/グリフォン

  街の名士 裕福


B 熟練  討伐指標/サイクロプス

  街の英雄 富豪


A 達人 討伐指標/グレーターデーモン

   国の英雄 貴族級の富


S 超人  討伐指標/ドラゴン

  世界的英雄 国主級の富



 以上が各ランクの概要である。



「Sランクが国主級の収入...! 城とか買えるんですか!?」

「そうよ。なんならこの街まるごと買えるくらい稼げるわ」

「おお……」


 俄然やる気が出てきた。邪神を討伐したら100億円の報酬が約束されているが、それはまだ遠い先の話だし、地球のお金でカンヴァスの物は買えない。こちらの世界で自分の城を持つという点に、果てしないロマンを感じた。


「ふふ、やる気になってくれたようで良かったわ。一緒にSランクを目指しましょう♪」


 やる気になった裕真を見て、イリスも上機嫌に――

 


「ははは、よう、Sランクさん! 久しぶり!」


 ふと誰かが声をかけてきて、イリスの表情が強張る。

 声の主は若い男性2人組、二十代前半ぐらいだろうか? イリスと同じく軽装の皮鎧を着ている。ハンターギルドに来ているのだし、やはりハンターなのだろう。


「それでSランクのイリスさん、今日はドラゴンを何匹仕留めましたか?」

「馬鹿だなぁ、『神喰らいゴッドイーター』ぐらい仕留めてるよ、なんせSランクだしな!」 


 がははっと笑う二人。言ってることの意味は分からないが、馬鹿にしているのは裕真にも分かった。


「こらっ! あなた達!」


 ランランさんが一喝すると、二人組は笑いながらも退散していった。


「まったくあいつらときたら……ごめんねイリス、私は立派な夢だと思うわ」

「……いえ、いいんです、気にしてません。いつもの事ですから」


 と言いつつも、イリスの表情は曇ったままだった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 『おおとり亭』に戻ったユーマ達は、ちょっと早いが昼食を取ることにした。

 イリスは食事だけでなくドゴラビールも注文し、一杯やり始める。

 ちなみにドゴラビールとはマンドラゴラの絞り粕から作られたビールである。


「イリスってSランクなの?」

「そんな訳ないでしょ……まだDランクよ」


 そういうとイリスはジョッキをぐいっとあおった。見事な飲みっぷりである。

 ぷはっと飲み干した後、ぽつぽつと語りだした。


「ハンターギルドに入って間もない頃、こう言っちゃったの。『私、Sランクを目指しています! 同じくSランクを目指す仲間を募集中です!』って……」


 その結果イリスは、ギルド内で仲間を集めるどころか「Sランクさん」と小馬鹿にされるようになったのだそうな。


「Sランク目指すのって、そんなにおかしい事なの?」

「一国の王になる方が簡単だって言ったら分かる?」


 なるほど、例えるならスポーツの世界チャンピオンだとか、アメリカ大統領になると言うようなものか。裕真の身近にそんなこと言う人がいたら……まぁ馬鹿にしないまでも、無理じゃね?と思ってしまうだろう。


 なお敬遠される理由はもう一つある。

 ハンターは命の危険がある職業だが、無理をせず狩れる魔物だけを選べば安全に稼げる。

 一般的なハンターは、そうして堅実に稼いでいるのだ。

 だがSランクを目指すには、どうしても無理をする……命がけの狩りに挑む必要が出てくる。

 つまりイリスの仲間になるということは、命の危険がある無茶な狩りに突き合わされる……ということだ。


「まぁ、自分でも馬鹿な夢見てるのは分かってるんだけどね……」


 目を伏せ、悲しげな表情をするイリス。その顔が裕真の胸を打ち、何か言わねばと急き立てた。


「いいや! 大きな夢を持つのは良い事だ! 過去の偉人達も夢があったから偉大な業績を残せたんだ! 最初から諦めてたら何もできない!!」


 ……言ってしまってから、しまった!と後悔した。

 世間の厳しさもろくに知らない自分が、何を偉そうに……。

 ビールの匂いに酔ってしまったのだろうか?


「……ま、少なくとも他人に笑われる筋合いは無いよ」


 赤面しながら、ぼそっと付け加える裕真。自分もビールでも飲んで、全てを酔いのせいにしたい。

 だがイリスは裕真以上に酔っていた。


「……そ、そうよね! 貴方と一緒ならSランクも夢じゃないよね!!」 

「……え? 俺も? ……いやまぁ、なれたら良いな~とは思ったけど」

「なに言ってるの! 邪神討伐って要は世界を救うって事でしょ!! 達成したら間違いなくSランクよ♪」

「……そ、そうかな?」

 

 そういえば裕真は、肝心の邪神について何も知らない事に気付いた。多分その話は一週間後…いや6日後に冥王様が教えてくれるのだろうが。


「ふふふ……冥王様はあなたみたいな素人でも、邪神を倒せる手段を用意してると見たわ。私はソレに便乗してSランクの座を手に入れる!」

「え~……そういう算段?」


 裕真は呆れた。自分をハンターにさせたかったのはそういう事かと。


「馬鹿だなぁ……そんな方法でSランクになっても、実力が伴わなきゃ苦しいだけじゃないか」

「いいのよ、私が欲しいのはSランクの名声だけだから。いわば目的達成の為の手段に過ぎないわ」


 Sランクが手段? 本当の目的……イリスの夢はその先にあると?

 裕真は少し興味をそそられた。「イリスの目的って――」と尋ねようとしたところ……


「よう、イリス。昼間っから酒か? 良い御身分だな」


 背後から鼓膜を擽るさやさやした声が聞こえる。

 振り向くとそこには、驚くような美少女がいた。


 透き通るようなプラチナブロンド、きめ細かい白い肌と、あどけなさを残した可愛らしい顔。地球のアイドルでも滅多にいない可憐さだ。

 しかし、何より驚いたのは背中に純白の翼と、頭上に輪っか(ヘイローと言うらしい)を浮かべている点だった。

 どうやら彼女は『天使族』らしい。街でも何人か見かけたが、こうして間近で見ると神々しさで気圧される。 


「あ~? イイじゃないたまには……つーか、あんたに言われたくないわよ、この不良天使」


 しかしイリスは全く動じず言い返す。言葉は辛辣だが口調は柔らかい。どうやら二人は軽口を叩き合う仲のようだ。


「私は不良ではない、自分に正直なだけだ」


 そう言うと空いてる席にどかりと座り、ドゴラビールとおつまみセットを注文した。

 彼女も真昼間から飲むつもりらしい。

 裕真が持つ「天使」のイメージとかけ離れた俗っぽさに再び驚かされた。


「あ……そういや『アニー』が帰って来てたぞ。なんか屋台で飲んだくれてた」

「え!? アニーが!? 修行が終わったのかな?」


 アニーという人物の名を聞いた途端、先程までのしかめっ面から一転、輝くような笑顔になった。


「……誰?」

「私の小さい頃からの友達で、一緒にSランクハンターになろうって誓い合った仲なの! ……あ、アニーってのは略称で、フルネームは『アマニタ・ムスカリア』ね。魔術の修行で遠くの街に行ってたんだけど……そうか、帰って来てたんだ♪」


 魔術の修行……つまり魔術師なのか。それにしても嬉しそうである。その様子だけでもどれだけ仲が良いか伺い知れる。


「行きましょうユーマ、紹介するから! 良い子だから きっと仲良くなれるわ♪」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 マイラの街の大通りには、労働者向けの安価な食事を提供する屋台がいくつも立ち並んでいる。

 この中からイリスの友人を探すのは苦労しそうだと思ったが、すぐに見つかった。

 彼女はとても個性的なファッションをしていたからだ。


 赤地に白い斑点模様という、まるでベニテングダケのような帽子。それに白いマントも合わさって、後ろから見ると人間サイズのキノコのように見える。

 魔術師は奇抜な恰好をした者が多いと聞かされたが、その実例をさっそく目の当たりにしたわけだ。

 髪はほぼ白に近い銀髪で、顔色は冥王様ほどではないが青白く、目の下にはクマが出来ている。


 そんな全体的に不健康そうな彼女……『アマニタ・ムスカリア』が飲んだくれている姿は、傍から見ても心配になる。親友のイリスからしたら尚更だろう。


「ちょっと、アニー……メチャクチャ深酒してるじゃない……。どうしたのよ、いったい?」

「あ~ イリス~ おひさしぶり~」


 酒瓶を掴んだまま、とろんとした目で答えるアニー。


「ちょっと聞いてくださいよ~ マイラに帰って来て早々、財布をスられてしまったのです……。故郷に帰ってきたばかりの私に酷い仕打ち……こんなの飲まずにいられますか!?」

「まぁ、気持ちは分かるけど、まず飲む前に衛兵隊へ通報しないと。たとえ今は犯人が見つからなくても、そういう情報の積み重ねが犯人逮捕に――」


「ああ、それはもう良いんです、犯人は今頃、“苗床”になってますから」


 アニーは意味不明なことを言いつつ、ふひひと不気味な笑みを浮かべた。裕真は思わず一歩後ずさる。


「実は財布に呪いをかけてました! 私の許可無く触れた者は、全身の穴という穴からキノコが生える呪いを♪ 今頃キノコの滋養になりながら、自らの所業を悔いてることでしょう♪ ふひひひっ」


 全身からキノコが生える呪いって。

 荒唐無稽な話である。裕真は彼女が冗談を言っているのだと思った。

 

 が、しかし、この後すぐに彼女の本気を思い知る。


 ぎゃああああっ! ああっ!! いぎゃぁぁぁぁ!!!


 男性のものらしい汚い悲鳴と、何かが倒れる音がきこえた。屋台から離れた向こうの通りからである。


「なんだ!? 急に人が倒れたぞ!?」

「ひぃっ! 全身の穴という穴からキノコが!!!

「全身キノコまみれや!!」


 通行人の悲鳴交じりの声に裕真は凍り付いた…… それってまさか……


「いったい誰の仕業だ!?」

「魔物か!? 魔物にやられたのか!?」

「きっとデーモンの呪いよ!!  街にデーモンが侵入したんだわ!!」

「衛兵を…いいえ、騎士団を呼んで!!」


 どんどん騒ぎが大きくなっていく…… 


「……さ、帰りましょ」

「せやな!」


 裕真達は務めて平静を装い、自分達は無関係ですよという体で屋台を去っていった。


「ふひひ……こんな近くにいたとは! 苗床になるのを間近で見られるなんて、ついてますね♪ スられた件を差し引いても、辛うじてプラスでしょうか?」


 広がる騒ぎを他所に鬼気迫る笑顔で上機嫌で語る彼女は、まさに魔女だった。


「ねぇ、ちょっと……良い子? 良い子?」

「……うん、訂正する、ぶっちゃけあの子はヤベー奴だったわ……割と昔から」


 こめかみを押さえながら頭を傾げるイリス。裕真も軽く頭痛がしてきた。


「でもね……そういう奴じゃないと、Sランクを目指そうなんて思わないのよ!!」

「ええ……」





【RESULT】 今回の成果、獲得物


 ハンターギルドへ入会

    現在のランク『F』

 

 バーティを結成

    『魔物ハンター イリス』

    『キノコの魔女 アマニタ・ムスカリア』


 イリスの好感度↑↑↑


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