第3話 緊急クエスト発生! 目撃者を消せ!!
少女の反応は早かった。裕真が振り向くとすぐに踵を返し、森の中に消えていった。
「あっ、ダメです。見失いましたーっ」
我ながら白々しいと思った。
見失ったと言ったが、元から追う気は無かった。このまま逃げ切ってくれと。
だがそんな少年の心情など冥王にはお見通しである。
「白々しい、見えぬなら森ごと吹き飛ばせばよかろう。貴様の魔力なら出来るはずだ」
裕真が命令を躊躇うのは冥王も想定していた。だから冷静に、丁寧に、諭すように説明を始める。
「貴様が今、どれだけ危険な状態か説明しよう。あの娘が街に辿り着き、貴様のことを吹聴すれば、貴様は邪教徒に狙われることになる。寝る時も風呂の時も暗殺者の影に怯えて生活することになるぞ?」
あの少女が目撃したのは森ごとトロールを消し飛ばした所ぐらいで、それで分かるのはせいぜい「凄い力を持った魔法使い」という事ぐらいだ。実は“冥王に選ばれ邪神を倒しに来た勇者”である事まで分かるはずもない。
だが冥王はあえてその点を濁した。裕真に決断を促す為に。
「杖を起動する際『範囲最大』と付け加えよ。さすれば森全体を吹き飛ばせる。急げ、貴様自身の命が懸かってるのだぞ。言っておくが、二度目の蘇生は無い」
「ま……待って! なにも殺さなくても――」
その時、裕真はハッ!と閃いた。
そうだ、殺す必要はない。渡された初期装備には確か“非殺傷兵器”もあったはずだ!
大急ぎでマジックバッグに手を突っ込み、黒い杖を取りだす。
闇の力で対象の精神を攻撃し、気絶させる
殺すつもりはないが、口止めしなければならないのは同意だ。そのためには彼女と話し合う必要があるし、このまま逃げられたら困る。
森に入った彼女の姿はもう見えない。
だが冥王の言う事を信じるなら、杖が壊れるギリギリまでMPを注ぎ込み効果範囲を最大まで広げれば、彼女を止められるはず!
「範囲最大! MP2,999! 《シャドウボルト》!!」
少女が逃げ込んだ森全体を、闇の力が包み込んだ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少女を探しに森の中に入る裕真。道中では気絶した鹿やウサギの姿を見かけた。
森の動物達には可哀想な事をしてしまった……。だが自分が生き残る為には仕方なかったのだ。ごめんなさい。
などと良心の呵責に苛まれながら森を探索していると、割とあっさりと倒れている少女を見つける。思ったより離れていなかった。
少女は長く伸ばした蜂蜜色の髪を緩く三つ編みにしていた。その綺麗な髪が地面に倒れたせいで土と落ち葉に塗れてしまい、非常に申し訳なく思う。
服装は革製の防具のような物で、ぱっと見かなり使い込まれているように見えた。そしてその防具の上からでもスタイルの良さが伺い知れる。
しばし観察してみると、呼吸で胸が上下しているのが分かった。
良かった、生きている。
「何をしている。早く止めを刺せ」
安堵する裕真に、冥王はあくまで冷酷に決断を迫る。
「可哀想だと思ってるのだろうが、心配いらん。その娘の魂は我が責任を持って天国に送るからな」
裕真は唖然とした。
天国だって? 天国に送るなら何をしても良い、全て解決だとでも!?
この子がそれまで生きてきた思い出とか、将来の夢とか、残された家族や友人とかの悲しみは?
冥王の“死”に対する価値観が決定的に違う事を悟り、眩暈がした。だから気軽に“消せ”などと命じられるのだろう。
「……命令に従えぬというなら貴様に用は無い。代わりなどいくらでもいるのだぞ」
やはりそうきたか……と溜息が出た。
人の命を大切と思わないなら、当然裕真の命だって大切にしない。いつでも切り捨てるつもりなのだろう。
ここは覚悟を決めるしかない。
「あーはいはい、ではそうして下さい」
「……は?」
今度は冥王が唖然とする番だった。
「罪の無い人を殺せとか……そんな胸糞悪い命令に従って生きるぐらいなら、地獄に落ちた方がマシですよ!」
「な……!? 貴様、正気か!? 我に逆ら――」
「それじゃ後任の人によろしく!!」
裕真はそう吐き捨てると、勢いよく通話を切った。
……景気よく啖呵を切ったは良いが、これから起こるであろう現実に足が震えてきた。
これで百億円どころか、自分の命も終わる。トラックに轢かれた瞬間のぐちゃぐちゃな状態に戻るのだ。
震える足をなんとか動かし、一番近くの木を背にして地面にへたり込んだ。
「でもこれで良かったんだ……ゲームの主人公みたいにファンタジー世界で大活躍!なんて俺のキャラじゃなかったんだよ、きっと……」
裕真は目を伏せ力なく呟く。それは誰かに聞かせる為でなく、自分を納得させる為の言葉だった。
……だが、それを聞く者がいた。
「本当に良いの?」
「うわっ!」
気絶してたはずの少女が起き上がり、急に話しかけてきた。
「な……なんで!?」
「これのおかげよ」
少女は胸元に手を入れ、首から吊るした十字型のペンダントを取り出した。それはなぜか黒く煤けており、女の子がオシャレで付ける物には見えないが……。
「さっきの攻撃、闇属性の《シャドウボルト》でしょ? それをこの《ホーリーアンク》が防いでくれたの」
もしや闇属性を防ぐ装備ってやつか!? 凄くゲームっぽい! などと軽く感動していたが、それがなんで煤けてるのか気になった。これってもしかして……
「あの……それがそうなってるのは、俺の魔法を防いだせい?」
「そうよ」
「ああっ! ごめん!! 弁償するよ!」
裕真は財布の中身を思い出した。
入っているのは、この世界の通貨5,000マナ……日本円にして約50万の価値があるらしいが、足りるだろうか? ゲームによってはマジックアイテムが超高級品だったりするし。
あたふたする少年の姿に、少女は思わず笑みがこぼれた。
実はこの少女、風の神の【祝福】を受けているため耳が良かった。
少年がトロール吹き飛ばした時の“誰か”との会話もバッチリ聞こえており、こちらの存在を気付かれた事もいち早く察した。
その後、魔法を喰らい一旦は気絶したが、ホーリーアンクのおかげですぐに目覚めることができた。
しかしこのまま逃げ続けても同じ魔法を撃たれたら終わりである。アンクは破損し、もう護ってくれないのだ。
それで逃げるよりも反撃する道を選んだ。まだ気絶しているフリをして、少年が隙を見せたらザックリやるつもりだったのだ。
だがそれで倒せる保証は無い。優れた魔導士は防御魔法も優れているものだ。懐に隠し持ったダガー程度で仕留められるだろうか?
そんな不安に怯えていたら、当の少年は自分にトドメを刺すどころか、通信相手の命令を拒否したり、壊れたアンクの弁償を申し込むようなお人好しだったのだ。
持てる力と人格のチグハグさ……まるで普通の少年が、神か悪魔から唐突に力を授けられたかのようだ。
「あの――」
少女は少年に俄然興味を持ち、色々と質問をしようとしたが……
再び裕真のスマホから着信音が響く。
裕真は着信拒否にしようとしたが、できない。冥王の通信は通常の回線ではなく、魔力で強引に繋げたものだからだ。
裕真は眉をしかめながら仕方なく電話に出る。
「もしもし?」
「あ~、その……あれだ、人は頭に血が昇ると、思ってもいないことを口にするのだ。我にも経験がある。故に先程の暴言、伏して侘びるなら聞かなかった事にしても――」
裕真はスマホを地面に叩きつけ、思いっきり踏みつけ、割った。
「えーと、いいの? 通話をやめちゃって。相手がだれか知らないけど、あなたの命が危ないんじゃないの?」
「ああ、いいのいいの」
戸惑う少女に裕真は自分の事情を軽く説明した。
自分は「地球人」で、一度死んで、冥王に生き返らせてもらった代わりに邪神討伐を命令された、と。
秘密にしろとは言われてたが、どうせ自分はもう終わりなのだし、どうでもいい。
「……それってつまり、逆らったら死ぬってことじゃない!?」
「まぁね、でもいいんだよ」
ハハッと力なく笑い、言葉を続けた。
「冥王の命令通り君を殺せば生きられるだろうな……。でもそれが最後だとは思えない。これからも君みたいに罪の無い人を殺せ!って命じられるのは目に見えている……」
「……でしょうね」
「ああ、そうさ。そんな胸糞悪い命令に従って生きるなんて、地獄と同じだ。死んだ方がマシってやつ」
冥王に従った未来の自分を想像してみた。
邪神を倒し、ご褒美の百億円を手に入れ、ありとあらゆる贅沢を楽しむ自分。
だが、ふとした時に思い出すのだ。自分が殺してきた罪なき人々の姿を……。
そんな人生、全然豊かじゃないし、幸せじゃない。
……などと物思いにふけっていると、先ほど壊したはずのスマホが、元通りの姿で宙に浮いていた!
そして着信音を鳴らしながら、ゆっくりと裕真に近づいてくる……
その光景はちょっとしたホラーだった。
だが裕真は、もう恐怖を感じない。自分はもう冥王には従わない、あの世に送り返されても構わないと決めたからだ。
最後にもう一言ぐらい文句を言ってやろうと電話に出る。
「もしもし、いい加減に――」
「おめでとう、合格だ」
文句を言う前に先手を取られた。意味不明な発言に唖然とする。
「……はぁ?合格?」
「そう、合格だ。実はな、今までのやり取りは君の人柄を知る為の試験だったのだよ。悪しき心の者に神の力を与えたら大惨事だからな」
試験? 試されていた? 旧約聖書のアブラハムのように?
……いや、あれは神様が止めなければ息子を生贄にしていたから、ちょっと違うか。
「君は
……呼び方が“貴様”から“君”に変わっている。声も猫なで声だ。
嘘くさい……。嘘だと断言する根拠は無いが、冥王の言葉に白々しさを感じた。そう、先程わざと少女を逃そうとした自分のように。
だが裕真も本音を言えばまだ死にたくない。覚悟を決めはしたが、死なずに済むならそれに越したことはない。ここは冥王の話に乗っかることにした。
「なるほど、先ほどの命令は俺を試す為の嘘、本当はしてはいけない行為だったんですね」
「もちろんだとも。我は冥府の法の番人だぞ?」
「つまり今後、罪も無い人を殺せ!なんて非人道的な命令はしないってことですよね?」
「もちろん」
「万が一、そういう命令されても、無視して良いですよね!?」
「……もちろんだとも、君の判断に任せるさ」
最後は若干歯切れが悪かったが、とりあえず言質を取ることが出来た。
まぁそれを守るとは限らないが、その時は仕方ない、おとなしく死のう。
「了解しました、そういう事なら邪神討伐を続けます。次は何をすれば良いですか?」
「おお、そうか! 次は――」
冥王が何か言いかけた時、なにか人の声のような雑音が入った。
「……すまない、そろそろ仕事に戻らねばならん」
「え?」
「前に言ったと思うが、我はこのカンヴァスの死者に裁きを与える仕事があるのだ。なんとか予定を詰めて君と話す時間を作っていたのだが、そろそろ限界だ。貯まった仕事を片付けねばいかん」
裁き? 地獄の閻魔様みたいなものか?
だとしたら大変な仕事だ。ガンヴァスの人口が何人で一日に何人死んでいるのか知らないが、楽な数じゃないはず。
先ほどの雑音は多分、部下が冥王に仕事の催促をしたものなのだろう。
「仕事が片付き、次に連絡できるのは一週間後ぐらいになる」
えっ?と、またしても驚いてしまった。
「一週間も!? その間、俺は何をすれば良いんです?」
「宿にでも泊まれば良いであろう。そのための路銀は渡したはずだ」
確かに金銭面では問題ないだろう。無駄遣いしなければ。
だが問題なのは金銭ではなく精神面だ。
誰も知り合いがいない異世界の街で、一週間を過ごす? 心細いなんてものじゃない。
……いや、それ以前に裕真は、街が何処にあるのかも知らない事に気付いた。
「あの、街は」と質問しかけたところで通話が切れた。かけ直そうにも番号は分からないし、通話履歴にも残っていない。つまりこちらからは連絡できないということだ……。
今頃貯まった仕事の消化を始めているのであろうか? だとしたら次の連絡が来るのは一週間後。それまで森の中で待機なんてイヤだし、自力で街を見つけなければならない。
そういえば初期装備の中に地図があった事を思い出す。さっそくマジッグバッグの中を探ると――
「あの、街に行くなら案内するわ」
と、少女が申し出てくれた。耳が良い彼女は通話の内容もしっかり把握しているのだ。
「え? いいの? 俺、君にめっちゃ迷惑かけたのに……」
「いいのよ。てゆーか、私のホーリーアンクを弁償してくれるって言ってたじゃない」
「……あ、うん、そうだった。いやごめん、忘れてた訳じゃないんだ、ただ色々あって頭がいっぱいで――」
しどろもどろになる少年に少女はくすりと微笑んだ。
それは花のような可憐さと、野生の豹のような凛々しさを併せ持つ美しい笑顔だった。
「自己紹介がまだだったわね。私はイリス、イリス・アーチャー。『ハンター』をしているわ、よろしく」
【RESULT】 今回の成果、獲得物
初期装備一式
現地協力者 イリス・アーチャー
冥王の命令への拒否権
【 現在の所持魔道具 】
ショックボルトの杖
耐久力 2,000/3,000
ショックボルトの杖(予備)
耐久力 3,000/3,000
シャドウボルトの杖
耐久力 1/3,000
シャドウボルトの杖(予備)
耐久力 3,000/3,000
ガードバングル
耐久力 1,990/2,000
マジックバッグ
耐久力 2,900/3,000
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