第2話 チュートリアル
冥王の説明が終わった後、裕真は冥界の馬車に乗せられ地上へと運ばれた。
馬車は骸骨の馬が牽引し骸骨の御者が操縦するという、如何にも冥界!といった趣の代物だった。
元気な状態なら操縦する様を観察していたところだが、裕真の身体は自分が思っている以上に疲労していたようで、車内に入ったらいつの間にか眠ってしまった。
故に冥界からどのような道を通って地上に辿り着いたのかは分からない。惜しいことをしたと思う。
目が覚めた時、馬車は森の中を走っていた。
太陽の光を受け、すくすくと育った草花と樹木。地球でも見慣れた光景。
良かった、この世界にも普通の緑は存在するんだ。もし全て冥界みたいな環境だったら精神的に耐えられなかった。
裕真は馬車の窓を開け、胸いっぱいに外の空気を吸い込んだ。
新鮮な緑の香りを堪能したところで、懐から振動が響く。
それは学生服の内ポケットに入れていた裕真のスマートフォンからだった。
なぜ電波が届く? ここは異世界のはずでは? などと訝しみながらもスマホを覗き込む。
そこには不自然なくらい青白い顔……冥王の顔が映し出されていた。
「無事、地上に着いたようだな」
「うわっ!」
思わず驚きの声を上げてしまった。
人の顔を見て悲鳴を上げるなど失礼な事だとは分かっていたが、つい反射的に。
まさか異世界の神がスマホを使えるなんて思ってもいなかったし。
「ええ無事っす。 ……ところでどうしてスマホ使えるんです?」
「説明しても理解出来ぬであろう?」
確かにそうである。おそらく魔法的な何かなのだろう。そんなものを説明されても理解できる気がしない。
「これからはこの機械を通して指示を出す。万事我の言う通りにせよ」
「はーい」
「まずは装備の調達だ。今の貴様は一般人と変わらぬ。そこらのオオネズミにも食い殺される程度の力しかない」
装備の調達?
そう言われて裕真は、自分が何も持たされていないのに気づいた。
あの《暗黒星の杖》は? 邪神を倒すのに必要じゃなかったのか?
「え〜と……今から調達するんですか? 《 暗黒星の杖 》は?」
「残念だが私物の受け渡しなど直接的な支援は禁じられている」
「禁止って…… そんなルールがあるんですか? 誰が決めたんです?」
「我を含む『
環境保全の為、そこに住む生物と極力接触してはいけない、みたいな?
……というか、“七柱”ということは冥王と同格の神様が、あと六人いるのか?
「しかしその手段も協定によって様々な制約が課せられている。すべて説明すると非常に長くなるので、貴様に関係する部分だけ掻い摘んで説明する」
裕真が新たな疑問に頭を捻らせている間にも、冥王の説明は続いた。
「まず我ら神々が直接手出しするのは禁止だ。地上に降臨したり、不届き者に天罰を与えたりとかな……。それと我の所有物を与えるのも禁止だ。だから貴様に何も持たせず地上に送り出した」
「ええ……それじゃ装備を見つけるところから始めろと? その間に何かに襲われたら!?」
先ほど冥王は「オオネズミ」という単語を口にしていた。名称からして大きなネズミのモンスターだろうか? ただのカラスにも負ける自分が、魔道具無しで遭遇したら……
「落ち着け、“我の所有物”を与えるのが禁止なだけだ。 ……そろそろ目的の場所に到着だな」
そう言うと間も無く馬車が止まった。ひとりでに扉が開く。目的地に着いたから降りろ、という事だろうか?
「すぐ近くに屋敷が見えるはずだ」
馬車から出て周囲の森を見回すと、冥王が言うとおり小さな屋敷がポツンと建っていた。
「その屋敷には、かつて一人の魔導士が住んでいた。だが数か月前に他界し、現在は空き家だ。そこに旅に必要な装備が一通り揃っている」
「盗めってことですか?」
いくら死人とはいえ、その持ち物を勝手に持っていくのは……。
現代日本人の良心が痛んだ。
「安心せよ、元の“所有者”には許可を取ってある」
「許可って死―― ああ……はいはい」
今現在通話している相手が、冥府の支配者であることを思い出した。死者から許可を取るぐらい朝飯前なのだろう。
言われたとおり森の屋敷に侵入。鍵は掛かっていなかった。
屋内は思ったより清潔で、天窓から日の光が差し込んで明るい。
これは裕真の知らないことだが、冥王は地上にいる自分の配下に命じ、あらかじめ屋敷を清掃させておいたのだ。
スムーズに目的の物を探せるよう、『協定』に触れない範囲で裕真をサポートしているわけである。
「まずリビングルームへ行け」
初めて入る家なのでどこがリビングなのか分からないが、とりあえず一番広そうな部屋に入った。
その部屋には木製の大きな箱があり、箱には護符のようなものが張られていた。どうやらここで正解らしい。
「“死者の財貨を生者の元に”と唱えよ」
……何かの合言葉だろうか? いぶかしみながらも指示に従う。
「死者の財貨を生者の元に」
そう唱えると護符は青い炎に包まれ消え去った。あの言葉は箱の封印を解除するキーワードだったらしい。
箱の中に入っていたのは、腕輪と巻物と二本の杖、それと革製のリュックサック。
「旅に必要なものを予め纏めておいた。家探しするのも面倒だろう?」
「ま……まぁ、確かに」
得意げに説明する冥王に対し、裕真は内心呆れた。
裕真個人としては助かるが、こんな簡単な方法で物品の支給が可能なら『自分の所有物を渡すのは禁止』というルール自体いらない……余計な手間を増やしているだけではなかろうか?
神様達の事情は複雑怪奇である。
「まず腕輪を装備せよ」
少年の疑問を余所に、冥王は淡々と指示を出す。
「……あっ、はい」
指示どおりに腕輪をはめる。
すると、何かが自分と接続されたかのような奇妙な感触に襲われ、鳥肌が立った。
そう、それは冥界で《暗黒星の杖》に触れた時と同じやつだった。
腕輪に組み込まれている魔導回路と裕真のMPが接続されたのだ。
「こ……これはいったい!?」
「その腕輪は《ガードバングル》という魔道具で、この世界では一般的な防具だ」
この腕輪が防具? 手首を覆うぐらいの面積しかないのに?
「それは装備者のMPを消費し、不可視の防壁を張る。防壁は物理、魔法、どちらの攻撃も防ぐが、毒や呪いなどの間接的な攻撃は防げない」
防壁……バリアみたいなものだろうか?
ファンタジーっぽい世界なのにSFみたいだ。盾や鎧の方がカッコイイのに……と少し残念に感じたが、よくよく考えたらこちらの方が助かる。
剣道の授業で防具を身に着けたことがあるが、あんな臭くて動きにくい物、四六時中装備してられない。
「防壁はどうすれば発動するんです?」
「装備者の身に危険が迫れば自動的に発動する。故に常時装備しておけ。敵の攻撃だけでなく、不意の事故からも守ってくれる。 ……そう、例えばトラックの追突とかな」
スマホから微かな笑い声が聞こえた。冥王としては小粋なジョークを言ったつもりなのだろうが、事故の記憶が鮮明に残っている裕真には笑えたものじゃない。
「次は杖、戦闘用の魔法が込められた杖だ。使い方は冥界で教えた通り。忘れてはおらぬだろうな?」
杖は二本あった。黒いのと青いのが1本ずつ。
黒いのは《シャドウボルトの杖》、闇の力で対象の精神を攻撃し、気絶させる非殺傷魔法である。
青いのは《ショックボルトの杖》、衝撃波を放ち対象を吹き飛ばす。殺傷力は低いが広範囲に攻撃できる。主に害獣や虫の群れなどを追い払う際に使用されている。
以上が冥王から受けたアイテムの説明である。
「次に巻物。それはこの屋敷と周囲の土地の権利書。同時に貴様の身元証明書となるものだ」
「俺の身元証明?」
「そうだ。この世界の住人は『地球』の存在を知らぬ。そこからやってきました、と言っても頭がおかしいと思われるだけだ」
「例えるなら宇宙から来た宇宙人です! というようなものっすか?」
「そんなものだ。故にこの世界における貴様の身分を用意した。この屋敷の魔導士アルバートの孫で、幼い頃から籠りっきりで修行をしていたので碌に外に出たことも無い……という設定だ」
「ははぁ……それは俺がこの世界の常識を知らないことの理由付け……カバーストーリーってやつですか」
「その通り」
「つーか、本当のことを話しちゃいけないんすか? 邪神討伐の為に召喚されましたって」
裕真はあまり嘘を付くのが上手くない、というか嫌いだった。誰かを騙したり隠し事をするのはストレスになる性分である。
できれば本当のことを言って堂々としていたいのだが……
「今の段階では止めておけ。まず信じてもらえんし、信じられても面倒なことになる。貴様の力を利用しようとするかもしれんし、最悪相手が邪神の信者で、貴様を暗殺しようとするかもしれん」
「え……いるんですか? 邪神の信者? 世界を滅ぼそうとしてるのに?」
「いつの時代も破滅を望む者はいるものだ。もしくは自分だけは大丈夫、などと考えてる愚か者がな」
なるほど……と少し納得した。
地球にも自殺志願者、もしくは自殺同然のテロに走る者はいるし、目先の利益のために犯罪を犯し将来を台無しにする者もいる。
「……だがいつまでも単独行動というわけにもいかんだろう。裏切られる心配がない信用できる人物を見つけたら明かすと良いだろう」
裏切られる心配が無い人物…… そんなのどうやって判断すれば良いのだろうか? さっそく頭の痛い課題が出来た。
「まぁその話は長くなるので後にしよう。最後に《マジックバッグ》……そこにある革製の背負い袋だ」
「マジックバッグ? これも魔法の道具なんですか?」
裕真は首を傾げた。一見普通のリュックサックにしか見えない。
「そうだ、魔道具といっても日用品はそんなものだ。ゴテゴテと飾り付けてもコストが上がるだけだからな」
「でもそれじゃ普通のリュックと見分け付かないじゃないですか」
「触れてみればわかる」
言われた通り触れてみると、例によって自分と魔道具が接続される時の感触が。
「なるほど、魔道具かどうかは触れれば分かると……」
「そういうことだ。次はバッグに触れたまま“全開放”と唱えよ」
「……“全開放”?」
言われた通りバッグに触れたまま唱えると……
マジックバッグが爆発した!
……いや、そう見えただけで、バッグは無事だった。
爆発したように見えたのは、バッグに収納されていたアイテムが一気に噴き出たからだ。
服と靴、タオル、ノートと筆記用具、地図らしき紙、コンパス、水筒、鞘に収まったナイフ、食料らしき小包み、寝袋、ランタン、貨幣らしきものが詰まった小袋、何か液体が入った小さいボトル(回復ポーションだと後に判明)、先程紹介した杖と腕輪の予備が一つずつ、その他いろいろ……
「そのように“全開放”と唱えるとバッグの中身が一気に飛び出す仕組みだ。狭い空間でやると危険だから注意しろ」
またしてもスマホから微かな笑い声が聞こえた。ちょっとしたドッキリのつもりだったのだろう。この神、けっこう人が悪い。
それにしても凄い量である。自分一人だけなら一ヶ月はキャンプできそうだ。
「旅に必要だと思うものを一通り揃えておいた。その中に硬貨が詰まった袋があるだろう?」
確かにそれらしき袋がある。大きさはハンドボールの球ぐらい。
その中には薄いピンク色のガラスともプラスチックともつかない半透明なコインがギッシリ詰まっていた。
「それはこの世界の通貨『マナ』だ。『魔力』を結晶化し貨幣に加工したものだな」
魔力? そんなものが通貨に……。エネルギー本位制ってやつなのだろうか?
「へぇ、珍しいですね。金や銀みたいな貴金属じゃないんですか」
「そういう時代もあった、二千年以上前の話だがな。とりあえず5,000マナほど用意した」
「それって、どれくらいの価値なんです?」
「日本円に換算すると1マナで100円くらいだな。……ただしこちらの世界は当然地球と物価が違うので、参考程度に考えよ」
すると50万円ぐらいの価値なのか……けっこうな大金のようだが、オハジキのような貨幣のおかげでいまいちピンとこない。
「さて、次はそのバッグをスマホのカメラで覗き込んでみよ」
急になんだろう?と訝しみつつも、言われた通りバッグをカメラで撮影してみた。
するとバッグの上に【2,900/3,000】という数字が表示されていた。
「その数値は『耐久力』……アイテムの消耗率を数値化したものだ」
消耗……、なるほど、ゲームみたいに無限に使えるわけじゃないのか。当たり前のことだけど。
「2,900/3,000という数字は万全の状態で3,000、アイテムを使用したことで100減って、残り2,900ってことで良いんですか?」
「左様」
「なるほど…… それでこの数値が0になったら壊れるってことですか?」
「そうだ。その際、バッグの中の荷物は亜空間に消えるので注意せよ」
あくうかん……亜空間に消える!?
これは日用品のはずなのに、急に物騒な設定が出てきた。
「え……こわっ! そうなったら荷物は回収できないんですか!?」
「回収する手段は一応ある。だが非常に手間が掛かるうえ、全て取り戻せる保証もない。そうならぬよう気を付けるのが一番だな」
「わ……分かりました。ところで減った耐久力は回復させることは?」
「錬金術師に修繕を依頼するか、修復用の魔道具を使えば良い。ちなみに後者は希少品なので前者が主な手段になる」
錬金術師……大抵のゲームだと「アイテム作成が得意な魔法使い」というイメージだが、それに近いのだろうか。
「アイテムの説明はとりあえずここまで。さて、次は“実習”だ。荷物をバッグにしまい、外に出よ」
「……実習? はぁ分かりました」
部屋に散らばった荷物を見てため息が出た。これを全部袋に詰め直すのか……と。
だが収納は思ったより簡単だった。掴んだ荷物をバッグの口に近づければ吸い込まれるように中に入っていくのだ。
綿の塊を袋に押し込むような容易さ。それに一度バッグに入れてしまえば荷物の重量は感じなくなる。魔法の力はとても便利だと実感した。
ひょいひょいと荷物を収納していると屋敷が微かに震えているのに気づいた。
最初は軽い地震かと思ったが、どうも様子が違う……
振動はズシン、ズシンと一定のリズムを刻んでおり、時間が経つにつれ大きくなる。バキバキと木々が薙ぎ倒される音も聞こえてきた。
まるで巨大な生き物が歩いているような……
……いや!「ような」じゃない! 確実に“何か”が近づいてきている!
巨大な生き物がこの屋敷に近づいてる!!
「おや? すまん、どうやら予定より早く到着したらしい」
何が?と聞くよりも早く、“答え”が現れた。
バコン!バコン!バコン!と何かが屋敷を殴打している。
軋む壁と天井、やがて攻撃に耐えきれず崩壊が始まり、家屋の破片が裕真に降り注ぐ。
「うわあああっ!」
荷物はまだ残っていたが、たまらず外に飛び出した。
その判断は正しかったようで、脱出した数秒後に屋敷は倒壊する。
なんとか生き埋めは避けられたが、まだ危機は去っていない。
屋敷を攻撃していた何か……巨大な獣と目が合ってしまったのだ。
獣の大きさは二階建ての家屋と同じぐらい……だいたい8メートルはあるだろうか? 毛むくじゃらで全体的にゴリラに似ているが顔の造形は人間に近く、目が赤く爛々と輝いていた。
後に知ることだが、この怪物の名は【ヒル・トロール】という。
「少し早くなったが、まぁ良いだろう。“実習”の時間だ。武器を手に取れ」
スマホから響く声は裕真の耳に入らなかった。ただ呆然とするのみ。
怪物は少年に対し敵意をあらわにしている。これも裕真は知らない事だが、冥王の手下が“実習”の為この怪物を挑発し、ここまで誘導したのだ。
散々煽り倒されたヒル・トロールは怒り心頭、誰であっても叩き潰さなければ気が済まないまでに茹で上がっている。
怒り狂う猛獣に睨まれるという初めての体験に、裕真は只々怯えるしかなかった。
次の瞬間、怪物の巨大な拳が裕真を弾き飛ばした!
裕真の身体はサッカーボールのように宙を舞った。
そして重力に引かれ地面に激突。
あ……死んだな。ボンヤリとそう思った。
だが痛みは感じなかった。
人は大怪我を負った時、脳内麻薬が分泌され苦痛を軽減するそうだが、それとは違うようだ。何故なら身体にも一切傷が付いてないからだ。
「それがガードバングルの効果だ」
ポケット中のスマホから冥王の声がする。
状況を理解した裕真は「魔法すげぇ!」と興奮して叫んだ。防壁を張るとは聞いていたが、ここまで効果があるとは!
こんな便利な物が地球にもあったなら、自分は事故死せずに済んだのに。
「我の与えたMPがあってこそだ。誰でもそこまで防げる訳ではない」
冥王が言う通り、防壁の強度は所有者のMPで決まる。裕真以外の者ならトロールの一撃に耐えられず、普通に重傷を負っていた。
「さあ、反撃だ。攻撃用の杖を使い魔物を撃退して見せろ」
「は……反撃ですか!?」
殴り飛ばされたショックと魔法防壁への驚きで、裕真の情緒は乱れに乱れまくっていた。落ち着く時間が欲しい。
だがヒル・トロールはそんな事情を汲んでくれない。トドメを刺そうと近づいてくる。
幸いマジックバッグは手に持ったままだ。早速バッグに手を突っ込み、青い杖……《ショックボルトの杖》を探す。
指先に棒状の物が触れた感触。掴んでバッグから引き抜くと、お目当ての《ショックボルトの杖》だった。
この時は単なる幸運だと思ったが、後に聞いた話では所有者が取り出したい物を察知し手元に引き寄せる機能があるそうである。 魔法ってスゴイ。
《ショックボルトの杖》を構え、しばし考える。
いったい何ポイント使えば良い?
確か全力の100万ポイントで筑波山ほどの山が消し飛んだ。そんな魔法を地上でぶっ放したら迷惑なんてレベルじゃない。
そもそも1ポイントでどれだけの威力になるのだろう?
ここは少しずつ試し打ちしてみるか?などと考えたが――
目の前に迫る巨大な魔獣を見て、またしても恐怖心が沸き上がった。
《ガードバングル》に護られていると理屈では分かっても、そう簡単に恐怖は消えない。安全なはずの高層ビルの展望台で足が竦んでしまうように。
再び拳を振り上げるヒル・トロール。
それを見た裕真は平常心を失い、大慌てで魔法を発動した。
「MP1,000! 《ショックボルト》!!」
そう唱えると、杖から凄まじい衝撃波が噴き出した!!
衝撃波はヒル・トロールを森ごと飲み込み、粉々に消し飛ばす!!
跡には巨大なクレーターが―― 学校のグラウンドほどある巨大なクレーターが残されるのみだった……
「うわ……スゴイ……。1,000MPでもこの威力なのか……」
「普通の攻撃魔法はMP1程度でも人間1人を殺傷する威力がある。あの魔物なら100……いや、50くらいで十分だったな」
たったの50? その程度でいいのか? ……人ひとり殺すのに1MPなのだから、50MPは50人分……いや、そんな単純な計算じゃないだろうけど、1,000MPがオーバーキルだったのは分かる。
などと思案にふけっていると、ふと杖の耐久力が気になった。早速スマホで杖を覗き込んでみると、【2,000/3,000】と表示されていた。
つまりこの杖だと万全の状態でも最大3,000MP分しか使えないということだろうか?
「あの…… この杖だと3,000MPしか耐えられないみたいなんですけど、これが普通なんですか?」
「普通ではない。一般的な物より質が良い杖だ」
たった3,000で高品質……? 予想と逆の答えに唖然とした。
「これで質が良いんですか? たった3,000で?」
「普通の人類が使うにはそれで十分なのだ。一般人で1MP、専業の魔法使いで10から20、天才と呼ばれる者でも100かそこら、歴史に残る大天才でようやく1,000ぐらいなのだからな」
裕真は改めて驚愕した。100万MPがそこまで凄い力だったとは……
「耐久値が3,000あれば大天才の魔法にも耐えられると……でも邪神を倒すには――」
「ああ、まったく足りない。故に100万MPの出力に耐えられる『神器』が必要になる」
「『神器』……それって冥界で使った《暗黒星の杖》とか?」
「そうだ、あれも『神器』のひとつだ。『神器』というのは簡単に言うと我ら神々が創った魔道具だ」
なるほど……神様が使う為の物なのだから100万MPにも耐えられるのか。
「その『神器』、どうして初期装備の中に入ってないんですか?」
「無茶を言うな。地上において『神器』はとても貴重なのだ。我でも容易く用意できる代物ではない」
そう言われて、つい先ほど説明された『七柱の神々』の“協定”を思い出した。
“自分の所有物を与えるのは禁止”
つまり冥王が所有する『神器』は渡せない。必要なら地上のどこかで見つけなければいけない。
冥王でも“容易く用意出来ない”物を……
「なんてこった…… “協定”がめっちゃ足を引っ張ってるじゃないですか……」
新たに判明した不安要素に裕真の顔が曇る。怪物に勝利した喜びと興奮が急速に冷めていく……
「ああ、心配するな、まったく無理な訳ではない。少々手間はかかるが『神器』を手に入れる手段は用意してある」
「……え? そうなんですか?」
どうやら裕真の心配は杞憂だったらしい。
そうか、“容易く”用意出来ないだけか。早とちりをしてしまった。
「貴様は何の心配もいらぬ。我の言う通りにすれば良いだけだ」
自信に溢れた発言に裕真は安堵する。
邪神討伐などという途方もない任務を自分に果たせるかどうか不安だったが、どうやら全て指示通りに動けば良いだけのようだ。それなら簡単だ。
そう考えると大分気持ちが楽になった。あのデカい怪物相手でも傷一つ負わなかったし、この先も楽勝でいける気がする。
「さて、先程信用出来る者以外に正体を明かすな、と言ったな? 貴様を私利私欲で利用……もしくは邪神の手先である可能性があると」
「ええ、覚えてますよ。バレないように注意します」
「いいや、もう手遅れだ。後ろを見よ」
後ろ? 言葉通り何気なく後ろを振り向いた。
すると木の影からこちらを覗き見している人物と目が合った。
金髪を三つ編みにした女の子で、顔つきを見るに自分と同じぐらいの歳のようだ。
「見られたぞ、貴様が森ごと魔物を吹き飛ばした姿を」
少女は見つかった事に気付き、慌てて逃げ出した。
「あの娘を追え、そして始末しろ。貴様の存在を言いふらされては面倒だ」
「……は?」
始末? 始末だって? それは殺せと言う意味か!?
頭の中が真っ白になった。
「言ったはずだ。“万事我の言う通りにせよ”と」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【 現在の所持魔道具 】
ショックボルトの杖
耐久力 2,000/3,000
ショックボルトの杖(予備)
耐久力 3,000/3,000
シャドウボルトの杖
耐久力 3,000/3,000
シャドウボルトの杖(予備)
耐久力 3,000/3,000
ガードバングル
耐久力 1,990/2,000
マジックバッグ
耐久力 2,900/3,000
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