第9話 ……ずるいんだよ、こういうところが
アレンの視線が鋭く私を捕らえ、次の瞬間、彼がニヤリと口角を上げた。
「俺の方が楽しませられるって証明してやるよ!」
「はぁ? 証明って何を――おい!」
返事をする間もなく、アレンは私の手を掴んで引っ張り始めた。力強いその手に引きずられる形で、私は歩かざるを得ない。
「ちょっと待て、どこに連れて行く気だよ!」
「決まってるだろ。面白いところにだ!」
振り返りもしないアレンの背中を見ながら、私は内心で文句を垂れる。いや、声に出した文句も充分垂れているが、彼には全く効果がないらしい。
「いや、具体的にどこなのか聞いてるんだっての! お前、適当すぎないか?」
「適当? 何言ってんだよ。俺の計画はいつだって完璧だぜ?」
――いや、絶対適当だろう。それ以外に考えられない。
そんなやり取りをしながら、アレンに連れられてたどり着いたのは、賑やかな市場だった。色とりどりの果物や花、衣類やアクセサリーが所狭しと並び、多くの人々が行き交う。
「ほら、好きなもん選べよ」
アレンは胸を張り、堂々と宣言した。
「……選べって何をだよ?」
「全部だ! お前が気に入ったもんなら、なんでも俺が買ってやる!」
「はぁっ!? いやいや、いらないし!」
私は即座に首を振った。市場の中で目立つことは避けたい。だというのに、アレンは私の言葉を全く聞いていないようだった。
「いいから遠慮すんなって。ほら、あそこのネックレスなんて似合いそうじゃねえか?」
「だから! 別にいらないって言ってるだろ!」
私の否定もむなしく、近くにいた店主らしき人がにこやかにこちらを見て拍手をしてきた。
「まあまあ、お二人さん! 本当にお似合いですねぇ!」
――お似合いって何だよ!? 私は心の中で大声を上げたが、もちろん声に出せるわけもない。
周囲の人々までにこやかな表情でこちらを見ている。このムードに完全に押され、私の抗議はさらに力を失った。
アレンはそんな雰囲気を楽しんでいるかのように笑いながら言う。
「な? こうやって祝福されるのって悪くないだろ?」
「全然良くないから! もう帰る!」
振り返ろうとしたその時、アレンがぐっと私の腕を掴んだ。
「おいおい、まだ楽しみが足りねえだろ。ほら、次はあれだ!」
彼が指差した先には射的ゲームの屋台があった。
「はぁ? なんで射的なんだよ」
「決まってんだろ。お前に似合うもんを取ってやるんだよ!」
その押しの強さに半ば諦めつつ、私は射的屋台の前に立たされた。店主が用意した銃をアレンが手に取ると、その姿は妙に様になっていた。
「見てろよ。俺の腕前を!」
アレンは自信満々に引き金を引く。ポン、と軽い音と共に弾が放たれ、見事に的に当たった。屋台に並んでいた景品が一つ、ゴトンと落ちる。
「よし、次だ!」
またしても狙いを定めたアレンは、連続して景品を落としていった。その豪快な姿に、周囲の人々が歓声を上げ始める。
「すごいわねぇ! 彼女のためにこんなに頑張るなんて!」
――いやいや、違う。私は何も頼んでないから! しかし、それを否定する時間も与えられず、アレンが私の目の前に戻ってきた。
「ほら、これが一番お前に似合うと思ったぜ!」
そう言って渡されたのは、小ぶりなアクセサリーだった。金属でできた羽根のモチーフが、どこか繊細で美しい。
「……押しが強すぎる!」
私は思わずそう呟いた。
「おいおい、何か言ったか?」
アレンが聞き返す。慌てて顔をそらしながら、私は適当に誤魔化すしかなかった。
「いや、別に……何でもない!」
そんな私を見て、アレンがニカッと笑う。その笑顔が妙に眩しく感じられる。
「こうして楽しむのが人生だろ?」
その言葉が、心の中に不意に響いた。やっぱりこの男は、どこかずるい。
「お前、そういうところがずるいんだよ……」
思わず漏らした小声は、幸いにも聞こえなかったようだ。ただ、その後ろ姿を見つめながら、私は少しだけ、少しだけ――胸の奥が暖かくなるのを感じていた。
アレンは満足げに私を見下ろしながら、大きな声で笑った。市場の賑やかさに負けないほどの笑い声に、周囲の視線がさらに集中する。
「どうだ、俺の腕前! これだけ景品を取れる男なんてそういねえぞ!」
「だから、そんなの要らないって言ってるだろ!」
私は景品のアクセサリーをそっと握りしめながら、小さくため息をついた。確かにその腕前は見事だったし、彼の自信満々な態度も嫌いではない。だけど、こうも押しが強いと疲れる。
「お前、どこまで自信満々なんだよ。少しは遠慮するってことを覚えたらどうなんだ?」
私が呆れてそう言うと、アレンは肩をすくめた。
「遠慮なんかしたら、人生の半分は損するぜ?」
「お前のその理論、どこで学んだんだよ……」
自分の返事に呆れながらも、私はふと手の中のアクセサリーに目を落とした。小さな羽根のモチーフが、日差しを受けてキラキラと輝いている。
(……まあ、悪くないかも)
そんなことを考えた自分に驚きながらも、景品を手に、再び顔を上げる。すると、アレンが不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「やっぱり似合うじゃねえか。ほら、つけてみろよ」
「なんでお前がそう決めつけるんだよ!」
「いいから、ほら貸せ。俺がつけてやるよ」
「絶対に嫌だ!」
私は慌ててアクセサリーを握りしめたまま後ずさる。そんな私を見て、アレンは大きく笑いながら手を挙げた。
「わかった、わかった。冗談だよ。でも、本当に似合ってると思うぜ?」
その言葉に、私は顔が熱くなるのを感じた。彼が本気で言っているのかどうか、判断がつかない。だけど、彼の笑顔を見ると、少しだけ心が軽くなった気がする。
(……ずるいんだよ、こういうところが)
再び内心でぼやいたが、声には出さなかった。アレンはそのまま市場の喧騒を楽しむように振る舞い、私は彼の後ろをついて歩いた。
市場を一周したころ、ようやくアレンの勢いも少しだけ落ち着いたらしい。
「さて、そろそろ休憩にするか」
彼が近くの屋台を指差して言う。どうやら、冷たい飲み物でも買うつもりらしい。
「休憩するなら、最初からそこに行けばよかったんじゃないのか?」
私は思わずそう言い返したが、アレンはケラケラと笑うだけだった。
「それじゃつまんねえだろ! まずは遊んでから、ゆっくり休むんだよ」
――このポジティブさはどこから来るんだろう。私は改めて彼の性格の奥深さに呆れつつも、ちょっと感心してしまう。
飲み物を受け取り、一息つくと、市場の喧騒も少しだけ遠くに感じられる。
「こういうのも悪くないだろ?」
アレンが隣で言ったその一言に、私は驚いて彼の顔を見た。
「……まあ、そうだな」
ついそう答えてしまった自分に驚きながらも、私は冷たい飲み物をもう一口飲んだ。
アレンが無邪気な笑顔を見せる。その笑顔を見て、私の心の中に広がる暖かさが、また少しだけ強くなった気がした。
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