第7話 もう少し時間をくれ!
部屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。アレンとの騒がしい時間と、エリオットとの静かな時間――どちらも全く違う空気を持っていて、俺の心を掻き乱すには十分すぎるものだった。
ベッドに腰を下ろし、深く溜息をつく。
「ったく、あいつら……」
まず思い出したのはアレンの顔だ。一緒にいるととにかく楽しい。彼の明るさや無邪気さには、こちらの心を引っ張る力がある。
「……まあ、あいつのそういうとこは嫌いじゃないけどさ」
屋台で笑顔を見せながら「楽しかっただろ?」と聞いてきたアレンの顔を思い出す。確かに楽しかった。それは認めざるを得ない。でも――
「落ち着かねえんだよな、あいつといると」
騒がしい場所が得意じゃない俺にとって、あのテンションについていくのは簡単じゃない。彼の無邪気さは魅力的だけど、それが押し付けがましいように感じる瞬間もある。
そして次に浮かぶのはエリオットだ。
「……あいつは、正反対だよな」
穏やかで静かで、こっちが何も言わなくても、ただ察してくれるような雰囲気がある。彼の誠実さや優しさには、心が救われる瞬間があった。
湖のほとりで「君とこうして話せる時間が好きだ」と言われたときの、彼の真っ直ぐな瞳を思い出す。あの言葉は胸の奥にじんわりと響いて、どう反応すればいいのか分からなくなった。
「けど……なんか、物足りねえんだよな」
誠実すぎて、何もかもが綺麗すぎる。それが逆に、どこか距離を感じさせる。俺の本音がどれだけ伝わっているのか、分からなくなることがあるのだ。
アレンは楽しいけど、落ち着かない。エリオットは安心できるけど、何か物足りない――二人のことを考えれば考えるほど、答えは出ないどころか、頭の中がさらに混乱していく。
「どっちがいいとか、選べるわけないだろ!」
思わず声を上げると同時に、ベッドの枕を手元に引き寄せて突っ伏した。そのまま叫び声を押し殺す。
「なんで俺がこんなことで悩まなきゃならないんだよ……」
少し前までの俺なら、こんなことに悩む自分を想像すらしなかったはずだ。狭いワンルームで、他人と深く関わることもなく、ただ目の前の仕事をこなしていくだけの人生。それが異世界に来てからというもの、全く違う日常が目の前に広がっている。
しかも、ただの知り合いでもなく、俺を気にかけてくれる二人――アレンとエリオット――の存在が、さらにややこしい感情を引き起こしている。
「……俺、元男なんだけどな」
自分の心を否定するように呟いてみるが、その言葉は虚しく部屋に吸い込まれていくだけだ。
アレンの無邪気な笑顔と、エリオットの穏やかな眼差し。それぞれの姿が交互に頭に浮かぶたび、胸の奥がざわつく。この感情をどう処理すればいいのか分からない。それがさらに俺を追い詰めていく。
「……結局、俺はどうすりゃいいんだよ」
誰に向けるでもなく、静かに呟いた言葉に答えはない。
俺はもう一度溜息をついて、ベッドに体を投げ出した。この状況をどう収めるべきなのか、考えるにはもう少し時間が必要だと、自分に言い聞かせながら。
***
翌朝、窓の外から差し込む陽射しに目を覚ました俺は、大きく伸びをして頭を振った。昨夜の葛藤を引きずったまま眠りについたせいか、気持ちはまだモヤモヤとしている。
「……今日こそ、何も考えずに過ごしたいもんだな」
そんな独り言を呟きながら身支度を整え、部屋を出ようとしたその瞬間――
「セリア!いるか?」
「セリア様、少しお時間をいただけますか?」
ドアの外から、聞き慣れた二つの声が同時に響いた。
「……嫌な予感しかしねえ」
ドアを開けると、案の定、アレンとエリオットが揃って立っていた。
「なんでお前ら二人で来るんだよ!」
俺が声を上げると、アレンは「たまたまだ」と言いながら軽く肩をすくめ、エリオットは微笑みながら「偶然です」と答える。
偶然なわけがない。二人の顔には、俺を巻き込む気満々の気配が漂っているのがはっきりと分かる。
「で、なんなんだよ?」
少しうんざりしながら尋ねると、アレンが一歩前に出てきた。
「俺たちさ、もうハッキリさせたいんだよ」
「何をだよ?」
アレンの言葉に、エリオットも続けて静かに頷いた。
「セリア様、僕たちのことをどう思っているのか、ぜひお聞きしたいのです」
「はあ?」
突然の直球に、頭が真っ白になる。
「お前ら、いきなりそんなこと言われても困るだろ!」
動揺を隠せずに声を荒げる俺に、アレンは腕を組みながら言った。
「困るも何も、俺たちはずっとお前と一緒に過ごしてきたんだ。そろそろ答えが欲しいだろ?」
「ですが、無理に急がせるつもりはありません。ただ、君の気持ちを知りたいだけなんです」
エリオットの柔らかい言葉に対して、アレンの押しの強い言葉――どちらも俺に迫るような圧力を感じる。
「……ちょっと待て!」
息を吸い込み、思わず叫んだ。
「まだ決められないから、もう少し時間をくれ!」
自分でも情けないくらいの声だったが、今はこれが精一杯だ。
アレンは「マジかよ!」と呆れた声を出し、エリオットは静かに目を伏せた。だが、二人とも納得したように小さく頷く。
「分かったよ。けど、ちゃんと考えろよな!」
「焦らず、君のペースで決めてください」
そう言い残して、二人はそれぞれの道へと去っていった。
俺はドアを閉めると、その場に座り込んだ。
「……これ、どうすりゃいいんだよ」
悩みがまた一つ増えたことを実感しながら、俺は天井を見上げた。この話の結末がどうなるのか、自分でもまだ全く分からなかった――。
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