第5話 じゃあ、両方行ってやるよ!

「おい、セリア!今日は俺と遊びに行こうぜ!」


朝から響くアレンの声。俺は思わず溜息をついた。朝食を終えたばかりだというのに、もう全力で絡んでくる。


「お前、そんな暇あるなら自分の予定でも立てろよ」


そっけなく返してみるが、アレンは全くひるまない。それどころか、さらに距離を詰めてくる。


「いいじゃねえか!俺と一緒なら絶対楽しいぞ?」


「その根拠のない自信はどっから湧いてくるんだよ……」


俺は面倒な気分を抑えきれず、言葉を投げ返したが、彼は楽しそうに笑うばかりだ。その時、控えめな声が背後から聞こえた。


「セリア様、アレンの提案が負担なら、無理に受ける必要はありませんよ」


エリオットがいつもの穏やかな笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。彼はアレンの勢いに少しも臆せず続ける。


「ですが、もしセリア様がよろしければ、僕もご一緒します。新しい場所を探すのは良い気分転換になりますよ」


「はぁ?お前まで出てくるなよ!」


アレンが目を吊り上げて抗議するが、エリオットは冷静そのものだ。


「セリア様の選択を尊重するだけです」


「お前さぁ、そうやっていつも横入りするよな!」


「横入りというよりは、追加の提案です」


二人が言い争いを始める中、俺はどうするべきか頭を抱えた。このままでは埒が明かない。


「ちょっと待てって!なんで俺に全部押し付けるんだよ!」


二人は同時にこちらを振り返り、それぞれの提案をさらに押し出してきた。


「ほら、俺が案内する場所、絶対楽しいぞ!」


「それよりも、静かに過ごせる場所の方がセリア様には良いかと」


完全に俺の意見など無視した主張に、とうとう我慢の限界が来る。


「どっちも行かねえって言ってんだろ!」


勢いよく言い放つと、アレンは顔をしかめ、エリオットは少し困ったように視線を逸らした。


「……でもなぁ、決めてくれねえと困るんだよ」アレンが渋々言う。

「選ぶことで、セリア様の負担が減るのなら、それが最善では?」エリオットが静かに続けた。


どちらかを選ぶ。確かにそれが最も簡単な解決方法だが、こんな状況で選べるはずがない。二人の視線が俺に集中する中、意を決して言葉を口にした。


「……もういい!じゃあ、両方行ってやるよ!」


そう言った瞬間、二人の反応は正反対だった。


「よっしゃ!俺のプランが勝つに決まってるな!」とアレンが拳を上げて喜ぶ。

「それでは、日程を調整させていただきます」とエリオットは冷静に微笑む。


俺は溜息をつきながら、自分の提案を後悔し始めていた。この二人との時間がどうなるのか、考えただけで気が重い。


「……とりあえず、どっちもほどほどに頼むからな」


二人に念を押しながら、頭の中で「本当にこれで良かったのか?」と自問する自分がいた。


***


冒険者が集まる広場。大きな噴水を囲むように露店や屋台が並び、多くの人々が行き交っている。広場には活気があふれ、空気には焼きたてのパンやスパイスの香りが漂っていた。


「おーい、セリア!」


アレンの大声が噴水の音に負けず響いた。振り向くと、彼が片手を大きく振りながらこちらに歩いてくる。その無邪気な笑顔に、俺は小さく溜息をついた。


「わざわざこんな場所で待ち合わせするか?」


人混みが苦手な俺としては、もっと静かな場所を選んでほしかった。だが、アレンはそんな俺の気持ちを気にする様子もなく、近づいてきてふと俺の服装を見て言った。


「その服、似合ってるじゃん」


「……は?」


唐突な褒め言葉に、一瞬言葉が詰まる。


「いやいや、褒めてないで次行けよ!」


照れ隠しのようにそっけなく返す俺を見て、アレンは肩をすくめながら笑った。


「なんだよ、褒められて照れるなんて可愛いとこあるじゃねえか」


「お前な……!」


怒りの言葉を飲み込む。こういう場面で何を言っても、彼には全て軽く流されるのが分かっているからだ。


「ほら、行くぞ!」


アレンは俺の腕を掴むと、そのまま広場の奥へと引っ張っていく。


まず連れて行かれたのは屋台だ。大きな串に刺さった肉を焼く匂いが漂い、客が次々と注文している。


「これ食ってみろよ、絶対うまいから!」


アレンが自分用の串焼きを手に持ちながら、俺に別の串を渡してくる。


「いや、別にいらねえし」


「いいから食えって!」


強引に押し付けられ、仕方なくかじってみる。ジューシーな肉汁と香ばしい香りが口いっぱいに広がった。


「……意外とうまいな」


思わず本音が漏れるが、すぐにアレンが満足げに笑うのが気に入らない。


「だろ?俺が選んだもんだぞ!」


「だから何だよ!」


次に連れて行かれたのは射的の屋台だ。簡単そうに見えて難しいゲームに挑戦する子供たちの間に割り込むように、アレンは射的用の銃を手に取った。


「よし、見てろよ。俺がこの景品全部取ってやるから!」


彼が撃つたびに的が次々と倒れていく。周りの子供たちから歓声が上がる中、俺は呆れて腕を組んで見ていた。


「ほんっと、騒がしいの好きだよなお前は」


「そう言うなって。楽しいだろ?」


彼の言葉に返すことなく、俺は再び次の屋台に連れ回される。


広場を半分回り終えたところで、アレンが大きく伸びをしながら振り返った。


「どうだ?今日は俺と一緒にいて楽しかっただろ?」


自信満々に言う彼に、俺は少しだけ言葉を詰まらせた。


確かに、人混みや騒がしい場所は得意ではない。だが、アレンの明るい笑顔や無邪気な態度に引っ張られる形で、気づけば少しずつ楽しんでいた自分がいた。


「……まあな」


そっぽを向いてぼそりと返す俺を見て、アレンは勝ち誇ったように笑った。


「だろ?やっぱり俺と一緒が一番楽しいんだって!」


「はいはい、分かったから調子乗るな」


彼の態度に呆れつつも、心の奥でほんの少しだけ温かいものを感じている自分がいた。

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