第4話 どっちも選ばねえよ!

「セリア、今日は何してるんだ?」


朝早くからアレンが屋敷にやってきた。俺が庭でちょっとした作業をしているのを見つけて、わざわざ声をかけてくる。


「見てわかるだろ。庭の整理だよ」


溜息をつきながら答えると、彼は嬉しそうににやりと笑った。


「よし、俺が手伝ってやる!」


「余計なお世話だって!」


即座に拒否しようとするが、アレンは聞く耳を持たない。俺の隣にしゃがみ込み、早速手を動かし始めた。


「こういうの、意外と楽しいな」


そう言いながら、慣れた手つきで草を引き抜いたり、小さな石をどけたりしている。俺より手際が良いのが悔しい。


「ほら、これでいいだろ?」


「まあな……でも、俺の仕事なんだから、勝手にやるなよ」


素直に感謝を示すのが悔しくて、つい不機嫌な返事をしてしまう。


その時だった。


「セリア様、何かお手伝いしましょうか?」


穏やかな声が背後から聞こえた。振り返ると、そこにはエリオットが立っていた。彼も作業の様子を見て、申し出てくれているようだ。


「いや、別にお前まで手伝わなくても――」


「せっかくだから手伝ってもらおうぜ!」


アレンが横から口を挟む。


「じゃあ、二人で一緒にやったらどうだよ?」


少しでも楽になればと思って提案するが、その瞬間、二人の間に妙な空気が流れた。


「俺の方が早く終わらせられるぜ」


アレンが挑発的な笑みを浮かべてそう言うと、エリオットは微笑みながら冷静に返す。


「争いよりも協力する方が効率的ですよ」


だが、その言葉の裏には挑戦を受けて立つような気配があった。


「いいだろ。どっちが上か、決めてやる!」


二人は無言で睨み合いながら作業を開始する。俺の意見など完全に無視だ。


結果、二人とも驚異的なスピードで庭の整理を進めた。しかし、互いに負けじとスピードを競ったせいで、作業は雑になるし、必要以上に泥が飛び散る。


「お前ら、本当に何やってんだよ!」


俺が堪えきれず怒鳴ると、二人は同時に手を止めた。


「結局、一番働いてるのは俺じゃねえか!」


泥まみれになった手を見せながら叫ぶ俺を、二人は少し反省した様子で見ている。だが、すぐにアレンが気楽な声を出した。


「まあまあ、いいじゃねえか。結果的に終わったんだからさ」


「そうですね。お疲れ様でした、セリア様」


エリオットも柔らかな声でそう言いながら微笑む。


「……次は絶対に俺一人でやるからな」


心の底からそう決意しながら、俺はまたしても二人に振り回された一日を振り返った。


***


屋敷の庭に出て、風に揺れる草花をぼんやりと眺める。けれど、頭の中は全く落ち着かない。


「なんであいつら、あんなに絡んでくるんだ……」


自然と口をついて出た呟きに、自分でも驚く。


アレンは言わずもがな、グイグイ押してくるタイプだ。一方で、エリオットはどこまでも優しく気を配ってくれる。全く違う性格の二人に挟まれている状況に、心が休まる暇がない。


「俺が何かしたってのかよ……」


溜息をつきながら街に出ると、不意に人々の会話が耳に飛び込んできた。


「あの二人、セリア様に夢中みたいですね」


「どちらを選ぶのかしら? どちらも素敵で迷ってしまいますわね」


「は?」


思わず足を止める。振り返ってみても、二人は俺に気づく様子もなく、ただ噂話を楽しんでいるだけのようだった。


「なんでそんな話になってるんだよ……!」


顔が熱くなるのを感じる。慌ててその場を離れたが、心の中の動揺は収まらない。


「こんな状況、普通あり得ないだろ……」


異世界に来たこと自体が非現実なのに、さらにこんな人間関係まで背負う羽目になるなんて。冷静に考えれば考えるほど、自分がどれだけ異常な状況に置かれているかが分かる。


屋敷に戻ると、メイドがいつもの優しい笑顔で声をかけてきた。


「セリア様、今日はどちらとお会いになるのですか?」


「いや、別にどっちとも会わない!」


反射的に答えたが、彼女は茶化すように微笑む。


「どちらを選ぶのですか?」


「どっちも選ばねえよ!」


そう言い切ったものの、その言葉に少しだけ違和感を覚えた。


「……俺の本心って、何なんだ?」


心の中で呟きながら、二人のことを思い浮かべる。


アレンは、どんな時でも自信たっぷりで、頼れる存在だ。彼の明るさには、時々救われることもある。


一方、エリオットは、穏やかで誠実だ。彼の優しさは、まるでそっと背中を支えてくれるような安心感がある。


「……でも俺、元男だしな」


自分を否定するようなその言葉が、胸に重くのしかかる。普通じゃない状況の中で、自分の気持ちすらどうするべきか分からない。


「この状況、どう収めたらいいんだ?」


誰に向けるでもなく問いかけるが、答えなんて返ってくるわけもない。結局、悩みの出口は見えないままだった。


「セリア!今日は俺たちだけでどこか行こうぜ!」


朝からアレンの元気な声が響き渡る。彼の笑顔は全力で楽しそうで、断る余地を与えない勢いだ。


「またかよ……お前と二人でとか無理だっての」


反射的に拒否する俺に、彼は少しも気にした様子を見せない。


「何言ってんだよ!楽しい場所、知ってるんだって。案内してやるよ!」


「無理。興味ない」


はっきり言っても、彼は全く気にせず口笛を吹き始める。その時、背後から静かな声が聞こえた。


「セリア様、もしよろしければ、一緒に新しい魔術を試してみませんか?」


エリオットがいつもの柔らかな笑みを浮かべてやってきた。彼の手には魔術書が握られている。


「おいおい、エリオット、お前空気読めよ!今誘ってんのは俺だぞ」


「先に声をかけたのは重要ですか?セリア様が決めることでしょう」


「あー、もう!どっちも無理だから!」


必死に二人の間に割り込んで断ろうとする俺だが、聞き入れられるはずもなく、アレンに腕を掴まれた。


「ほら行くぞ!」


「やめろって……!」


続けざまにエリオットにも腕を引かれ、結局二人に引っ張られる形で連れ出されてしまった。


***


街外れの静かな場所に着くと、ふとした不穏な気配が辺りに漂う。


「……なんか嫌な感じがするな」


周囲を警戒していると、突然茂みの奥から黒い影が飛び出してきた。


「ギャオオオォ!」


牙を剥いた魔物が現れ、俺は驚きのあまり立ちすくむ。


「セリア!下がってろ!」


アレンがすぐさま剣を構え、エリオットも魔術書を開いて詠唱を始めた。


「おいおい、本気かよ!」


アレンが前に出て猛然と斬りかかり、魔物の攻撃を受け流しながら隙を作る。その間に、エリオットの詠唱した魔法が正確に命中。光が迸り、魔物の動きが鈍る。


二人の連携は息がぴったりで、あっという間に魔物を倒してしまった。


「……すごいな」


その場にへたり込む俺を余所に、アレンは剣を収め、胸を張る。


「ほら見たか!俺の活躍が決め手だったろ?」


「いえ、私の魔法も重要な役割を果たしました」


二人がまたも火花を散らし始め、俺は大きく息を吐いた。


「どっちも似たようなもんだろ!」


呆れながらそう言うと、二人は一瞬黙ったが、すぐにアレンが笑いながら言い出した。


「じゃあ次はデートだな!」


「はあ!?」


衝撃的な提案に声を上げる俺を横目に、エリオットが穏やかにたしなめる。


「アレン、少し落ち着いて考えた方が良いのでは?」


「考える暇があったら行動だろ!」


相変わらずの二人に挟まれ、俺は再び頭を抱えた。


帰り道、俺の胸は妙な感情でざわついていた。二人の必死な姿、どちらも俺を守るために全力で動いてくれたのだ。


「……何かおかしいだろ」


心の中でそう自問する。俺は元男だ。それなのに、二人に心を動かされている自分が確かにいる。


否定しようとしても、その感情は確かにそこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る