第3話 いやいや、何考えてんだ、俺!
異世界の街並みに慣れる暇もなく、俺は新しい日常に翻弄されていた。その原因の大半を占めるのが、最近やたらと絡んでくる二人――アレンとエリオットだ。
「おい、セリア!」
市場の片隅で買い物をしていた俺に、今日もアレンがやってきた。金髪を陽光に輝かせながら、何か得意げな笑みを浮かべている。
「お前、見かけたら必ず声をかけるつもりか?」
「当然だろ。こんなに綺麗なやつ、放っておけるわけないじゃねえか」
「……は?」
さらっと言われた言葉に、思わず動きを止める。何度聞いても、この身体で受ける誉め言葉には慣れない。内心では「俺は男だったんだぞ!」と叫びたくなるが、口に出せるわけもない。
そんな俺の反応を気にする素振りもなく、アレンは俺の隣に並び、大声で市場の活気を楽しみ始めた。
一方で、もう一人の厄介な存在――エリオットは、また違う方法で俺を翻弄してくる。
「セリア様、何か困っていることがあれば、遠慮なく仰ってくださいね」
いつも通りの穏やかな声で、彼は優しくそう言う。俺の様子を細かく気にしてくれる姿勢には感謝すべきなのだろうが、逆に気を使わせることに申し訳なさを感じる。
「いや、別に……」
冷たく返してみるが、エリオットは動じない。アレンも同様だ。
「よし、だったら外に出ようぜ!」
アレンが突然そう提案してきた。
「おいおい、なんでそうなるんだよ!」
「いいじゃねえか。お前、家にこもりすぎだぞ」
「無理に誘うのは良くありませんよ、アレン」
エリオットが静かにフォローを入れるが、アレンは全く気に留める様子もない。
「お前な、そんな優しいだけじゃ損するぞ。もっと積極的にいかなきゃだめだろ」
「無理強いするつもりはありません。それに、セリア様の意志を尊重するべきです」
二人が火花を散らし始める横で、俺は溜息をついた。
「うるさい! お前ら、俺を巻き込むな!」
二人が一瞬口を閉じるが、アレンは再び動き始める。
「ちょっと待ってろ!」
唐突にそう言い残し、アレンは市場の雑踏へと走り去った。
「……何だよ、あいつは」
呆れるしかない状況に、俺は再びエリオットに視線を向ける。
「大丈夫ですか、セリア様?」
彼の心配そうな問いかけに、俺は曖昧に首を振る。
「いや、別に……大丈夫だけどさ」
彼の気遣いはありがたいが、妙に負担を感じるのも事実だ。
すると、アレンが大きな花束を抱えて戻ってきた。
「お待たせ! ほら、これ、似合うだろ?」
自信満々に差し出された花束に、俺は言葉を失う。
「いやいや、こんなのいらないって!」
「遠慮すんなよ。こういうのは似合うやつが持たなきゃ意味がねえんだ」
押し付けられるように渡された花束を手にしながら、俺は溜息をついた。
アレンの直球で強引な態度と、エリオットの誠実で丁寧な接し方――どちらも俺にとって未知の領域だ。この二人に囲まれている限り、穏やかな日常なんて訪れる気配はない。
「俺の異世界生活、大丈夫なんだろうか……」
自問自答しながら、俺は花束を手にしたまま市場を後にした。
***
「なあ、セリア」
朝からアレンが俺の横で妙に楽しそうに話しかけてくる。
「……なんだよ」
嫌な予感を覚えつつ返事をすると、彼は自信満々の顔でこう言い放った。
「俺の特製弁当を作ってやるよ!」
「は? お前が料理?」
思わず眉をひそめた。豪快な彼の性格を考えると、料理なんて繊細な作業ができるイメージがまるで湧かない。
「まあ見てろって。俺、こう見えて家庭的なんだぜ?」
勝手に話を進めるアレンに反論する間もなく、彼はあっという間にキッチンへ消えていった。
数十分後、彼は大きな皿を手に戻ってきた。そこには見事に整えられた料理が盛られている。鮮やかな野菜の彩りと、香ばしい香りが漂い、明らかにプロの仕業のような完成度だ。
「ほら、どうだ?」
「……意外とやるじゃねえか」
思わず本音が漏れたが、即座に気を引き締め直す。
「でも、別に褒めてねえし!」
そっけなく返すと、アレンは不満げに眉を上げた。
「お前、素直じゃねえな」
彼は皿を置くと、ぐいっとこちらに近づいてきた。
「な、なんだよ!」
少し距離を取ろうと後ずさりするが、つまずきかけてバランスを崩す。
「あっ!」
その瞬間、アレンの腕が素早く俺の腰を支えた。しっかりとした力強い感触が、体を覆う。
「危ねえだろ」
彼の低い声が耳元で囁かれ、背筋がゾクッとする。
「離せ!」
咄嗟に叫びながら、体を押し返そうとするが、彼はニヤリと笑うだけだ。
「その反応、可愛いな」
「こいつ……!」
心の中で猛烈にツッコむ。俺は男だぞ! なのに、この状況は何なんだ。
顔が熱くなるのを感じながら、なんとか彼の腕を振り払う。
「……調子乗るなよ!」
恥ずかしさを隠しきれずに怒鳴ると、アレンは肩をすくめながら笑った。
「はいはい。けど、俺の料理はちゃんと食えよな」
彼が指差す弁当を見ると、拒否する理由も見つけられない。結局、俺は渋々と弁当を手に取り、彼の期待に応える羽目になった。
こうしてまた、アレンに振り回される一日が始まったのだった。
***
「セリア様、少しお時間をいただけますか?」
昼下がりの穏やかな時間、エリオットが静かに声をかけてきた。彼の落ち着いた雰囲気と丁寧な話し方は、アレンの豪快な態度とは正反対だ。
「……何?」
少し警戒しつつ返事をすると、彼は微笑みながら提案してきた。
「図書館に行きませんか?」
「図書館?」
その言葉に少し面食らう。豪快な冒険に誘われるわけでもなく、図書館とは――なんとも地味だ。正直、退屈そうな予感しかしない。
「まあ……いいけど」
断る理由も特に見当たらないので、結局了承することにした。
図書館は静寂に包まれた空間だった。高い天井、無数の本が並ぶ棚、光が差し込む大きな窓。しんとした空気が漂う中で、エリオットは棚を歩きながらいくつかの本を手に取った。
「これがこの世界の歴史書です。もし興味があれば」
彼が勧めてくる本の内容を見てみると、分厚い表紙にびっしりと文字が書き込まれている。とてもじゃないが読む気にはなれない。
「いや、いいわ。適当に見てるから」
「分かりました。ですが、何か知りたいことがあれば、ぜひお聞きください」
その言葉通り、エリオットは本を一冊ずつ丁寧に解説してくれる。歴史、魔法、文化――普段は全く興味がわかない分野だが、彼の話し方は妙に分かりやすく、聞き入ってしまう。
「君が困っているように見えたから」
彼がふとそう言った時、心が少し揺れた。
「それで、ここまでしてくれるのか?」
自分の質問に、エリオットは軽く頷いた。
「当然です。セリア様が新しい環境に馴染むのは、簡単ではないでしょうから」
そんな誠実な返答に、内心で戸惑いを隠せない。
図書館を出た帰り道、夕焼けの光が街を暖かく染めていた。エリオットは変わらず穏やかな表情で隣を歩いている。
「セリア様、少しお時間を」
立ち止まった彼が、懐から小さなペンダントを取り出した。シンプルなデザインだが、細やかな細工が施されている美しいものだった。
「君に似合うと思ったんです」
手渡されるペンダントを見つめて、顔が熱くなるのを感じる。
「いや、こういうのは……その、反則だろ」
照れ隠しのつもりで呟いたが、心の動揺は隠しきれなかった。
エリオットの誠実な態度に、どう対応すべきなのか分からないまま、俺は静かにペンダントを受け取った。
***
「なあ、セリア。俺の方が頼りになるだろ?」
広場の一角で歩いていた俺に、アレンがいつものように軽い調子で話しかけてきた。
「何がだよ?」
既に嫌な予感しかしない俺は、そっけなく返す。
「全部だよ、全部! 困ったら俺に頼れって」
いつもの自信満々な態度で言い切る彼に、溜息が出そうになる。だが、それを聞いたエリオットが穏やかな声で口を挟んできた。
「アレン、それはセリア様の判断に任せるべきでは?」
その冷静な反論に、アレンの眉がぴくりと動く。
「お前さ、いちいち理屈っぽいんだよな。俺が言いたいのは、セリアにもっと楽してほしいってことだろ」
「ですが、無理に競争するのは良くありませんよ。相手を思う気持ちは大切ですが、それが押し付けになっては――」
「はいはい、わかったわかった! とにかく俺の方が上って証明すりゃいいんだろ?」
完全に噛み合わない会話に、俺はとうとう耐えきれなくなる。
「お前ら、俺を巻き込むな!」
少し強めに言うと、二人とも一瞬黙る。だが、すぐにアレンがニヤリと笑いながら提案してきた。
「じゃあさ、力で決めようぜ!」
「力?」
嫌な響きが頭にこだまする。案の定、アレンは近くにあった木製のテーブルを指差した。
「ここで腕相撲だ! セリアの前で、どっちが上かハッキリさせてやる!」
エリオットは困ったように眉を下げたが、結局は断らず、二人はテーブルの向こう側に向き合った。
「もう勝手にやってろ……」
呆れながらも、その熱意に巻き込まれてしまう自分が情けない。
腕相撲が始まると、あっという間に人だかりができた。通行人たちが興味津々で見守る中、俺は顔を覆いたくなる衝動を必死に抑える。
「目立ちすぎだろ!」
思わず叫ぶが、二人は聞く耳を持たない。
「うおおおおっ!」
アレンが勢いよくテーブルを揺らしながら、エリオットの腕を押し込む。エリオットも負けじと力を込め、静かながらも粘り強い抵抗を見せる。だが――
「っしゃあ!」
最終的にはアレンが勝利を収めた。彼は誇らしげに拳を上げると、集まった人々からの歓声を受けながらこちらを振り返った。
「ほらな、俺の方が上だ!」
「勝負で心は決まらないですよ」
エリオットは微笑を浮かべながら、静かにテーブルから手を引いた。
「お前らの勝手なアピールに付き合う義理はない!」
ついに怒りを込めて言い放つと、二人ともやや反省したような顔を見せる。が、その直後には、アレンが笑いながら手を叩いた。
「次はもっといいところを見せるからな!」
「私も、セリア様のために努力を惜しみません」
「だから、そういう宣言が要らないんだって!」
俺は頭を抱えながら、この異世界での二人の競争が終わる日は来るのだろうかと、途方に暮れるのだった。
久しぶりに一人になれた時間、俺は大きな溜息をついた。屋敷の窓辺に腰掛け、ぼんやりと外を眺める。
「あいつら、何であんなに絡んでくるんだよ……」
自然と頭に浮かぶのは、アレンとエリオットの顔だった。
アレンは、とにかく押しが強い。何かにつけてグイグイくるし、自信満々で自分勝手に行動する。でも、あいつのあの勢いには、不思議と引き込まれるところもあった。
「アイツは本当に押しが強いんだよな……」
次に思い浮かぶのはエリオットだ。彼はアレンとは正反対で、冷静で穏やか。何かを強制することもなく、いつも俺のペースに合わせてくれる。その優しさに、時々救われているのは確かだ。
「あの落ち着きは安心するんだよな」
でも、そこでハッとする。
「いやいや、何考えてんだ、俺!」
両手で顔を押さえながら、頭を振った。俺は男だったんだぞ。なのに、あいつらに振り回されるなんておかしいだろう?
そう自分に言い聞かせるものの、どこかで二人のことが気になっている自分がいることに気づく。
「……面倒くさいな」
結局、どっちも放っておけないからこうなっている。俺は再び溜息をつき、頭を抱えた。
***
外に出て気分転換しようと街を歩いていると、不意に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「おい、セリア!」
声の主は案の定、アレンだった。
「……お前かよ」
げんなりした顔を向けると、彼はニヤリと笑ってこちらに近づいてくる。
「何だよ、その顔。もしかして俺のこと考えてたんじゃねえの?」
「は? 誰がお前なんか!」
即座に否定するものの、なぜか顔が熱くなるのを感じる。
「あれ、図星か?」
彼の満足げな笑みに、心の中で「うるせえ!」と叫ぶ。
「違うって言ってるだろ!」
赤くなった顔を必死に隠しながら怒鳴るが、彼の軽口は止まらない。
「お前、本当に素直じゃねえな。そこが可愛いけどさ」
「お前な……!」
言葉が詰まる。何を言っても、アレンには全部冗談半分に返されそうだ。
結局、俺はアレンの顔を見ないようにして足早にその場を去ったが、背中で彼の笑い声が聞こえてきて、ますます恥ずかしさが募る。
「……なんなんだよ、あいつ」
こんなふうに心を乱されること自体、俺の予定にはなかったはずなのに――。
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