王子の勘違い

「ねえ、二人とも、聞きたい事があるんだけど」



「……なんだ?」



「君達さぁ、もしかして、無理やり連れて来られた?」



「……へ?」



「……へ?」



「……へ?」



「……ガゥ?」



 その場にいた私を含む全員が、質問の意味を測りかねて、目が点になった。


 ただ一人、王子だけが申し訳なさそうな顔をして……。



「そうだったのか。それはすまない事をしたね」



「あ、あの、セリオ様!?」



「ディアコン、ダメじゃないか。御客人を招くにしても、ちゃんと手順と言うものがあるのだからな」



「え、あ、うぇ!?」



「いいかい? まずは使者を派遣し、先方の都合を聞いて、吉日を選び、事前の準備を整えて、それからようやく招待というのが“正しい流れ”なんだよ。それを先方の予定や都合も聞かず、無理やり連れて来るなんて良くない」



 なんだ、この次期魔王は?


 お行儀が良すぎる。



「それと、重大な事を忘れている」



「じ、重大な事とは?」



「孕ませるとかどうとか言っていたけど、ここに産婦人科医も、助産師もいないじゃないか。それじゃあ子供を取り上げたりできないよ?」



 あ、こいつ、頭のいいバカだと、私は思い知らされた。


 むしろ凌辱するシチュエーションを“魔王として”学び取って欲しかったのに、考え方が間抜けな方向に飛んでしまっている。



「いやはや、お二人とも、部下にとんだ手違いがあったみたいで、迷惑をかけてしまったね。父が不在な以上、この場は魔界を代表して、王子の僕がお詫び申し上げよう、麗しの姫君、そして、女騎士殿」



 そして、あろう事か、困惑する二人に膝をつき、さらに頭を下げる。


 あかん、この次期魔王、お坊ちゃんすぎる。


 そして、私の頭の中に魔王様より発せられた勅命が思い出される。



「教育方針や内容はディアコン、お前に一任する。必ずやセリオを次なる魔王に相応しい存在に鍛え上げてくれ」



 魔王様から受けた、セリオ様への教育、そして、その意味を。



(つまり、めっちゃお坊ちゃんに育ててしまって、“いい子”になっちゃったから、それを“魔王っぽく仕上げてくれ”って事かぁぁぁ!?)



 なんという事でしょう。


 実力的には申し分ない程に“魔王”であるのに、心が“育ちの良いお坊ちゃん”に過ぎて、ある意味“後継に相応しくない”ってなっている!


 魔王がこんなにお行儀よく振る舞い、普通に外交折衝するわ、攫ってきた姫を護衛騎士ごと丁重に扱うわでは、とても魔王など務まらない!



(マズいですよ、これは!? こんな軟弱……、ではないけど、思いやりのある君主では、魔界の秩序が!)



 魔王たるもの、威厳とカリスマに溢れたオーラを放ち、見る者を怯えさせ、無惨に命を奪い、敵からも、味方からも恐れられなくてはならない!


 目の前の女二人を辱め、涙と絶望の渦の中へと追い落とす!


 それくらいの事すらできないとは!



(これはマズい! 本当にマズい! 魔王の心が“秩序”と“思いやり”で満たされるなど、あってはならない!)



 実力的には魔王に相応しくとも、心だけが魔王に相応しくない。


 いくら山を真っ二つにできるほどの一撃を放てようが、他者に対して、それも人間に対して思いやりを持って接するなど、どう足掻いても魔王ではない!



(魔王様、これはヒドイです! この状況を修正してくれと、私に丸投げですか!? 育児放棄ですよ、育児放棄! くっ……、さすがは魔王、無慈悲の塊!)



 などと私が困惑していると、セリオ様は姫と女騎士を抱え上げました。



「ディアコン、ちょっと行って来る!」



「ど、どちらへ?」



「この二人の自宅に」



 そう言って、シュッと消えてしまわれました。


 今のは間違いなく、【瞬間移動テレポーテーション】を使われましたね。


 おまけに、魔力の活性化もなし、詠唱破棄まで。


 いや、ほんと、実力だけはピカイチですわ、あのボンボン。


 私も、周囲の魔物達も、「これ、どうすんだ!?」と互いに顔を見合わせ、困惑するだけ。



(マジでどうすんのよ、これ!?)



 周囲に指示を出しようもない。


 何しろ、私自身もどうしてよいか分からないのだから。


 そんな時間が3分ほど経過すると、セリオ様が戻って来られました。


 もちろん、抱えていた姫と女騎士は、その姿がどこにもいなくなっている。


 本当に、“帰宅送迎”してあげたんですね、このボンボン。



「お、お帰りなさいませ、セリオ様」



「ちゃんと自宅のお城に届けておいたぞ。あと、地震でもあったのか、城も城下町も崩れていたから、元に戻しておいた」



「……は?」



「時間を逆行させて、崩れた建物を元の状態に戻し、死者を蘇らせ、怪我人もまとめて治療して、ついでに復旧作業がやりにくそうだったから、明るくなるように夜を昼に変えておいたぞ」



 【時間逆行タイムリバース】、【死者蘇生リザレクション】、【全体完治グレーターヒールオール】、【昇陽サンライズ】、どれもこれも特一級の魔法ばかり。


 それを連射して、顔色一つ変えないとは。



(やっぱこのボンボン、頭のいいバカだ)



 この出来事、どう魔王様に報告しようか?


 ちょっと考えたいから、出張、遅めに帰ってきてください! マジで!

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