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 びくびくしながら、春愁と炎陽は王子稲荷の頭領、風致ふうちの部屋へと滑り込んだ。

 今自分たちがやっている件について、頭領はちゃんと把握している。あの冬のめちゃくちゃ寒い日に、ちゃんと企画書を作り上げてそれを提出したのだから。ただその時、風致は熱燗飲んでご機嫌だっただけである。


「なるほどなあ」


 さて春めいてきた昨今、熱燗にするかぬる燗にするかそれとも、と悩んでいた風致の部屋の、障子をあけ放った廊下に、ちょこんと伏せるキツネが二匹。キツネ色の春愁と、赤色の兄弟キツネ炎陽だ。

 とりあえず二人を部屋に呼び入れて、さてどんな悪さをしたのやら、と話を聞いてみれば。確かに二人が悪いといえば悪いが、手放しで拳骨を落とすほどの事でもなかった。


「一番ありがたいのは口だけで実行に移さないのはそれとして」

「ありがたいですね」

「それならまあ、まあ」


 うんうん、と、子ぎつねよりはちょっとだけ大人になったキツネ二匹が頷く。


「次点は、自宅の神棚か。年神さまは心根のお優しい方が多いから、その家にちょっとした不幸を下さるだけで許して下さるかもわからん」


 祠を壊してみたい、と思うような子供のいる家に、神棚があるかどうかはちょっと悩ましいところだと、腕を組んで風致は少し考える。あるだろうか。無いような気もする。あと問題がないのは仏壇あたりか。

 親御さんからはしこたま怒られるだろうが、それでも自分の家の物であれば、怒られるだけで済むだろう。


「あと問題が少なそうなのは、キツネの社か」


 かねて古くより、日の本の民は稲荷神社を崇拝している。大きな稲荷大社も各地にあるし、そうでなければ神社に併設されている。個人宅にある場合もある。

 風致が言及したのは、この個人宅にある稲荷神社である。いくらなんでもここ王子稲荷のような大きなところを襲撃はしないだろうし、神社に併設されている小さな社であっても、他人のもの、という認識はあるだろう。流石にそこを襲撃した、とあっては、キツネの手に余る。

 人間が人間の法の元に裁くだろう。

 隣近所の稲荷の社、というのであれば、これもまた人間が人間の法で裁くだろうが、そこにちょっとしたことをその社のキツネが足すくらいの事は容易い。話を流しておけば、その社を祀っていた一族に被害も出ないだろう。というより、被害が出る可能性がある以上、話は流しておかねばならない。

 何の罪もなく、これまで稲荷の社を維持してきた人々が不幸になるのはよろしくないからだ。


「一番の問題は、やはり失伝している祠だろうな」


 辻々にあるようなお地蔵様や、管理人がちゃんといるような道端の祠であれば、割と問題はない。いや問題自体が皆無なわけではなく、誰かが介入することが可能である、という話だ。

 事前に祠を壊そうとしている悪童どもがいる、という情報があれば人の似姿を取って顕現し、破壊される前に怒鳴り散らして追っ払うことだってできよう。

 失伝している祠、というものは、それらのコミュニティの外にある。ゆえに彼ら彼女ら、そこに祀られている神々に情報が行かない、というのが、問題なのではない。


「そればかりは、狙わないでくださいと神に祈るしかありませんね」

「どの神だ」

「どなたでも」


 ふう、と、三匹のキツネはそろってため息を吐いた。


 そうしてまあ大体、物事というのは、最悪を引き当てるものである。

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