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 静謐なお社の廊下を駆け抜けないぎりぎりのスピードで通り抜けて、自室に春愁は滑り込んだ。綿入れ半纏を着こんでふわもこソックスをはいて、こたつに足を突っ込む。それから、こたつの上の保温ポットからお茶を湯飲みに注いで飲み干した。よし。


「寒い……」

「お疲れ様。宇迦之御魂神様なんて?」


 同室にいた春愁の兄弟キツネ、炎陽えんようが湯飲みにもう一度お茶を注ぎつつそう問うてくる。


「モキュメンタリーホラーやりたいって」

「うん?」

「多分全部こっちに丸投げだろうけれど」

「うん?」


 炎陽は首を右に傾げ、それから左に傾げた。何を仰っておいでなのだ、あのお方は。


「今モキュメンタリーホラー流行ってるじゃんって」

「みたいね」

「だからやろうって」

「……また……あのお方はもう……」


 炎陽のその呟きは、宇迦之御魂神様を主と仰ぐキツネ族全体の感想でもある。

 とりあえず体の温まった春愁は、先日家電量販店で購入してきたノートパソコンを立ち上げた。やることになったのだから調べものである。モキュメンタリーとは、何か。

 対する炎陽はノートを広げる。


「ええとじゃあ、誰に声かける?」

「とりあえず俺とお前で」

「ええ……」

「あとはシナリオ出来てからじゃん?」

「そうだけど」


 まあ、そんな感じで。その日は更けていった。

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