2.出会い【3】

「オマエ、なぜフィルギアのニオイがする?」


 不意に小さく呟かれた言葉に、レッドの体が硬直した。

 焚き火の煙が揺れる中、その名が耳に突き刺さる。


「フィルギア……?」


 咄嗟にレッドは振り返った。

 驚きと戸惑い、そして混乱を含んだ表情で、子供の顔を呆然と見つめる。


「フィルギアと言ったのか? それは……フィルギア王のことか?」


 問い詰めるような口調になったが、子供は動じる様子もなく、ゆっくりと立ち上がるとのそりと焚き火の近くに寄ってきた。

 それは警戒心よりも、むしろ興味を引かれたような動きだった。


「オマエ、フィルギアのなんだ?」


 間近にまで寄った子供は、レッドの顔をまじまじと見つめながら、静かに問いかける。


「私は……、フィルギアに下僕ユリールにされかけたものだ」


 動揺を鎮めようと努めつつ、レッドは冷静を装いながら答えた。

 かつて自身の人生を狂わせたその名を、こんな場所で耳にするとは想像だにしなかったからだ。


「されかけただけで、魂魄ヴェッテイルにニオイが移るのか?」


 その問いに、レッドは眉をひそめた。

 魂魄ヴェッテイルにニオイという発想が全くなかったため、少し戸惑ったのだ。


魂魄ヴェッテイルに……?」


 オウム返しに答えた後、レッドはハッとした。

 確かに、自分はフィルギア王に下僕ユリールされかけた・・・・・が、グランヴィーナは一度、フィルギアの下僕ユリールされて・・・いた。


「一言で説明は出来ない。だが仮に、私からフィルギアのニオイがするとして、キミは私をどうするつもりだ?」

「オマエがフィルギアに関係がないなら、どうもしない」

「関係があったら、殺すのか?」


 緊迫感を伴うその問いに、子供はわずかに殺気を込めた視線を向ける。


「あるのか?」

「……いや、直接には無い」

「ならば、関係ない」


 フイッと顔を背けた子供は、焚き火のそばで膝を抱えた。

 焚き火の炎が弾ける音が、しばらく洞窟内に響いた。

 やがてレッドが口を開く。


「キミの名は?」

「名は……、無い!」


 自らの言葉に癇癪を起こしたように、子供は大声で否定した。

 その様子に、レッドは眉を上げたが、その背後にある感情に気付き、慎重に言葉を選ぶ。


真名コニングを名乗れとは言っていない。仮名ケニングも無いのか?」

だれも、俺の名は呼ばない。俺に名は無い!」


 その言葉には、自らを否定するような痛みが込められているように感じられた。


「だが、名が無くては呼ぶことも出来ないだろう? 私が勝手に名付けても?」


 レッドの問いに、子供は一瞬期待するようにちらとこちらを見て、それから視線を足元へと落とした。


「そうだな。キミの美しい調和の緑ウェントス恩恵の瞳アストーガにあやかって、ウェスというのはどうだろう?」


 レッドの提案に、子供は少しの間沈黙していたが、やがて小さな声で呟いた。


「呼びたければ、そう呼べ」


 ウェスは、顔を膝の間に押し込むようにして答えた。

 だが、その耳殻が赤く染まっていたのは、焚き火の炎の所為だけではなさそうだった。

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