第9話 家族団欒

 シャルが落とした雷を境に、天気がだんだん晴れになってきた。

 ここはマルマロン家の裏庭、俺はメアリーに手伝ってもらい、体についた泥を落としていた。

「今、シャルもお風呂に入ってますよ」

 メアリーが手をかざす空からはちょうどいい温度のお湯が流れ出てくる。俺はシャワーを浴びるように水を被っていた。

「ぷファーー、こりゃいいな。きんもちぃーー!!」

「あなた人前で裸で水浴びることに羞恥心とかないんですか?」

「透明だからセーフだろ、確かに少し恥ずいがそれより一ヶ月ぶりのシャワーに感激してんだよ。はぁー心が浄化されていくぜ」

「そうですか……とりあえず早くしてください、お湯出すのはいいですがこんなとこハルさんに見られたら疑われます」

「ほいほい、じゃもういいよ」

 俺が言うとお湯は出てこなくなり、代わりに温風が周りから吹いてくる。

「お、おおおぉぉぉぉ〜〜〜〜」

 俺は初めて味わう感覚に感動する。

「キモい声出さないでください……」

「悪い悪いマジですげえから。魔法面白すぎだわコレ、マジ最高……あ、もういいよ、乾いたから」

 俺が言うと、メアリーは何も動かないにも関わらず風は消える。

「お前って魔法使う時手ぇ向けたり振ったりしてるけど、たまに使わないよな、なんで?」

「手を使う時は高レベルや緻密な魔法の時だけです、私は大抵の魔法は考えるだけで使えれるので、いちいち手を向ける必要はありません」

「へー」

「まぁ、形だけなんとなくやってた、ですね」

「んー……」

 そんな微妙な感じでやるものなのか魔法は……悪くない。

「ま、ありがとな水。ついでに服まで……」

「いえいえ、そういえばあなた温度感じないからお湯にしても意味ありませんでしたね」

 メアリーはハッと気がつく。確かに俺は温度を感じれない、冷たい熱いとかない。しかし実際温度がないと感覚が鈍るから、結構辛い。

 ただの水かと思って飲んだら熱湯で火傷、なんてこともあるかも知らないからな。

「んなことない、その心使いがどんなお湯よりも温かく感じるよ」

「意味不明すぎて鳥肌立ちます、今度からは冷水にしますね」

 メアリーはそのまま家の中へ戻って行った。俺も服を着てからすぐ後を追いかける。

 移動し、メアリーの部屋にて。

「シャルマジ強くて、こう雷がピカピカどっしゃーんて感じで、やばくね?」

 俺はベットで横になりながら隣に座るメアリーにあの時のことを説明する。メアリーは聞いてなさそうだった。

「全然分かんないのでもっと詳しくお願いします、マジとかヤバいとか、語彙力死んでますね。最近の若者ですか?」

 メアリーに注意され、俺は興奮する心を抑え、静かに語りだす。

「あれはーそうだな、まず俺の始まりから関わってくるんだが、あれはお前と出逢う前――――」

「いえ、あなたの話はどうでもいいのでシャルの魔法について教えてください」

「少しは俺に興味持てよ……」

 俺は少し話を端折り、シャルの魔法を思い出す。

「まず始まりは俺が前言った食べると電気が発生する実だな、あれをシャルが食べたらその電気がシャルを取り巻くように渦巻いて、山賊が殴ろうとしたら稲妻が流れた。その後シャルがもう一人に腕を振り下ろしたら指先から稲妻出てきて、それと同時に落雷、みたいな感じ。それ以降魔法は使えなくなってた」

 俺があの時のことをペラペラ語る。ホントは俺の足が折られたとか山賊はあの時の奴らとかボス的なやつは俺が倒したとか言いたかったが言わなかった。

 俺ってば謙虚だなー。

 メアリーは暫しの沈黙の後、呟いた。

「才能ありますね、シャル」

「え、マジで?」

 俺はガバッと起き上がり、メアリーに聞き返す。メアリーは俺の方を見て答える。

「正確には、シャルが使用した魔法は生み出す魔法ではないですね」

「へーいやまそれはなんとなく分かるよ、生み出すより操作してるみたいな感じ?」

「……それよりも凄いことです」

 ……マジですか……確かメアリーの授業で『操作魔法』は基礎魔法より格段に高難易度で、習得に時間がかかるとかなんとか言ってた気がする。"それよりも"ってことは……。

「やっぱシャルはすごい子だったか、やはり俺の目に狂いはなかった」

「でも、それは大人にとってはどうでもいいことですけどね」

 メアリーはベットから立ち上がりながら言う。俺はいまいち分からず沈黙する。

「おそらく、あなたが"話し合い"の要ですね」

「……話し合い?」

 俺が聞くと、メアリーはチラリと俺を見た後、前を見た。

「では……"説教"でしょうか」

 ……え? 何が? とは聞きにくい雰囲気だった。メアリーはなんか俺もちゃんと分かってる程で話進めてくし。

「では、行きましょうか」

 メアリーは扉に手をかけながら俺を見た。俺は理解できないがとりあえずついていく。

「どこ行くの?」

「リビングです、あそこがずっと話し合いの場だったでしょう」

「あー……」

 話し合う……説教? 大人にはどうでもいい? シャルの功績はどうでもいいってこと? そういやあの時のメアリー怖かったな。

「お前あの時怖かったよな」

 ふと、脳内で考えていたことが口から上っていた。メアリーは開けようとしていたドアノブを離し、俺を見る。

「あの時は少し、怒っていたので……」

 それは初めてと言っても過言ではない、メアリーの人間っぽさに見えた。

「んーまぁ仕方ないか、勝手に居なくなったからな」

 俺が言うとメアリーは少し怒ってるのか、俺を睨む。

「あなた、意外と察し悪いんですね。私が何に怒ってたか」

「え? 違うの?」

「村の皆さんも怒っていたでしょ」

「あー正直痛みで全然聞いてなかったからな……」

「……怒っているは、"火事はシャルが原因"だと言うことです」

 それを聞いて俺は少し腹が立つ。

「それは山賊が襲ってきたからだろ、正当防衛だ」

「あなたはそう思うでしょうね、でも村人側からしたら、ニュースで注意したのにも関わらず子供一人勝手に森に入って案の定襲われて、反撃で落雷を落として山火事なんて大事にした。と言うことに怒っているのです」

 俺の浅はかさに苛立つ。そんな中、メアリーの言葉を訂正する。

「それは、反撃じゃなくて……俺を守ろうとしてくれて――――」

 メアリーは眉を歪めて俺を見る。

「あなたは身体も存在も透明だから、誰も分からないんですよ。あなたは本来ここに存在しない身、第三者が見たらシャルが一人でやったようにしか見えないでしょう」

 俺が透明だから、全部シャルの責任になっている。

「……じゃ全部、俺のせいじゃねぇか」

「戦犯を上げるならあなたでしょうが、原因をあげるならあの山賊でしょうね、だから全部は背負い込みすぎです」

 メアリーは正論で俺を励ます。別に落ち込んでいるわけではないからいらないのだけれど。

「んなことは分かってるわ」

 俺は覚悟を決めて前を見る。

「行こうか」

 俺が言うとメアリーは何も言わずに振り返り、扉を開けた。


――――――――――――――――――――


 俺とメアリーがリビングに行くと、すでにハルさんとシャルが座ってた。しかしその席はいつもと違い、向かい合うように座っていた。

 メアリーはとりあえずシャルと隣に座る。俺はテーブルの横に立つ。

「メアリーちゃん、ありがとうね、シャルを見つけてくれたり火事を消してくれたり」

 最初に口を開いたのはハルさんで、メアリーにお礼を言う。メアリーは「いえ」と、軽く流す。 

 ハルさんはそれを見た後、シャルに視線を戻す。

「シャル、単刀直入に訊きます。あの山火事はシャルがやったの?」

 やはり少し怒っている低めの口調だ。怒る時の母親だ完全に。

「う、うん……」

 シャルは萎縮し、小声で答える。

「どうやったの?」

「生み出す魔法が、できるようになったから――」

「あ、少しいいですか?」

 ここで横からメアリーが手を胸元ぐらいまで挙げて割り込む。

「正確には生み出す魔法ではなくて、『発生魔法:雷系統』の上位種だと思います。もっと正確にはいえば一つ目は、雷の複製増大の魔法『雷造加魔法』でそれと同時に増やした電気を操る『雷操魔法』。二つ目は近づく敵意に自動で攻撃してくれる『撃型雷纏魔法』でしょう、三つ目は近くの、シャルの場合雷雲全てにまで相当する範囲の、『自然型雷操魔法』ですね、これをあの大きさの雲全てに届かせるなんて正直言って並じゃありえません」

 な、なんかすごい勢いで喋りだしたぞ……メアリー史上一の長文。

 オタク特有の早口で捲し立てるメアリーにハルさんとシャルは目を白黒させながらとりあえず頷く。

「――とまぁこんな具合で、シャルが使った魔法は基礎やその発展を超えて、もはや熟練者レベルの魔法を使っていた、と思います」

 メアリーは一通り、話し終えるとハルさんを見る。ハルさんは謎の返答を求められ、とりあえず愛想笑う。

「は、はは……」

 それを聞いたメアリーはキメ顔で垂れた白髪を耳にかけた。

 いやなんかキメてるけど全然関心されてないからな? 完全引かれてるぞ。

「ま、まぁとりあえず凄いことは理解したわ」

 ほら全然理解してねぇじゃねぇか。とりあえずの時点で理解してねぇんだよ。

「シャル? なんでそんな凄い魔法を使ったの?」

 話は再びシャルに切り替わる。

「えっ……と、さ、山賊がいたから」

 聞かれたシャルは少し視線を迷わせながら答える。

「山賊が襲ってきたからってこと? それで山火事がいいってことになる?」

「ん……」

 例えば、自動車免許を持った学生が、熊がいたから退治しようと突進して他人の家に突っ込んだ。その時学生は罪に問われるのか、という話だ極論。

 確かに熊は有害だが、それは退治するべき人がするもので、一般人は逃げるが常識。

 それは今回で言うところ、山賊は誰かが退治してくれるか、勝手にいなくなる。それを今回シャルが勝手に攻撃して山火事に発展、どうなのそれ? と言う話だ。

「いい? もしここにメアリーちゃんがいなかったらどうなってた? あのまま火が広がって村にまできたら、どうするつもりだったの?」

 いつもの温厚なハルさんのギャップからか、なんか怖い。シャルは責められ、顔を下げて沈黙する。

「ねぇシャル? どうして逃げなかったの?」

 ハルさんは少し机に身を乗り出しシャルに聞く。

 何故逃げなかったのか。それは完全に俺のせい、シャルは優しいから俺を助けようとしてくれた。

 ここに関しては、シャルが責められる筋合いはない。

「そ、それは――――」

 シャルはその口を重そうに開く。

「蚊……蚊がいたから退治しようと思って!!」

「蚊ですって!?」

「それは仕方ありませんね」

 言い訳は終わってるが、な、なんて優しいんだシャルは!! 俺が存在を隠していることを分かってくれて、嘘をついてくれたんだ!

「あなたそんな嘘で騙せるとでも!?」

 しかし、というか当たり前にバレて、怒られる。

「た、確かに嘘だけど! 攻撃するために攻撃したんじゃない!」

 嘘って言うんかい、そしてその言い分も分かるが何も知らない人が聞いても全然わかんねぇぞ。

「ふざけないで! 本気で怒っているのよ!? なんで逃げなかったの!?」

「お母さん……いやハルさん!」

 机を叩いて立ち上がるハルさんに大きく声を出した。俺はもう反射的にシャルがこれ以上責められるのは罪悪感が許してくれなかった。

 ハルさんは突如横から乱入してきた謎の男の声に、驚き、顔だけ俺の方向に向けながら固まる。

「ハルさん、娘さんは悪くありません。悪いのは俺です! 娘さんは俺を山賊から守ってくれたんです! だから責めないでください! 褒めてくやってください! 娘さんはすごい子なんです!! そして俺は透明です!」

 俺は見えなくとも腰を九十度に曲げるほどに頭を下げて謝罪する。ハルさんは固まったまま俺の話を聞いていた。

「変な男の声がする!!!」

 ピガーンと電撃が駆け抜けるような衝撃と共に驚きの声をやっと出した。

 あぁそうだったこの人天然だった。てか反応今更っ!?

「え? ちょっと待って?? 守ってくれたって、シャルはこの人を守ったの? だから山賊を攻撃したの? てか透明ってなに!?」

 ハルさんは汗ダラダラになりながら額に手をやり脳を必死に動かして話をまとめる。

「う、うん……実はこの透明さん、私に魔法のアドバイスくれたんだ、あと褒めてくれたり優しくしてくれたり、だから無視できなくって……ごめんなさい」

 シャルはぺこりと頭を下げた。

「な、なによそれ……そういうことはすぐ言いなさいよねぇもう〜〜」

 それを聞いたハルさんは安堵したように椅子にもたれかかる。そしてすぐに立ち上がると、シャルの横に移動して抱きついた。

「ホント無事で良かったわ。私、頑張って叱ろうと思ったけど、やっぱりこっちの方が性に合ってるわ」

 ハルさんはシャルに抱きついたまま離れず、涙を流した。

「ホントいい子、自慢の娘だわ!」

 バカ親、でも俺は嫌いじゃないバカ親。

「……ご、ごめんなさいっ、勝手にいなくなっちゃって……」

 シャルも母親に答えるように抱き返す。

「私、あの実食べたら雷使えるんじゃないかと思って……食べちゃダメって言われてたから、黙って行って……すぐ戻る気だったんだけど、雨降ってきて……」

 子供ながらにして、涙ぐみながら言葉を綴る。

 感動だなぁ……こういう親子愛に弱いんだよなぁ俺。涙ポロリ〜。

「あ、それ聞きたかったんですが――――」

 いきなりメアリーが挟んでくる。

「おいこら今親子感動シーンだろ割り込むなよ」

「どうしてシャルはあの実食べても無事だったんでしょうか?」

 メアリーは俺を無視して質問する。

「あぁ、それは多分、私がまだシャルがお腹の中にいる時に、あの実、食べちゃったのよ。しかも結構の量を」

 ハルさん曰く、『あの実』基『カボルテ』をシャルを妊娠中に誤って食べてしまったらしい。しかもその量はあの時のシャルと同じぐらいでそれを一気に食べたらしい。

 何故そうなったのか謎だが、天然なので納得。

 その時ちょうど術師がいたので治癒魔法でなんとか一命は取り留めたらいし。

「なるほど、だから雷に対する耐性があったんですね」

 メアリーは冷静に呟いた。

「そうなのよ〜……よしっ! じゃぁご飯にしよっか!」

 外はもう暗くなり始めている。少し早いが普通に夜ご飯の時間である。

 ハルさんは棚からエプロンを取り出して着る。後ろで紐を結んでいる時、ふと俺の方を見た。

 ハルさんは目をパチパチする。

「で透明ってなに!?」

 再びピガーンと衝撃と共に叫んだ。

 あ、忘れてたのね。てっきりもう興味なくしたのかと。

「すみません、実は私知っていたんです」

 いきなりメアリーがまた割り込んできた。

 メアリ〜、なんて優しんだお前は〜。責任取らないと言いつつも名乗り出てくれて、好き〜。

「でもほとんど勝手についてきて、勝手に私の部屋に住んで勝手に魔法聞いて勝手にいろいろしてたので、悪いのは彼です」

「そんなすぐ売る!? 俺そんな処罰される話じゃなかったくね!?」

「うるさいですねこの透明さん、私が殺しましょうか」

「やめろ! シャルがいるだろ汚い言葉を使うな!」

「めんどくさい親ですかあなた……」

「ふ、あはは」

「え?」

 横を見ると、ハルさんが笑っていた。

「いや、ごめんごめん。なんか凄い仲良さそうで……」

 ハルさんは細く綺麗な指で目元の涙を拭う。メアリーはムッとする。

「仲良くありません」

 おい出たよ定番。普通こういう時は俺も「仲良くない!」なんて被せるように言う場面だろう。だけどせっかくだ。違うことを言おう。

「お――――」

「うるさい」

 ――――いおい嘘つくなよ仲良しだろ俺たち……。

「ねぇ透明さん、名前なんて言うの?」

 ハルさんが俺に聞いてくる。

「あ! 私も気になる〜!」

 シャルも割り込んできた。俺はとりあえず空いていた椅子に座る。

「名前……実はないんです」

 正確にはある。前世のものが。だが、やはりせっかく異世界に来たんだし、改名、と言うものがチラつく。

「えーないのぉ?」

 シャルが残念そうに机に倒れ込む。

 ならここで完璧な提案してやるぜ。

「なんなら、つけてもらっていいですか?」

「え!? ほんとに良いの!?」

「いいぞ〜なんでもいいぞー、ちなみにかっこいいやつを頼む、ス◯ルとかカ◯マとかルー◯ウスとかな」

 俺はシャルの答えに心躍らせる、メアリーはなんかジトっと俺を見てくる。

 え、なにかっこよくないって言いたいの? それは日本のアニメに喧嘩を売っているってことか? しかしかっこいい名前ってなんだろう。

「透明……とうめい……トウメイ……メ、イト……」

 シャルはなんかブツブツ言いながら顎に手をやる。ハルさんは俺をなんか興味深々にベタベタ腕とか足とか触ってくる。

 なんか恥ずいのでやめていただきたい。

「『メイト』!! 『メイト』とか!!」

 シャルは俺をビシッと指しながら言った。

 メイト……メイトねぇ……。

「あー……なんかもうちょい和名な感じで……つっても『和名』分かんねぇか……あれだ、『かっこいい』感じで――――」

「良かったですねメイト、名前つけてもらって」

「ねぇメイトは食べ物何が好き?」

「メイト君って服も透明なのね、不思議〜」

 ……あぁ、もうメイトでいいです……。

 こうして俺は、異世界での名前は『メイト』で決定した。


―――――――――――――――――――


「メイトーお手」

 俺は出されたシャルの小さく可愛い手に手を乗せる。

「きゃー触られたぁ! 面白いー!」

 え、俺犬?

 シャルは透明ということがそんなに面白いのか、俺に触られたたけで興奮している。ちなみにメアリーは先ほどから俺のことを可哀想なものを見る目で見下してくる。

 見下すなよ……。

「はーい、ご飯ですよー」

 そこにハルさんが食卓に木皿に乗った料理が並べられていく。

「わぁーおいしそー」

 シャルは俺から離れ、移動し自分の席に座る。

「メイト君もどうぞ」

 コトっと俺の目の前に皿が置かれた。俺は一瞬理解できず固まる。そのあとハルさんを見るとメアリーにも皿を渡す。

「良かったですね」

 メアリーは小声で言ってきた。

「さ! 食べますか!」

 ハルさんは自分椅子に座り、三人は手を合わせる。

「いただきます!」

「いただきまーす」

「いただきます」

 俺も手を合わせる。

「……いただきます――」

 俺はそう言ってスプーンを手に取る。透明になるが問題はない。俺はゆっくりシチューみたいな食べ物を掬う。

 俺は震える手で、それを口に入れた。

 口に入れた瞬間、過去の世界が見えた。家族に出された母の味、それと似たようなものだ。

「……」

 机に水滴がポタポタ落ちてくる。それで気がつく。

 あぁ、泣いてんのか俺は――――。

 異世界に来てからニヶ月、初めて、『俺』という人間に用意された食べ物。そのあまりの美味しさに、涙が出たのだ。

 さらに言えば、こうして俺が座るべくして空けられた椅子も、今初めて存在している。それにさらに感動する。

 俺は三人バレないよう、机の涙を手で拭き、目を拭う。

「美味しいです!」

「あら、嬉しいわ〜、私も作ったかいがあるわ」

 ハルさんは嬉しそうに笑う。しかし俺は首を捻る。

「え? これってもともとできてたやつを温めただけのやつですよね」

「痛いとこ付くわね……そういうことは黙ってるものよ。でもなんで知ってるの?」

 ハルさんは引き攣った笑いで誤魔化す。

「まぁずっと見てたので、俺の存在を黙っていた時にいろいろ……」

「え!?」

 ハルさんは急に驚くとスプーンを皿の上に落とした。シャルもその声に驚き手を止める。メアリーは気にせず食べ続ける。

「じゃあ私の一人でしてた"そういう"ことも、見てたってこと……?」

 ハルさんは頬を染め恥じらいながら聞いてきた。ブッと吹き出したのはメアリーだった。

「――見てない見てない! てかまず"そういう"ことしてたことに驚きですよ! できれば聞きたくなかったですよ!! キャラが崩れる!!」

 意識してしまうだろ。俺の紳士っぷりがなければ今頃襲われたますよあなた、俺に。知らんけど。

「チキン童貞……」

「え? なんか言った?」

「いえ、なにも」

 ことあるごとに俺を貶すメアリーさんは何がしたいのでしょうか? 俺をMだと思っているのか? 違うからな?

「"そういう"ことってなに?」

 横からシャルがハルさんに聞く。

「ん? んーまぁ……シャルはまだ知らなくていいわ」

「えー気になるー!」

 シャルってこんなに元気だったっけ? まぁ元気なのは良いことか……。

「そんなことはいいんですが、どう説明します? 村の人たちに」

 メアリーはシャルに問い詰められるハルさんに助け舟を出した。ハルさんはシャルを留めながら答える。

「何を?」

「メイトの存在です。村の人たちはメイトを快く思ってくれるでしょうか」

「確かに! 村側からしたら俺は完全に未知の存在。排除してしまうのが得策だろうな」

「えぇ、そうなるとあなたは殺害とはいかずとも村に出入り禁止、なんなら監禁なんてことも無きにしもあらず……」

 俺とメアリーはペラペラこれからのことを考える、ここは村人であり大人のハルさんの意見も重要だと考え、意見を聞く。

「ハルさんはどう思いますか?」

「別に良いんじゃなぁい? なんとかなるでしょ」

 か、軽いーー……この人ほんとに大人かな?

「あれとかどう!? メアリー先生を保険にすれば良いんですよ! 先生あの時にすごい怖がられてましたし、先生が「大丈夫」と言えば誰も逆らいませんよ!」

 げ、ゲスいーー……ハルさんよりよっぽど大人じゃないか。

「確かに、良い作戦ですね」

 メアリー先生もこれには納得。

 するんだ!? 怖がられてた自覚あるんだ!?

「じゃそう言うことで、これから頑張っていこー!」

 人生ってこんな簡単の決まるものだっけ? でも嫌いじゃない。むしろ好き。

「ははは」

 この世界ならできる。

 誰も俺を気にしない、俺も誰も気にしない、でもみんな仲良く生きていける。そんな人生に。

 過剰に干渉せず、誰もが否定せずに最後は笑って幸せに終わる。俺の夢のような世界だ。

「ぶっはっはっはっはっ!!」

 俺は嬉しさで爆笑してしまう。

 俺はやってやる。この世界で幸せに生きてやる――。

「なに急に笑ってんだこの人、きもちわる」

 今となってはメアリーのこの辛口も褒め言葉に聞こえるな!

「俺はメイト――透明人間だ――――」

「マジで何言ってんのこの人……」

 メアリーは氷のような冷めた目で俺を見る。シャルは俺に釣られて笑っていた。ハルさんは微笑みながらご飯を食べていた。

 ただただ幸せだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る