第8話 雷撃
前世で妹が家出したことがあった。
決め手は親父との喧嘩で、学校で友達と喧嘩したり部活が上手くいかなかったりが続いたらしい。
喧嘩した次の日、朝起きると服や財布などを持って出て行った。親父の机に置き手紙があり、家出する言い訳が綴られていたらしい。
俺はその日高校を休み、一日中街を自転車で駆け回った。妹が行きそうなところを片っ端から探し回った。
妹に連絡するが既読無視され、電話にも出ない。
結局、見つかったのは真夜中で、探してくれていた人たちも警察に言おうという話になっていた時、家の近くの公園にいた。
ベンチに座る妹は、どうしていいか分からずただただ悲しそうに一人、暗い公園で座っていた。常夜灯がなければ俺も気づけなかっただろう。
「……おい」
俺は後ろから肩を叩く。妹は声だけで俺と分かり、振り返らず呟いた。
「……お兄ちゃん……」
俺はベンチを跨ぎ、妹の隣に座る。妹は俯いたままで俺を見ない。
「……ごめん、なさい……私っ、どうしていいか分からなくて――――」
妹の膝に水滴が、一つ二つと落ちてくる。
「私、お父さんと喧嘩しちゃった……友達とも喧嘩して、部活でもみんなに迷惑かけて……」
妹は震える声で言葉を綴る。
「それで家出してもっとみんなに迷惑かけて――」
妹の手にはスマホがあり、ずっとLINEを見ていたのだろうか、友達や家族、俺の連絡全てを見ていた。父親からの心配と謝罪の連絡がずっと送られてきていた。
「私、悪い子だよね――――」
妹のスマホを電源ボタンに手をかけて、電源を切ろうとする。
「知らん、聞いてねぇ」
俺は妹の頭に手をポンと乗せる。すると妹は驚いたように目を丸くして俺を上目遣いで見る。その頬は涙が伝っていた。
ホント、こいつってやつは……。
「お兄――――」
バッチコーン!!!
「っったぁ!?」
「ホントお前馬鹿だな!?」
俺は妹の頭を痛くない程度にぶっ叩いた。妹は何が起こったのか分からず目を白黒させて、自分の叩かれた頭を手で触る。
「?、???」
「はぁーー、お前のせいで皆勤賞逃したよコレ、一日中走り回ってクソ疲れたし、いろんな人に声かけまくってさぁ? 俺コミュ障なんだよ配慮してくれ」
俺は唸りを上げる腹を摩りながら言う。朝から何も口にしていたかった。
「ごめん……」
妹は再び目を伏せ、謝る。俺はそのおでこをデコピンする。
「アホ、俺に謝んな。俺は謝罪が欲しいわけじゃねぇ、お前が無事ならなんでもいいんだ」
「え……?」
妹は聞き取れなかったのか、ゆっくり顔を上げる。俺は分かるように妹の肩を掴み、妹の目を見て言う。
「――無事で良かった」
その言葉は内から溢れる安堵と喜びが大きく混じった吐息と一緒に出てきた。
「……」
妹は驚いた様子で固まる。俺は微笑みながら肩を放し、立ち上がる。
「さて、帰るぞ。もう完全に夜だ、腹も減ったし」
俺は妹に手を差し出す。妹は俺の手を見た後、チラッと視線を外し、呟く。
「でも私、たくさんの人に迷惑かけて、どんな顔すればいいか――」
「別になんでもいいだろ、お前が正しいと思う顔で会えばいい」
「え?」
妹はパッと顔を上げて俺を見る。俺は笑って言う。
「俺はお前がやること全部を認める。必ずお前の隣に居てやる。だから、お前はお前がやりたいことをやれ」
「――――――」
妹は再び涙を流した。しかしそれは悲しみの涙ではない。それは"幸せ"の涙だ。
「――うん、ありがとっ」
妹は俺の手を掴みながら、立ち上がる。夜風が吹き、木の葉が宙に舞う。空には綺麗な満月が浮かんでおり、ただただ美しかった。
「フッ……で、そのなんか落ち込んでる雰囲気やめて? なんか嫌だわそれ」
「ごめん……どうしたらいい?」
妹はスマホで誰かに連絡取りながら答える。
「あのいつものぶっきらぼうで口辛なお前になってくれ」
「お兄ちゃん汗臭い」
「いきなりだなおい……そして心に来るなぁ……」
「はは、ホントに大好き、お兄ちゃん」
ホントにいきなり言われた。俺は不意すぎて固まってしまう。妹はそんな俺を横目で見ながら家の方向に歩き出した。その足は軽そうだ。
そうだ、妹はそれぐらいがちょうどいい。
「……帰りにアイスでも買うか」
俺は妹の前で散々カッコつけて置いて妹の言葉で照れてしまうなんて格好がつかないなんて『お兄ちゃんの意地』が発動し、急いで妹に声をかけた。
「お兄ちゃん金あるの?」
妹は眉を歪めて聞いてくる。
「ない、奢ってくれ」
「フッ――」
俺の言葉を聞いた瞬間吹き出した。
「フフっ、あははははは!!!!」
まるで今までの不安を吐き出すように、腹を抱えて爆笑した。
「は、はは」
それに釣られて、俺も笑った。
そうだ、人生なんてこれぐらいがちょうどいい。世界なんてテキトーが一番良い。偉くなくていい、凄くなくて良い。笑えれば、それでいい。
周りの目なんて気にしない、周りも俺を気にしない。だけどみんなお互いを気にしてる。
そんな世界に俺はずっと、夢に見ていた――――。
なんで、こんなこと考えてるんだっけ……?
あぁ、そうだったな。俺は楽観的だったんだな。
妹大丈夫かな……悪いなぁ、なにも言わずに離れて……せめて一言言えたらなぁ……。
あぁ、そうだ。これあれだ。
走馬灯だ――――――。
俺は首を強く絞められ、破裂しそうな頭で、最後の力で、そんな言葉が浮かんでいた。
俺の足は完全に宙に浮いており、背後にある大きな樹木に押し付けられている。
「しゃ、しゃる……逃げて――――」
俺は狭窄する視界の中で、俺を見て立っていたシャルに最後の力を振り絞り声を出す。
その手には、赤く小さい実がたんまり持っていた――。
――――――――――――――――――――――――
シャルを探して家を飛び出し(2階の窓から)、ほぼずっと走りっぱなしでいた。
ポツポツという擬音語の雨もだんだんとザァザァとその強さを増していた。
「やべぇな、早いとこ見つけねぇと……」
ハルさんが言いに来てからほぼノータイムで家出たから、あんまり遠くには行ってないと思うんだけど……。
雨により視界が見にくくなってきた。
「いや、落ち着け……シャルならどこに行く?」
俺は一度足を止め呼吸を整える。膝に両手をつき、背中を丸める。
「はぁはぁはぁ………」
暫しの思考、その末――――。
「分からん!!」
俺はすぐに前を向いて走り出す。
「俺は現象とか考えんのは得意だけど感情は一番分かんねぇんだ! 変に考えるぐらいなら走った方がマシだ!」
俺はただ雨の中全力疾走し続けた。
雨がだんだんその勢いが増す中、俺は森の中を探し回っていた。地面がぬかるみ、上手く歩けない。
「クソっ、こんなとこにいるわけ――」
俺はドロドロの地面を睨んだ後、そう愚痴を呟きながら前を見た。
するとそこには木の下にうずくまる子供がいた。木の葉を傘にして雨宿りしてるらしい。足は泥だらけで服も濡れいている。
い、いたー! シャルだ! やっぱいたのかこんなとこに!!
俺は急いでメアリーに伝えなければと踵を返し、家に戻ろうとする。
たが一つ、疑問はある。
今シャルに必要なのはメアリーか……?
シャルはメアリーの授業に対するプレッシャーから逃げたわけだし、ここでメアリーが来ても現状なにも変わらないのでは。
――仮にバレても責任は負いません――。
脳内には俺の行動を否定するための言葉がある。
俺は知らず知らずのうちに惑う心により、歯を食いしばっていた。
半身だけ振り返ると、シャルが俯いてうずくまっている。寒いのか、膝を立て、腹と足の間に両手を挟んでいる。
その姿を見て、俺はただどうしようもなく、手を差し伸べたくなった――。
別にいい。この先を俺があの家に居られなくなったって、俺の命が狙われたって、メアリーの側の居られなくても、別に良い。
俺はこの子をどうにかしたい。
「――シャル……シャル」
俺は一度目は呟くように呼んだ後、次は力強く呼びかけた。
シャルは雨音に混じる突然の呼びかけに驚きながら顔をバッと上げる。
「シャル……シャルは大丈夫だ」
俺はしゃがみ込み、シャルと同じ視線に立って言う。シャルは何がなんなのか分からず、視線を惑わせる。
「シャルは、良い子だ」
俺はシャルの頭を優しく撫でる。
「う、うぇ? なに……?」
シャルは突然頭を撫でられ驚き、変な声を出す。
「この際、俺のことはどうでもいいから、とりあえず俺の言いたいこと言うな」
「え? え? え?」
「一つ目、すごい。シャルはホントすごい子だよ。二つ目、迷うことなんてない、好きなことをやればいい。三つ目、逃げてもいいから心配だけはかけるな。四つ目、魔法の話……」
シャルはどこにいるのか分からないにも関わらず、声の発生元から俺の居場所を割り出し、俺の目を見る。
「フッ、メアリーはな、『想像力』とか言ってたけどな? まーあれも間違いじゃないけどー、あれだな。俺は違うと思うんだ」
俺は微笑みながら、これまで魔法が使えた瞬間を思い出す。
初めてモノを動かせた時。
初めて連続的に動かせるようになった時。
初めて自分より重いモノを動かせるようになった時。
初めて魔法を見た時。
初めてこの世界に来た時。
ずっと――――。
「『夢』だよ。人生で大事なのは、『夢を見る心』だ。シャルは魔法が使えたら何がしたい?」
シャルと俺の近くは、まるで時間が止まったように雨の音は聞こえず、雨も俺たちを避けるように降るようだった。
シャルは風により、短い茶髪が靡き、その綺麗な瞳が潤う。
「私は――――――」
シャルは未知の世界に心躍るように、瞳を輝かせ言った。
「――――――うん、いい夢だ」
俺は最後に人撫でしてから、手を離した。
「そんな綺麗な夢があるなら、きっともう、できない魔法なんてない。全て、シャルの夢だ」
俺は立ち上がり、シャルから離れ振り返る。
悪いが、ここで颯爽と華麗に立て去らせてもらおう。かっこ良すぎだろ俺。惚れるなコレは。
「ま、待って!! お名前は――!」
シャルが立ち上がり叫んだ。雨がうるさく、聞こえないし見えにくい。だけどその声だけはよく聞こえる。
「うーん……フッ――」
俺は体をシャルの方向に戻してからしゃがんで、言う。
「ただの人間だよ。身体が透明なだけの」
雨がうるさかった。雨で見えなかった。
だから気づけなかった。俺のミスだった。
俺はまるで、ふと幼馴染を街で見つけたように、風で揺れるカーテンが視界の端に入ったように、学校で名前が呼ばれた時のように。
流れるように、横を見た。
「透明人間――――」
そいつは、俺がこの異世界で初めて会った人間だった。
――――――――――――――――――――
俺がこの男と出会った時は、俺がこの異世界に来てすぐの時だった。
誰かと逢おうと、森の中を歩いていた時に出会った男たちの一人で、騙していきなり俺の首思いっきり絞めてきた奴だ。
男は長く黒いローブを纏い、顔を隠している。ふと、長い前髪の隙間から見えたそいつの瞳はあの時と同じ、赤い目だった。
俺はほぼ反射的に立ち上がり、シャルに手を伸ばす。しかしシャルに手が届く前に、腹に激痛が走る。
「うっ! ――けぼくッ!」
男に腹を蹴られた。その威力は想像を絶し、俺は後方に飛ばされてしまった。泥を跳ねさせながら転がり木にぶつかりやっと止まる。
「ふーーふーーふーー」
燃えるような激痛を呼吸で堪えて、静かに立ち上がる。
――落ち着け……音さえ出さなければあいつは俺の場所が分からない……シャルさえどうにかできれば――。
シャルは急に現れた謎の男に困惑して動けない。その後ろから残りの二人の男、デブとチビが出てきた。
「そんなんで隠れたつもりかぁ!?」
男はそう叫びながら俺に突進してきた。俺は咄嗟すぎて反応できず腕を掴まれた。
「いってぇ!!」
「てめぇ、透明だかなんだか知らねぇが、雨がありゃなお前の居場所は分かんだよ」
透明なだけで実態はある。雨は俺を貫通しない。当然、俺がいるところは雨が不自然に落ちる。
俺は俺より細い腕からは考えられないほどの腕力に抗えず、地面に叩けつけられる。
「まずは逃げられねぇように……」
男は片手で俺の後ろ首を、もう一方で俺の右足首を掴む。
次の瞬間、人生上一番の鈍痛が足首から伝わる。
「ああああああああああああああァァ!!!!」
あまりの痛さに声が出てしまう。その前痛みは和らぐことなく増していき――――。
バキッ。
「――――――」
足首は折られた。燃えるような痛みが身体中を駆け抜けて、脳に到達する。
痛ぁ……。いやマジで痛い――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
あまりの痛さに声も出ず、ただ動かないことしかできなかった。そんな俺の首を容赦なく持ち上げ、木に俺をつける。
「がっ! があああああ――――」
その力はどんどん強くなり、俺の首を締め上げる。俺はなんとか手を退かそうとするが力が入らない。
「また会えるとはなぁ、嬉しいな……あの時お前裏切ったよなぁ!! 俺史一番悔しかったぜ!? なぁ"!?」
そう言いながら俺のことをさらに強く締め上げ、爪が皮膚に食い込む。
「お前の死に顔見たくてしょうがなかったぜ!? でもお前透明だからなぁ!? せめて俺のこと手で! 殺させてくれよぉ!!!!」
男は言い終わると、全ての力で俺の首を絞める。
俺は脳に酸素が届かないのと痛みにより、何も聞いていなかった。そんな時、妹が見えていた。
「し、しゃる……逃げて――」
俺は最後の力を振り絞り、シャルに声を出す。無謀なことは分かっている。こいつの他に残り二人いる。そいつらを掻い潜って逃げるなど無理だ。
それでも、無事でいて欲しいから言う。
「逃げろ!!」
俺の言葉にシャルはずっと開けようとしなかった手を開ける。その手には、あの時うさぎに食わせた実だった。それがこんもり手で山積みになっている。
「私、逃げたわけじゃない……諦めたわけじゃない!!」
シャルはそう言うと、その実にかぶりついた。男たちは突然の行動に硬直した、俺の首を絞める男の力が弱まる。俺は隙を逃さず空気を吸う。すると俺の脳内はあのうさぎを思い出す。
「待て!! 食うなそれを!!」
俺の静止を無視して、シャルは口に入れたそれを噛み砕くと、思いっきり飲み込んだ。
次の瞬間、ばちばちと電気が走る音と共に、シャルは電気に包まれる。どんどん強さを増していき、シャルを包み込む。辺りは青白い閃光に照らされる。
その光景に男は俺の首を離した。俺は地面に落ちた。
「シャル!!! ……し、シャル!?」
俺は這ってでも近寄ろうとしたとき、シャルは平然と立っていた。それどころか、自由に放出されていた電気もだんだん渦を巻くようにシャルの近くを回転し始める。
シャルは髪が逆立ち、今まで前髪で隠れていた目がよく見えた。
まるでイエロートパーズのような神々しさで輝き、その中に葵い部分が混ざり待っている。
シャルは自分の手や腕身体を驚きつつ見た後、満面の笑みで笑った。
「やったー!! 生み出す魔法できた!!!」
万歳して喜ぶ。男たちは訳が分からず顔を見合わせる。
「ふ、ふざけんな!!」
シャルの隣に立っていたデブがシャルを殴ろうと拳を出した。
拳がシャルに当たる寸前、拳とシャルを取り巻く光との間に稲妻が走る。辺りは白い光で一瞬包まれる。
次の瞬間、落雷のような轟音と共に、デブの身体に強大な電流が流れ込んだ。
デブは脳をやられ、白目を向いて倒れた。
やっと耳鳴りが止み視界が冴えてくると、そこにはデブが倒れており、シャル自身も自分がなにをしたか分かってなさそうだ。
「……? まぁいいや! 山賊さん悪いけど、眠ってもらうから!」
シャルは初めて魔法が使えてテンション上がって、声音が弾み、性格が少し変わっている。
「あなたも!!」
シャルはビシッとチビを指す。指されたチビは顔を青くし逃げ出す。チビと言ってもシャルと身長は同じぐらいだ。
「う、うぁぁぁぁ!」
シャルは腕を振り下ろた。
すると指先から稲妻が伸びチビ目掛け直進する。だけでなく、天を埋め尽くす雨雲に雷が流れ、稲妻は一点に集中する。
その全ての雷は、チビに落雷する。
轟音と共に雷はチビにピンポイントで落ち、さらにシャルからの稲妻も同じタイミングでチビに当たる。
辺りは先ほどの何倍もの爆音と閃光に包まれた。
「や、ヤバすぎだろこれ……」
落雷による衝撃で地面が振動する。辺りは落雷で草木が燃えている。
地面を見るとプスプス煙を立てなから気絶するチビがいた。ビクビク手足を痙攣させなが気を失っている。
「こ、怖〜」
「さて、残りのあなたもよ! 透明さんを襲ったこと、許さないから!」
シャルは俺の首を絞めていた男は指す。男は目を見開いてシャルを睨んだ後、腰を落としながら小型ナイフを取り出し、構える。
「えいっ!」
シャルは先ほどと同様に腕を下ろした。
「…………」
しかし電撃は発生せず、辺りには木がパチパチ燃える音、雨の音が流れる。
「え!?」
シャルは腕を伸ばしたまま固まる。どこか渦巻いていた青い光が弱くなった気がする。
電気切れ――! 魔力切れなのかMP切れか知らんが、とりあえずもうあの電撃は撃てない。
「決めたぜ……お前ら二人とも残虐処刑だ」
男は小型ナイフを前に構えたまま振りかぶり、シャルに突き刺そうとする。
舐めんなよコラ、俺だってな、この一ヶ月無駄に生きたわけじゃねぇんだよ。
俺は地面に這いつくばったまま男を睨む。
「おい! ライカ!!」
俺が男の名前を叫ぶと、男基ライカは俺を上から見下す。
「なんで名前知ってんだ……」
「あの時からひと時も忘れたことがないぜ? きっといつか会うと思っていたからな。さっきは咄嗟すぎて出来なかったけど、今ならできるぜ?」
「なんの、話だ?」
「魔法の、話だ」
腕を振りかぶり、拳を握り、腰を捻り、肩を上げ、足を引く。
ライカは地面に寝る俺を睨んだまま動かない。
こっから加速する。足を出し、腰を捻り、肩を出し、腕を伸ばし、拳を当てる。
「俺は今まで、"それ"を動かすために魔法を使っていた。けどなそれは俺の得意分野じゃねぇ……俺に出来たことは昔から、"人"を考えることだけだ」
だから、"そこに誰かいる"と仮定すればいい。何かを動かす時、その人が動かしていると考えればいい。
「そいつはもう、お前の前にいるぞ」
「あ"? ――――――――」
ただ! 殴る!!
次の瞬間ライカの鼻が凹む。それは止まらず高速で殴られる。鼻が折れ、顔面を殴打する。
ライカは一瞬ではるか後方に吹っ飛ばされ、頭から木に激突した。木の葉と水滴がライカに降り注いだ、ライカはぐったり木に寄りかかって動かない。気絶したようだ。
「……」
シャルは意味不明と言わんばかりに空いた口を閉じれず、ただ吹っ飛んだライカを見ていた。
「シャ、シャル……大丈夫か?」
俺は安堵からか、急激に痛みが増す足を我慢しながらシャルに声をかける。
「……う、うん……」
シャルはそう言うと、ヘタリと泥だらけの地面に座り込んだ。
「良かったぁ……ホント怖かったぁ……」
「ハハ、ごめんな? 俺のせいで。すぐ離れよう、火事だ」
シャルの落雷によって引火した森、火の手がすでに広がっている。雨でなんとか広まりは遅いが、それで完全に消火できるわけではないし、早く逃げなければ。
「う、うん……透明さんも早く……」
シャルは立ち上がる。しかし俺は折れた足首のせいで動けない。
いてぇ、どうする……!? 這ってでも逃げるしか――。
「――おい! 火事だ!」
「こっちだ、水持って来い!!」
ふと、声が聞こえた。しかも一人二人でなく、結構の人数だ。
村人か! 助けにきてくれたのか!!
「ここら辺に落ちたよな、雷――」
ガサっと草をかき分けて出てきたのは初めて見るおじさんだった。
良かった。これでシャルは助かる。
「なんだこれ……」
たがその村人はこの状況を見て、絶句した。その視線の先には倒れた三人の男たち、そして一人立つ、シャルの姿。
「君がやったのか?」
村人は驚いたように呟いた。それは畏怖と憎悪が混ざっていた。
「はぁ、まぁ――――」
「そんな、こんな子供が――」
村人は口を押さえて驚きながら後退る。その後ろからどんどん村人が増えてくる。そいつらもこの状況と一人目の反応を見て、勝手に理解する。
「あんな小さい子がやったのか?」
「まさか、ただ居合わせただけだろう……」
「でもあの子って確か最近から家庭教師に魔法習ってるって……しかも『フォレスト』の人間だって」
「それならこんな小さい子があの落雷? の魔法を使えるかも……」
「だから習った魔法を試したくてこんな山火事を?」
「まずあの落雷だろ、まるで誰かが操作してたみたいに落ちたぞ」
「てことはやっぱりこの子が――」
村人は勝手に話し合い勝手に結論づけた。村人にとって別に山賊がどうなったとかはどうでもいい。ただこの山火事の犯人を探したいだけだ。
村人たちはシャルのことを犯罪者を見るような忌む目で睨んだ。シャルはその視線になにがなんだか分からずただ沈黙していた。
まずい、俺がなんとか説明しなければ……しかし大人にバレた時こそ本当に身の危険が……いや、ここで我慢できるほど、俺は強くない。
「あ――――」
「これはなんの集まりですか?」
俺が声を出そうとした瞬間、村人たちの後ろから声が聞こえた。
雨の中でも綺麗に聞こえる透き通った声に、その場の全員が同時に振り返った。
メアリーだった。
村人は傘を差しているにも関わらず、メアリーは傘を差していない。にも関わらず、メアリーは一切濡れていない。雨はメアリーに落ちた瞬間、蒸発するように消え去る。
気がつくと誰もがその口を閉ざし、動かない。
メアリーの目はいつも通りの眠そうな半目だったが、有無を言わせない高圧的な視線に感じた。一歩一歩前に歩き、村人の前に出ようとする。
村人はほぼ無意識的に、メアリーが通る道を開けた。
メアリーは前に出ると、シャルと目が合う。
シャルはその沈黙の怖さに固唾を飲む。
暫しの沈黙、とりあえず俺の存在だけは知らせようと水溜りをパシャパシャされる。メアリーは水の波紋と地面の凹みを見て俺の存在に気がつく。
その後、あたりに寝そべる山賊三人組を一瞥する。
誰もが次の言葉を待った。まるで問題が発生した時の先生の言葉を待つ生徒のように。
メアリーは最後にもう一度シャルを見た後、手を火事に向かって振りながら振り返った。
「帰りましょうか」
それだけ言うと、村人たちの間を歩いて行った。
シャルはハッと我に帰り、俺に視線を送りながらメアリーについて行った。
メアリーがいなくなると、緊張が解け、村人たちが息を漏らす。
気がつくと火は消えており、俺の足の痛みもなくなっていた。
あの一瞬でやったのコレ? 山火事消して、俺の足の怪我に気づいて治して、場の空気も収めて……。
俺は村人たちがいなくなるのを待ちながら苦笑する。
やっぱあいつレベチだわ。
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