第7話 雨降り

「おかえりなさい……遅かったですね」

 俺が部屋に戻ると、ベットに座るメアリーは頬を赤らめ顔を逸らしながら呟いた。

「いやー、なかなか夜の散歩と言うのも悪くないものですな、夜風が気持ちよかったですぞ、はっはっはっ」

 俺は気まずさを誤魔化すようにわざと道化る。

「そうですか……あのありがとうございました――」

 メアリーはマジで恥ずかしそうに頭を下げてお礼を言う。

「は!? いや、なにが? 分からん!?」

「…………」

 俺は足早に椅子に座る。

 別に恥ずいとかなんて声かけたらいいか分からないとかじゃないし? 俺ってば超紳士だから詮索しないだけだし? 俺ってばやっぱ超人間できてるな〜。

「あなた、こういう話になるといきなり知能指数が下がりますよね……女性と付き合ったこととかないんですか?」

「っっぶるぐぁ!! ――痛いとこ突くなぁ……」

 俺はズキっと傷む胸を抑えながら唸る。

 まずい、高校で周りがみんな彼女とかと卒業してく中取り残される俺……く、苦しい!!

「いないんですね、だから童貞っぽいんですよ」

「童貞言うなこらぁ! だいたいお前だってどうせ処女だろ処女!! 同類のくせに上から語んな!!」

 むしろ処女のほうが希少価値があるとかはなしで。

 メアリーをビシッと指す。しかしメアリーは少し考えた後、長い白髪を翻しながら、俺を見下すように言った。


「私もう、ヤッたし」


 俺は硬直、その後脱力し、床に寝そべる。

「負けた……ヤッたって……そんな――――」

 もうどうでもいいや……はいはいそうですよ、俺は一生卒業できないんですよ……おもんない。

「なんの勝負に負けたんですか……てかあなた16歳なら全然まだまだでしょ?」

 メアリーはいつも通りの気だるげな半目で俺を見る。その姿はなんだか前より大人に見えた。

「ちげぇよ、まず透明人間とヤリたいなんていうやついるわけないし、いたとしてもそれただのビッチじゃん? 俺はもっとこう――『愛』が籠ったことをしたいわけ、てなると透明な俺を愛してくれる人が必要な訳、でも多分いないじゃん? 無理じゃん」

「凄い早口……その迂遠な思考こそできない原因なのでは? まずは誰かを愛せればいいんじゃないんですか、受け身じゃ進めませんよ?」

 俺はメアリーの言葉を聞きながら立ち上がる。少し考えた後、口を開く。

「それって説教?」

 それを聞いたメアリーは少し驚いた後、ほんの少し口角を上げて言った。

「ただの第三者の意見です」

「……フッ、そうか」

「そうですよ」

 俺たちはしばしば笑い合った――。

「で、なんの話だっけ?」

「あなたが童貞でヘタレでチキンて話です」

「ぐっっはぁぁ!!!」

 俺の苦痛の悲鳴は、メアリーの部屋に響き渡ったのだった――。

「寒いですね」

「言うなそういうこと――」


――――――――――――――――――――


 一週間後の朝――。

「おはようございます」

 先に起きていたメアリーが着替えながら挨拶してくる。俺はベットから降りてあくびをする。

「ファーーファー……おはー早いな」

 いつもは俺の方が早く起きるのだがな、今日なんかあったっけ?

「今日はシャルの授業を始めてからちょうど一ヶ月……今日が節目となるでしょう」

 メアリーはいつもの黒いスカートにマントとお決まりの格好に着替える。純白の髪とのコントラストが美しい。

「ほーん……大丈夫かな……」

「…………」

 メアリーは何も言わなかった。シャルはこの一週間、生み出す魔法の特訓を積んできたが、一度も成功しなかった。シャルは日を越すごとに口数が減り、暗くなっていた。

「……ま! 思い詰めてもしょうがないべ!!」

 俺は割り切り、頭をかきながら笑う。

「出来なかったらその時で考えようぜ、物事プラスに生きないと」

「楽観的なんですね、羨ましい」

 メアリーはそう言いつつ、妬ましそうに俺を見た。俺はそれを横目に上から言う。

「はっはっ、君もこのレベルまで早く来なさい」

「絶対行きたくない」

「なんでだよ、もっと楽しく生きようぜ?」

 俺はそう言ってるが、実際心配である。メアリーが言うには出来ないのは基礎、出来て当たり前のことだからである。

 出来ないことは悪いことじゃない――が、それで困ってしまう人は必ずいる。

「……諦めてくれなきゃいいんだけど」

「……そうですね」

 メアリーはいつもより足が重そうにゆっくり歩く。

「俺には妹がいたから、シャルのこと見てると子供だったころのそいつ思い出すんだよ。だから心配になる」

「――"いた"ってことは――」

 俺が呟くように言ったことにメアリーは足を止め、振り返り聞いてくる。俺は少し言うまいか迷った後、口を開いた。

「……遠くに行っちまった――いや、俺が置いてきたんだ……もう会えないぐらい、遠くにな」

「……」

 俺が遠い昔を見ながら説明すると、メアリーは口を少し開けたり閉じたした後、口を閉ざした。

「す、すみません、こういう時、何言っていいか分からないので――――」

 メアリーは申し訳なさそうに目を伏せる。いつもより頼りなさげや雰囲気に誤魔化して笑う。

「へっ、別にいいよなんでも。もう過ぎたことだ。それにこういうときは、『笑えばいいと思うよ』」

 俺はキラッと、言ってみたかったセリフを一つ言えた。

「……」

 メアリーは微妙な顔で俺をチラリした後、振り返り、ドアノブに手をかける。未だその顔は申し訳なさそうに眉が下がっていた。

「すみません……ありがとうございます、じゃ行きます」

「おう」

 メアリーは部屋の扉を開けた。俺は小声で返事する。

 今日が全てじゃない、若いし、まだ全然チャンスもある。しかし今日を目標として頑張ってきたわけだし、今日できるかできないか、それは大きな違いになる。

 俺にできること……か――。


――――――――――――――――――――


 リビングに入ると、ハルさんが朝ごはんを並べていた。

「あ! おはよーメアリーちゃん」

 ハルさんはエプロン姿で食卓にお皿に並べながらメアリーに挨拶する。メアリーは軽く頭を下げる。

「おはようございますありがとうございます」

 すごいな挨拶と感謝を滑るように言ったぞ今。朝の挨拶と朝ごはんを作ってくれたことに対する感謝、それをほぼ同時に。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 メアリーは腕にかけていたマントを椅子の背に掛け、座る。俺はメアリーの後ろに直立不動。ただ突っ立ってるだけである。

「おはようございます、シャル」

 メアリーはいつもの向かいの席でずっと下を見ていたシャルに声をかけた。シャルは少し肩を跳ねさせた後、顔を上げメアリーを見る。

「お、おはようございます」

 シャルはオドオドしながら頭を下げる。その瞳は定まらず落ち着かない。

 緊張か、恐怖か……前世でいうところの歌の発表とかそういう時に感じるものと同じだろうか。分かる!俺も同じだったから!

「シャル」

「はい?」

 メアリーは変わらずいつもの気だるげな顔で言う。

「想像すればできますよ、リラックスして」

「……はい」


――――――――――――――――――――


 朝食後、裏庭にて。

 シャルとメアリーはいつも通り授業していた。と、言ってもシャルは相変わらず生み出す魔法にてこずっていた。

「こう……体内から水が生まれる感覚です」

 メアリーは手を下から上に振りながら説明する。メアリーが以前言っていた通り、生み出す魔法に関しては最もフィーリングな部分が大きく、教えるのが難しいらしい。

 シャルは腕を前に出して拳を作ったまま瞑目し、沈黙を続ける。手には水が滴っていた。

 水に触れていたらできるようのなるかも知れない、シャルが言い出したことだ。

 ポタポタ水が垂れる。俺も見真似で生み出す魔法をやってみるが、全く出来ない。

「生み出す魔法には耐性が必要です、火や水、風などそれぞれの体に合った種類があります。なのでやってみることが大事なんですよ」

 メアリーは遠回しにシャルを励ます。しかしシャルは何も言わずに頷くだけだ。

「……」

 メアリーは黙り、シャルに魔法に集中させる。こんな感じの雰囲気がこの一週間続いていた。

 楽しくねぇなぁ……――。

 それてそのまま、なんの進捗がないままただ時間だけが過ぎていった。


――――――――――――――――――――


「最近、村近辺の森で山賊が目撃されています。森に入る方は十分に気をつけて――――」

「怖いわねー山賊」

 ハルさんは昼ごはん食べながら呟いた。

 時は経過し、昼時。シャルとメアリー、ハルさんは食卓にてお昼ごはんを食していた。俺は先ほど勝手に飯を食ってきた、近くの森の果物を。

 それて今壁に浮かぶ光は魔法で、遠く離れていても映像が見えると言う魔法らしい。

 完全にテレビだな……ニュースキャスターもいるし。

「わたし、食べ終わったからもう行くね」

 シャルはそう言うとお皿を流しに持っていき、その後スタスタ部屋を出ていった。それは元気を装ってる風だった。

「……あの子、だいぶ落ち込んでるわね……」

 ハルさんはシャルを心配するように呟いた。メアリーは何も言わなかったが、顔を見るに少し落ち込んでいるように見える。

 俺はそんな二人を見ながら、ただ黙って立っていることしか出来なかった――――。


 時間は流れ、メアリーの部屋で本を読んでいると、ドアを誰かがノックした。メアリーは「はい」と短く返事しながらドアを開けた。

「あ、ごめんねメアリーちゃん」

 廊下にはハルさんが慌てた様子で立っていた。

「シャル見なかった?」

「シャルですか? ……いや、見てませんけど……」

 俺はただならぬ雰囲気を感じ、読書を中断し話を聞く。ハルさんは振り返り、家を見渡す。

「シャルがいなくなった」

 ハルさんの頬に汗が垂れる。動揺している。俺はベットから降りて、こっそり窓の外を見る。午後から曇ってきた。

「ほ、ホントですか?」

 メアリーも困惑しながら部屋を出てハルさんと共にシャルの部屋に向かう。俺はその後ろでゆっくり動く。

「――シャル!」

 メアリーがシャルの部屋に勢いよく入る。そこにはベットや鞄、本、家具などあるが、シャルだけがいなくなっていた。

「……ど、どうしましょう」

「家の中は全部探したんですか?」

「え、ええ……あの子が行けそうなところは全部……」

 メアリーはハルさんの言葉を聞きながら、リビングからトイレや風呂、キッチンまで全て調べる。

 ――結果、シャルはどこにもいなかった。

「家にいないとしたら、外にいるかも」

 メアリーは小走りで裏庭に出る。

 湿った生ぬるい風が吹き、雨雲が来そうだ。そこには丸太で作られた椅子と机、植えられた花と木。それ以外、何もない。

「……シャル――!」

 ハルさんは辺りを見渡して名前を叫ぶ。しかしそれは空間に儚く響くだけで、応答が返ってくるわけがない。嫌な風が木の葉を揺らす。それがメアリーたちの心を不安にさせる。

「あの子が今まで勝手にいなくなることなんてなかったのに……」

 ハルさんは顔を青白く染め、頭痛を抑えるようにおでこに手をやり、壁にもたれかかる。

「……」

 メアリーは絶句する。するとポツポツ雨が降り出す。メアリーはそれでハッと我に帰り、ハルさんに声をかける。

「雨が……とりあえず、家に入りましょう」

 メアリーはハルさんに肩を貸して家の中へ連れ込む。

「メアリーちゃん、私どうしたら……」

 たった一人の愛娘がいなくなってしまった、それは母親に取ってとても大きい出来事だ。冷静になれないのは仕方ないことだ。

 メアリーは肩を組んだまま答える。

「村の人たちに手伝ってもらいましょう、みんなで探せばすぐ見つかりますよ」

 メアリーの言葉を聞いたハルさんは、一瞬考えた後、首を振り自分の足で立つ。

「うん! ごめん、ありがと!!」

 ハルさんは短くそう言うと、傘を持ってそのまま家を飛び出して行った。

「……私たちも行きましょう」

 メアリーは振り返り、"彼"に声をかける。しかし声は返ってこず、代わりに屋根を叩けつける雨音のみが聞こえる。

「……?」

 メアリーは眉を寄せながら、二階に上がり、自分の部屋に入る。


 その部屋の一つの窓が開けられていた。


 メアリーは開けられたまま放置してあった窓に近寄り、外を覗く。魔法を使えればなんてことない高さだ。たが生身の人間ならば体のどこか痛めてしまうほどで、何より恐怖を感じる高さだ。

「ま、まさか……――」

 メアリーは安易に予想できる。彼と一ヶ月過ごしてきて分かりきったことだ。

 "彼はここから飛び降り、すでに探している"。

 メアリーも後に続くように、外へ駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る