第5話 決闘と会話

 風が吹き、草木がそよめく。小川が日光を反射し綺麗に輝く。一面緑色の大地にまるで二人だけのようだ。

「さて、早めに始めますか、シャルに授業もありますし」

 メアリーは一本の木の下で立ち止まり振り返る。俺は立ち止まり、スルスルと後退り距離を取る。

「じゃ、前言った通り先に『参った』宣言か戦闘不能になったほうが負けな」

「分かりました」

 俺は後退りながらルールを確認する。十分にメアリーと距離を取った後、深呼吸する。

「ふーーー……じゃいくなー」

 俺は両手をバッと広げる、すると草が踏まれたように倒れていく。その数三つ。正面一つ、左右に一つずつ。俺はその二つが出た瞬間駆け出していた。

 メアリーは一切動じず、顔だけでその草の動きを把握している。

 そう、この二つはフェイク、俺は他の魔法に合わせながらメアリーに突進する。接近した後、なんとか動けないよう拘束する。(力で)

 これが俺の戦い方である。

「風魔法ですか……一週間でよくここまで」

 メアリーはそう呟きながら三方向から近づいてくる魔法もしくは俺を一瞥する。

「でも、まだいろいろ甘いです」

 あと少しで一つの魔法がメアリーに届く、しかしその瞬間、メアリーは可憐に手を叩いた。その仕草はまるで踊りの最中のような美しさがあった。マントは翻り、長く美しい白髪は靡く、その半目から覗かれるサファイアのような輝きを持つ青い瞳。

 マジで、綺麗すぎるだろ……。

 次の瞬間、俺の目に映ったのはその瞳とは真逆の、燃えるような紅だった。

 てか燃えてんじゃん――――。

 メアリーの合わせた手から、炎が燃え上がっていた。そしてその炎の火花はどんどん激しく爆ぜる。

「ファイヒィール――」

 メアリーはその炎を俺と他の魔法に当たるように手を振る。すると、その炎はまるで爆発したように大きくなる。

「うおっ!? アヅ――」

 俺は咄嗟に腕で顔を守る。そしてその炎はメアリー中心に広がっていき、俺を包んだ。

 やば、熱――あれ、熱くない?

 確かに炎は俺を取り巻いている。服に引火してもいる。しかし全く熱くない。

 ――フェイク――!!

 急いで服の火を消そうとするが、火は勝手に透明になる。ひとまず安心して顔を上げるとメアリーは俺を見ていた。

 まずいバレた! また魔法で撹乱を――!!

「ショール」

 俺がまた最初と同じことをしようと手を広げようとしたが間に合わず、メアリーは思いっきり俺に向かって手を振るう。

 その瞬間、俺の目の前にあったのは透明な塊。それは俺の身長を軽々超え、横に逃げることもままならない速度で接近してきた。

 水だと――――!?

 メアリーとの距離はおよそ10m、その距離を一瞬で飛んできた巨大な水の塊は、俺を軽々吹っ飛ばした。

「ぶっ――――ぶはぁっっ!!」

 俺は後方に吹っ飛ばされ地面を転がる。地面が石じゃなくて助かった。

「――いってっ……くそっ」

 俺は地面にぶつけた頭を一瞬確認しつつ、すぐ立ち上がる。体から水滴がポタポタ垂れており、水が当たった衝撃で脳が揺れフラフラする。

 まずい、これじゃメアリーに場所がバレちまう――!

 だが俺の懸念は杞憂に終わった。

「ザガリンガ」

 メアリーは確実に俺に向けて魔法を放った。

 メアリーの手のひらから出現した白く発光する"それ"は俺目掛け一直線に進む。だがそれは先ほどの水玉よりかは遅く、ギリギリ避けれそうだ。

 俺は反射的に体を無理矢理動かして避けようとする。がなぜか足が押さえられたように硬く動かない。すぐに確認すると、足の近くの草が白く染まっていた。

 魔法……? いや、これは――!!

 俺はその白い草を叩く、すると草はバラバラに砕けた。

 凍っている――! 透明だから分からないが、おそらく俺の足も凍って動けないのだろう。

 まずい――!! 避けれない!!

 俺はなす術なく、メアリーが放ったザガリンガとやらを真正面から受けた。するとその魔法は大きく爆ぜ、俺を空中に吹っ飛ばした。この時点でかなりの衝撃で口から唾やら胃液が垂れていた。

 あ、これ死ぬわ――――。

 俺は死期を悟るが、メアリーが放った魔法はこれで終わりではなかった。

 それは着弾点、つまり俺の腹で回転し始めた。

 まるで内臓をグルグルにかき回されているような感覚が腹にあり、さらに浮かんだままの体も横回転を始める。遠心力によりGがかかりまくり、俺はほぼ気絶していた。

 あぁ……こんなに差があるのか……――。

 俺の思考のそこまでで回る魔法は途切れ、俺は遠心力でさらに高く飛ばされた。

 浮かび上がり、止まり、落下し始める。

 前を見れば、だんだん近づいてくる地面があり、俺はただそれを黙って見ていた。

 あぁ…………草が焦げてら――。

 俺の顔が地面に着く瞬間、目の前が暗転した。


――――――――――――――――――――


「……あ……あれ? なんだっけ」

 目が覚めると俺はベッドの上で寝ていた。頭をさすりながら体を起こす。すると右手に違和感を感じる。

「……おぉ、手ぇ握ってくれてたのか、ありがとな」

 俺の手を握っていたのはメアリーだった。いつもと同じ目で俺を見ていた。

「いえ、ずっと私のベッドで寝られるのもちょっとアレなんで……私はただ治癒魔法をかけてただけです」

 もう、素直じゃないんだから! わざわざ手ぇ握ったあたりから優しさを感じるぞ? てか思い出したわ、決闘したんだった。

「いや〜お前ってめちゃつえーんだな、ホント一分ぐらいで終わったか?」

「すみません、魔法使えるようになったとかほざ……言ってたのでこれくらいは大丈夫かと思ったんですが……」

「いいよむしろありがたい」

「あ、ありがたい?」

 メアリーは手を離し、膝の上に綺麗に手を揃えて置く。俺はそれを横目に笑う。

「うーんそうだな、俺の地元にある文化の一つにな、ネットっつー世界中どこでも繋がれる科学の結晶みたいなもんがあんだよ。でその中で動画投稿とか生放送とかできるんだけど、それをしてたある人が言った言葉があるんだ」

 俺は懐かしいものを思い出しながら言う。メアリーはあんまり理解できず、聞いてるフリして聞き流していた。

「は、はぁ……なんですか?」

「『まず負けてみる』てな!! それに戦いの中で成長するのは少年漫画の鉄則だしな、一度戦うことによりいろいろ吸収できるかも知れないしな」

「少年……マンガ……? まぁ知りませんが言ってることはなんとなく分かります」

 メアリーは腕を組んで呟く。

「で、悪いんだけどバケツとか無い?」

 俺は辺りを見渡しながら質問する。メアリーは分かっていたかのように足元から木製のバケツを取り出した。

「どうぞ、魔法かけといたので漏れませんよ」

「用意いいな、ありがと」

 俺はバケツを受け取るとそれを口に持ってくる。透明だが心配ない。

「ゔぅおぇえええ!!」

 盛大に嘔吐した。ばちゃばちゃと透明な液体が俺の口から出てきた。

「ah……キッツ……うぷっ、んあ〜……腹ン中がグルグルするみてぇだー」

「大丈夫ですか? ゲロも透明で分かりませんけど……」

「大丈夫じゃない〜腹苦じい〜」

 あーもったいねぇ、せっかく食った昨日の残飯が……。

「私の回転魔法のせいですね」

「いやそんななんか自慢みたいに言わないで?てかそうだよ、最後回転する必要あった? あれでマジで死にそうだったよ?」

「感謝してください、私が回転魔法を三次元から二次元にいじってたから今生きてるんですよ? もし私が何もしてなかったらあなたは横回転じゃなくて捻り切れてますよ」

「はぐらかされたし怖すぎんだろ……ミスってたら死んでんのかよ俺」

 俺はその自分の姿を想像してブルッと震える。

「普通の人は防げるレベルまで弱めて打ったんですが、普通に喰らっててびっくりしました……フッ」

 メアリーは瞑目し思い出す。途中までは順調にいつも通りの無頓着っぽく言うが、だんだん口元がモニュモニュしていき、最後に息が漏れた。

 おい最後嘲笑すんなおい。レベル低いとか思われてるの俺? 当たり前だろ俺まだ一週間だし魔法始めて、そこに変に期待されてもアレですよアレ……うん。

 俺はジロリとメアリーを睨むがメアリーは全く気にしてないようだ。

 まぁ見えないしそうか……いやまぁ別にいいけどね。てかあれだ、わざわざレベル下げてくれたり熱くない炎使ってくれたり、いろいろ気ぃ使ってくれてたのか……そこは感謝せねば。

「そういや――――――」

「でもまぁ、燃えても声を出さなかったのは凄いと思いますけどね、アレって耐火魔法使ったんですか?」

 俺が言おうとした瞬間、メアリーが口を挟んできた。

「――いや? 使ってねぇよ? アレってもともと熱くない炎だろ、ちょうどお礼言おうとしたんだけど俺……」

「え? いえ、あれはただの炎ですよ……ほら」

 するとメアリーは手を出し、軽く握ってから開く。中には炎炎と炎が燃えたぎっていた。

「おぉすげぇ……これってアレだろ? なんか火と言うより灯として使うみたいな感じなんじゃないの? ほら、全然熱くねぇ」

 俺はメアリーの手のひらから昇る炎に手を当てる。炎は俺の手を滑るように避けて昇る。

「……ホントに手当ててますか?」

「え?あぁ当ててるけど……てかなにその変な顔……」

「そうですね、一言でいえば、相当驚いてます」

「全然そうは見えないけど……でなんで驚いてんの?」

 メアリーが手を握ると火は消える。俺は腕を戻そうとすると、メアリーは俺の腕を掴んだ。

「失礼します、冷たいと思いますがなんとか頼みます」

「え? なに?」

 次の瞬間メアリーが掴んでいた腕が白く光り、白く染まっていく。俺はそれを黙って見ていた。

「な、なにこれ? ――氷?」

 恐る恐る触れると、それはスルスル滑る。どうやら腕の表面が凍っているようだ。

「――冷たいですね、これ」

 メアリーは俺の腕を離すと、握っていた手の光はゆっくり消える。完全に消えてからメアリーは指先で突くように触る。

「え、いや別に〜? 全然冷たくないけど」

「じゃもうほぼ確定ですね」

「な、なにが」

 メアリーは目を閉じる、数秒後、ゆっくり目を開けた。その目は円形に妙な模様のようなものがあり、薄く光っているようだ。

「あなたは、熱も冷も、効かないということです」

 ……あ〜確かに、それなら今までのメアリーとの話の食い違いも説明が聞く――えええぇ!!!!

「なんで!? 確かに今まで熱いとか寒いとか考えなかったけど!?」

「今あなたの体温を見ていますが――」

 メアリーは俺の手を握り睨んだ後、顔を上げ俺の顔をジトっと見る。

 ホント便利なんだな魔法って……。

「ホント不思議な人ですね……あなたには"体温"がありません」

 メアリーは俺の手を離すと、目を閉じグリグリ目をほぐしてから、俺を見た。

「周りの気温と完全に同じ、凍らせた腕も氷の温度……あなたにはもともと体温がない、だからあなたは暑いとか寒いとか感じないんです」

「な、なるほど……なるほど――」

 俺はやっと出てきた俺の異端性に心躍らせながら噛み締める。

「なるほどそりゃすげぇ!」

 熱耐性と冷耐性持ち! これは完全にきたな俺の時代!!

「私はてっきりあなたは耐火魔法を使ってるのだと思っていたんですが、まさかそんなことだったとは――」

「いやいや! 使ってねぇよそんなの! 俺が使ったのは、ほら基本の、動かす魔法? だけだよ」

 俺がメアリーとの戦いで使った魔法は、メアリーが最初の授業で教えた、魔法基礎の一つ目、ただ動かす魔法だけである。

「あれで誰かがそこを歩いてる"風"に見せてただけだ」

 メアリーはそれを聞くと、驚いたように目を見開く、そのあと感心したような呆れたようなため息を吐いた。

「耐火魔法どころか風魔法も使ってなかったなんて……」

「……?」

「『自然魔法を使わずに自然を作る』……確かにできないことはないです、実際その動かす魔法だけで自然な風や波紋、水流、雨、砂嵐などを表現できる人はいます」

「へー」

「……ですが――」

 メアリーは次の言葉を言う前に踏みとどまった。この話をこの男に言うのは責任が伴う、そう分かっていたからである。

「……ですが?」

「……いえ、なんでもないです。正直そんなめんどくさいことする人なかなかいないので、驚きました」

「なんだよそれひどいな……めんどくさいことって確かにすげぇ疲れたよ? ずっと脳内で想像しなきゃいけないから」

 自然魔法を使わずに自然を作る――。

 通常風魔法を発生させればその風により草が揺らぎそこに風があることが分かる。しかし風魔法を使わずに風を再現するのは、その"存在しない風"による環境への影響全てを脳内で再現しそれを動かす魔法を使い、実際草を一本一本動かさなければならない。

 それには卓越した観察力、想像力、精神力などが必要となる。

 そしてそれをできる人物は、この世界には指で折れる程にしかいない。なにより、そんな所業ができてしまうのは、『最上級魔法使い』に匹敵してしまうほどのことである。

「それより、これ捨ててきますね」

 メアリーはそう言いながら俺の吐瀉物が入ったバケツを軽く持ち上げ俺に見せる。

「いやいいよ、俺が捨ててくるよテキトーに」

 流石に女の子にゲロの後始末任せるなんて男として何か廃る気がしたので俺が行くことにした。

「しかし、まだ体調が……」

「大丈夫大丈夫、俺意外とタフだから」

 俺はまだグルグル回る胃を我慢しながらベットから立ち上がり、バケツをメアリーから強引に奪い取る。

「そうですか……では私はここにいます」

「おう」

 俺はそう言って部屋から出て行った。


――――――――――――――――――――


 彼が出て行ったのを扉にて確認した後、数十秒経った後メアリーはため息を吐いた。

 最上級魔法使い、それに選ばれることは魔法使いにとって最大級の名誉であり、魔法を極める目標でもある。

 そして、彼女もその一人であった。魔法使いにも得意苦手な魔法もある。彼女は生み出す魔法から派生される魔法を得意として、そのレベルはこの世界最高レベルと言っても過言ではないほどであった。

 閑話休題。

 メアリーは思い出していた、この一週間、彼と過ごした一週間を――。

 はっきり言うと、彼は少々おかしい。それは透明がどうとかではなく、性格的な面の話だ。

 彼は食べ物を、「残飯を漁る」と言っていたが、何を食べれるのかすら分かっておらず、とりあえず食べれそうなものを口に入れるという奇行を繰り返していた。メアリーが慈悲で食べ物を与えても一切食べず、メアリーの飯を食べたのは初日のパンだけだった。

 他にも、魔法の授業には必ず一番に庭にいて魔法の練習をしているし、暇になればメアリーの読んでいる本を勝手に読み漁っていた。

 なぜか聞くと「字を覚えたい」と言った。彼は文字すら分からなかったらしい。

 メアリーは軽く恐怖と尊敬の念を抱いていた。

 彼の行動力の全ての原動力は、底のない"知的好奇心"だと分かっていたからである。

 これは食べれるのか、魔法はどうなっているのか、世界はどうなっているのか。それらを知りたいが為に危険を犯せる彼を、メアリーは生まれて初めて戸惑っていた。

 そしてなぜ、彼に最上級魔法使いレベルと、教えなかったのか、それは彼を"そう"させたくなかったからである。

「……もう、15人、ですか……」

 最上級魔法使い、その内、彼と同じような自然魔法を使わずに自然を作れる魔法使いは例外なく、ある日忽然とその姿を無に消し去る。

「ここ数年無かったのですが、去年に一人、消えてしまった」

 まだ16歳という若さで消えてしまった少女、学校の寮にて、朝応答がなく部屋に行くと、服家具彼女の持ち物を全て残して、彼女だけがその姿は霧になったように消えたそうだ。

 もし彼に言ったのなら、その行動力で必ず最上級魔法使いになってしまう、そうなれば彼も例外ではない。いつかその少女と同じように消えてしまうかもしれない。

 ならば真実を教えない方が安全である。


 メアリーは思考にケリをつけた後、おもむろに椅子から立ち上がり、部屋を出る。

「あ、メアリー先生、これから授業ですか?」

 扉の前にはシャルが立っていた。初めて会ったときと比べ、だいぶ友好的になった。

「えぇ、裏庭に出ておいてください」

「分かりました、物取ってきます」

 シャルは頷くとテトテト自分の部屋に戻っていった。

 メアリーは自室から出て、裏庭に向かったのだった―――。

「あ、そういえば腕凍らしたままでした、てか気づかず出て行ったのあの人?」

 メアリーはまた一つ、彼の異常性を見つけたのだった。

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