第3話 透明化魔法
「私とあの子は一年契約、私は一年間ここに住み込みます」
メアリーは言いながら机に鞄を置いた、俺は部屋の中を見渡す。あの後とりあえずメアリーの部屋である2階の1番奥の部屋に来た。
一人用のベットに机と椅子、タンスまで用意されてある。一人暮らしならば問題ない広さだ。しかし――。
「それでもあなたは私と一緒にいたいなら、あなたも一年間ここに住むしかありませんよ」
メアリーは俺のいない、扉の前を見ていた。俺は自分の体を見てから呟いた。
「いない存在として……な」
「はい、バレたらアウト……ただでは済まないでしょう」
メアリーは俺の前に立った、しかしその視線は俺の腹、正確には俺の後ろにあるシングルベットに向けられていた。
「そうなるとやはり問題は食べ物ですね、あなた一人分の食料をどこで調達するかです」
俺はメアリーの前から退きつつ答える。
「そうだな……残飯でも漁って食うしかないか」
「いえ、そんなことせずに盗めばいいんですよ、せっかく透明なんだから」
メアリーはベットに倒れ込みながら言った。マットが柔らかくメアリーは小さくバウンドした。
「それはダメだ」
俺はメアリーの提案をすぐさま否定した。
「なぜ?」
「透明ということを悪事には使いたくない、俺の力で誰かに迷惑かけたくないからな」
メアリーは枕に顔を埋めながら、黙って俺の言葉を聞いた後、ぼそっと言い返してきた。
「お人よしなんですね、めんどくさい」
「そうなんだよ、悪いな」
俺は今まで誰かの為とか誰かを助けようとか、そんなこと考えたことなかった。そして結局なにもできないままこの世界に来た。
俺は多分後悔している。もっと誰かのために生きればよかった、と。
「これは俺がやり直す人生だ。俺はこの人生を誰かのために捧げる気だ。だから今、頑張って生きるんだ」
これは俺の、この世界での抱負だ。
「……ホント、めんどくさ」
メアリーは沈黙の後、ボソッと呟いた。その顔は少し笑っているように見えた。
「分かりました、そこまで言うならこういう提案はやめます」
「マジか、ありがとう!」
「いえ、そもそも『面倒見る』と言ったので私」
全く素直じゃないなぁ。それもまた彼女の魅力だろう。
「あとは部屋か、どっかに空き部屋とかあれはいいんだけど……最悪野宿か……いやむしろそっちのほうがバレる危険性も少ないかな……」
バレた原因がイビキとかだったら虚しすぎるし……。
「それは私と同じ部屋でいいでしょう、私とも話しやすいし」
メアリーは寝返りを打って仰向けになり、腕を伸ばして力を抜く。
「え、いや流石にダメだろ、流石に狭すぎるしあの……と、とにかく!」
「別にいいと思いますけどね、同じ部屋でも」
メアリーは別段気にする様子はなく、サラッと言う。
「でも、あなたが嫌なら、いいですけど?」
「――いや、全然嫌じゃねぇしありがたい提案なんだが……その、お前、女の子だし」
「そんなこと気にしてたんですか……心配ありません、私そういうの大丈夫なので」
メアリーは体をゆっくり起こし乱れた服を直す。
「そんなこと言ったって……もしかしたらお前を押し倒したりなんかなきしにもあらずみたいな……」
なるべく理性を保っていられるよう善処しているが俺だって一介の男、何かの拍子に獣になるやもしれん。
「馬鹿ですね、そんなことならないでしょあなたなら。それにそうなっても私が魔法でなんとかしますからなんとかなりますよ」
メアリーは指をフリフリしながら言う。確かに彼女なら魔法でなんとかできそうだ。俺は腕を組んで唸った後、ため息は混じりに答えた。
「……っ――〜〜〜〜わかった、そこまで言うならこの部屋使わせてもらう。ありがとうな」
「いえ、別に不快でもなんでもないので大丈夫です」
メアリーはベットから立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「ん? どっか行くの?」
「えぇ、少し」
メアリーは短くそう言うと、部屋を出ていった。
「なんだ? トイレか? やはり異世界といえど生物学的なルールは同じだよな、アイドルもクラスのマドンナも異世界人も結局同じなんだ」
そう、誰しもがおしっこなりウンコなりするのだ。よし、それなら追ったりするのはノンデリだろう、部屋で大人しく待ってるか。
――――――――――――――――――――
数時間後、メアリーはなにやら袋を抱えて帰ってきた。
「なんそれ?」
俺の質問にメアリーは答えず、机に紙袋を置いた。
「あなたもそろそろ嫌でしょ」
「なにが」
メアリーは袋の中からなにか取り出した。
「じゃん。あなたの服を買ってきました。流石に裸は私も嫌なので」
メアリーは俺の逆方向に見せつけた。
「おい、俺は逆だぞー」
「え、あぁ失礼……ううん、どうぞ」
メアリーは頬を紅く染めつつ、咳払いしてから服を俺に見せた。
その手にはラフな大きなTシャツとズボン、下着まで揃えてある。
「マジで!? クッソありがて!」
ずっと裸で正直居心地悪かった。透明とはいえ、女の子と裸でこんな狭い部屋に同棲するのも負い目があったので実にありがたい。
「とりあえず二着ずつ、上下それぞれありますからテキトーに着てください」
メアリーは紙袋からさらにもう一着取り出した。
「おお! マジ助かる! 悪いなホント、下着とか買いにくかっただろ」
「いいんですよ、これから一緒に過ごす人とためなら」
メアリーは斜め上に視線をやって考えた後、俺の方向を見て言った。
「言ってしまえば『パートナー』ですから」
「……パートナー……まぁそういえるかもな」
「えぇ、だから感謝は必要ありません」
メアリーは椅子に座りながら言う。その言い方が強がりに見えて少し引っかかるが、彼女なりのカッコつけ方なのだろう。
「そか、じゃ早速着さてもらうぜ」
俺は机の上に置いてある服を取り、パパッと着る。
「おし! ほらどうだ!」
Tシャツに頭を通し、メアリーに意見を求める。しかしメアリーは目を丸くしたまま固まっていた。
「あ? ……あ!?」
俺は透明なままだったのだ、着たはずの服はまるで無いかのように先ほどまでと同じ透明だった。
「なんで……服は!?」
「あなた、何かしました?」
「いや、ただ着ただけ、なんもしてねぇ」
「……もしかしたら、そういうことかもしれません」
メアリーは椅子から立ち上がり俺に手を伸ばす。
「服貸してください」
「あ、あぁわかった」
俺はTシャツを急いで脱ぐ、触ると確かに感触がある。必ずここにあるはずなのに透明になった、俺の体みたいに。
Tシャツをメアリーの手に乗せ、メアリーが服を掴む。俺はそれを見て服を放す――。
「確かにここにあ、る――」
メアリーが言いかけた瞬間。俺が服を放した瞬間。服が姿を現した。
「なんで? 確かにさっきまで透明だったのに――」
「もう一回持っててください」
「お、おぅ……」
メアリーから服を受け取り、手の上で静かに待つ。次の瞬間、その服は俺の手の辺りを起点として、だんだんと透明になっていった。
およそ三秒、三秒で服全体が全くの透明になってしまった。
「――やっぱり、そういうことですね」
「あぁ……」
俺は自分の手の上にある透明の服を見て呟いた。この特別な力に心が躍っていた。
「俺には、『物を透明にする力』がある……!」
「はい、まぁ扉やベットなどが透明にならなかったのでなにかしら条件はあるようですが」
「そうだな……もしかしたらこのタイミングで才能開花したかもしれないけど――」
「静かに」
メアリーはいきなり俺の言葉を遮った。俺は反射的に口を閉じる。静かになった部屋で聞こえる音は、誰かが歩く音だった。
メアリーは静かに鞄を取り出し、ゴソゴソしだす。
すると部屋の扉は開かれ、生徒のお母さんであるハルさんが現れた。
「メアリーちゃん朝もう食べた?今からシャルと朝ごはんだからもし食べてないなら一緒にどうかな?」
メアリーは少し考えてから口を開く。
「そうですね、まだなのでぜひ。少し片付けてからすぐいきます」
「やった! じゃあ下で待ってるわね〜」
ハルさんは嬉しそうにそう言って下に降りていった。
うまいなぁ〜、鞄を手元に置いておくことでたった今作業してた風を装ってるのか。
「……会話聞かれてたらヤバかったな」
俺は小声で呟く。メアリーは鞄を閉じ、ベットの脇に立てかけておく。
「大丈夫です、一応防音魔法なるものを部屋全体にかけておいたので音の心配はないかと」
メアリーは部屋を見渡しながらサラッと言う。
「魔法って便利なんだな……てか俺外行ってるわ、どうせ俺の分の飯ないだろうし」
「そうですか、では朝ごはんの後、この家の庭で」
「おう、じゃまた後で」
――――――――――――――――――――
外に出て家の庭にて、俺は体をほぐしていた。
「さて……ここなら通行人にも見られる心配はないな」
そこは家の前庭ではなく、家の後ろにある裏庭だった。周りは柵で囲まれているだけの簡易的な作り、見渡せば一面原っぱが続いている。
「とりあえず今第一優先は透明化の条件把握だな……魔法も早く使えるようになりたいが、俺の強味をもっと生かす術を身につけるのが一番」
俺はとりあえず近くに落ちていた小石を拾う。
あの時の服と同様、すぐに透明になる。
「問題はなんでドアや布団は透明にならなかったか……」
俺は小石を手の中でコロコロしながら顎に手をやる。
「考えられるのは、一つ大きさ、二つ重さ、三つ素材とか? 素材は布団と服、ほとんど同じ素材に見えたしなぁ」
俺は近くに生えていた木に近づく。ついでにしゃがみ込み小枝を見つける。
そして同時に左手で木を触り、右手で小枝を持ち上げる。
「……小枝は透明になるけど木はならない。この枝この木のやつだからやっぱ素材の違いはない? となると大きさか重さ?」
俺は近くを見渡し、この小枝よりも太く重い枝を持ち上げる、それも同じく透明になる。
「透明になるまでの早さも同じ、大きさ重さの違いもない? いやもしかしたら一定の大きさ重さを超えたら透明にならないみたいな話かも……」
俺は今思い浮かぶ仮説を並べで検証をするが、いまいち掴めない。
「こういうのってなんか、女神様かなんかが教えてくれるもんじゃねーのかなー」
俺はいるのかも分からない存在に文句をつけながら立ち上がり枝を捨てる。すると枝は地面に触れた瞬間現れた。
「……俺が放した瞬間じゃなくて、地面についた瞬間に現れるのか」
ザワ、と何かが俺の中で動いた。俺はしゃがみ地面に触れる。
「もちろん地面は透明にならない、でも持ち上げた土とか砂は透明になる……」
俺は透明になった土を眺めて考える。
考え方を変えよう。
「俺はもともと全てを透明化できる力がある、だけどそれを大地が防いでるのではないか」
そもそもの話、少し科学っぽすぎると思っていた。
「重さとか大きさとか、そういう話じゃないと思う」
俺は一呼吸置いてから呟いた。
「だってここは、魔法の異世界だから」
俺は辺りを歩きながら考える。
「そも魔法なんて科学のかの字もない非科学的だ、メアリーがやってた土複製とかもありえない現象なんだ。そもそもそもそも、科学と魔法の決定的な違い――」
俺は今までのメアリーのことを思い出す。
「人がいないと魔法はない――誰かが魔法を使って始めて魔法としてこの世に干渉する。つまり魔法は常に人から始まる」
いつの間にか足はその速さをいつもより速めていた。
「俺の透明化も一種の魔法なら、もちろんそれは俺始まりなんだ」
その始まりのアクションが、対象に触れること……?
「違うな、それはいわゆる予備動作……俺がするべきは他にある――」
俺は辺りを見渡しちょうど良さそうな丸太を見つける。
「ふん! ――――――カッ! やっぱ上がんねぇか」
俺はその巨木を持ち上げようとするが全く持ち上がる気配がない。
「これさえ持てれば、証明できるのに……」
ガチャ、と後ろからドアが開く音がする。反射的に気配を消しつつ振り返る。
メアリーだった。その手には食べかけのパンのようなものがあった。俺はスススと近づく。
「どした? 外で食べんのか?」
「ん、いえ……」
メアリーは急に話しかけられちょっと驚きつつ、俺から視線をずらす。そしてパンを俺に近づけた。
「……? なんこれ」
「どうぞ、私お腹いっぱいなので」
メアリーは少し頬を染めながら、いつも通り気だるげに呟いた。
「……ふっ、まぁありがたく貰うわ、正直昨日から何も食ってなくて死にそうだったからな、馬鹿助かる」
俺はパンを受け取る、するとパンも同様に透明になる。
「……その力すごいですね、なんか分かりました?」
「今最後に決定打が欲しいところなんだ。んで、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
俺は丸太を指して示す、つっても見えないけど。
「あの丸太持ちたいんだ、浮かせられねーかな?」
「できなくはないですけど……」
メアリーは手を下から上へ振る、すると丸太は簡単に浮かび上がる。
「サンキュ、じゃ俺下に行くからオケつーまで浮かしてて」
俺は急いでパンを全部口に放り込みながら丸太の下に来る。
さて、持てるかな俺に……。
俺は丸太を担ぐように腕を通し、腰を落としてずっしり構える。
「いいぞ落としてくれー」
次の瞬間丸太の全ての重さが俺の肩にのしかかってきた。バランスを崩し転びそうになるがなんとか堪えて、丸太を持ち上げる。
「ふん……――! どりあああぁぁぁぁ!!」
俺は見せつけるように丸太を高く持ち上げた、特に意味はない。
そしてその丸太は予想通り――――。
「透明……!!!!」
どっしーんと丸太を地面に落とすと丸太は現れる。俺は丸太を摩りながら言う。
「俺の力は、『持ち上げたものは透明になる』だ! はぁ、はぁ」
「へー」
メアリーはそう言いながら辺りを警戒している。
「へー、じゃなくて凄くね!? 透明化の力だぜ? やっぱ俺には何かしらの才能あるな〜これ」
俺は立ち上がりふんぞりかえる。
これこそ俺の特別な力! ガハハ! でも実際これなんの役に立つんだ?
「うるさいです、バレますよ? 丸太とかゆっくり置いてください、てか透明化魔法は私もできますから、ほら」
メアリーは俺の足元の丸太に手を向ける。すると丸太は白く光り、だんだん透明になっていった。
「う、嘘、だろ……!?」
俺は膝から崩れ落ち地に手をつく。
持たなくていい、触らなくていい、か……。
「フッ……俺より断然いいじゃねーか!!」
ガバッと立ち上がりメアリーに詰め寄る。
「そもそも持つってキツくね? 丸太持った時肩クソ痛かったんだけど!? 地面に触れてても透明になるってもうチートじゃん! せこいよーもう!」
「そ、そうですか……うるさ。あ、でもあれですよ」
メアリーは慰めに指を立てて言う。
「透明化魔法"なんて"誰も使いませんよ、てか使う場面がないですから」
「意味ないじゃん俺!! 俺の特別な力使えねー!!」
可能なら今すぐ返品して代わりのチートスキル貰いたいぐらいだ。
「ま、まぁあれですよ、他の魔法を使えるようになれば、何か変わるかも知れませんよ」
「…………そうか、まだ終わってねぇ……例えば透明の俺が透明化魔法使ったら凄いことが起こるかも……なんかこう、特殊コンボ的なあれで……」
自分で言っててわかる。希望がない。
「……この際透明を生かすことは一旦置いといて、普通の魔法習得に専念した方が建設的か……」
「いいんじゃないですかそれで、私はこれからシャルと授業があるので勝手に聞いてたらどうですか?」
「……だな、そうさせてもらうわ」
もともと魔法はずっと使いたかったからいいんだけど。
「それで? シャルはどこいんの?」
「まだ朝ごはん食べてるんじゃないですか?子供ながらにして食べるのが遅いので」
メアリーはそういいながら手を振ると、丸太が出てきた。
「……あっそ」
任意の時間で解除か……また負けた……。
「おいメアリー、お前に言っとくことがある」
「はい?」
俺は気合い入れに自分の頬を思いっきり叩いてから、メアリーの目の前に立つ。
「お前をいつか『俺の魔法』でお前に「参った」って言わせてやる。お前に言いたいことあるからな」
メアリーは相変わらずの気だるげな視線を俺に向けるていた。たがその口元がほんの少し、笑ったように見えた。
次の瞬間、ガチャと再び扉の開く音がする。
そこには茶髪ショートで赤い瞳の、およそ小3ぐらいの女の子、シャルがメアリーから貰った鞄を持って立っていた。
「来ましたか、では始めますか――あ、その前に……」
メアリーはシャルに近づく。
「その鞄に細長い箱が入っていたと思いますが、今ありますか?」
「あ、はい……中に」
シャルはいそいそと鞄を開き、中から三十センチ程の革製の箱を取り出す。
「ありがとうございます、これはあなたにプレゼントです」
メアリーは箱を受け取ると鍵を開け、中から"棒"を取り出した。
そ、それはまさか……!?
「魔法の杖です、サントラの木から作られているので初心者向けです、多分シャルにも使いやすいでしょう」
「あ、ありがとうございます」
で、で、出たーーー!! 魔法の杖ー! ほっしー! 欲しいぞ杖!! あれ? でもメアリー杖なくても魔法使ってたよな? うん? ま、いっか!
「さて、じゃ始めますか」
メアリーの言葉に俺の心が弾む。
「魔法の授業です」
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