スナップ・ステップ

@show_kitano

第1話 単焦点とズーム

【スナップ写真】

 日常の中から印象的な光景を瞬間的に切り取った写真のこと。

(カメラマン写真用語辞典より)



「さて、と…」

 SNS投稿用の写真データを指定した俺は、それを投稿用のエリアへとドラッグする。PCのモニターに目を走らせて貼り付けを確認すると基本的な撮影データを書きこむ…とはいえ、カメラ名とレンズ名だけだが。

 キーボードの音とともに画面上ではそれに対応した文字が湧いて空白を埋めて行く。やがて書き終わると、一通り打ち込んだ文字をチェックして、一呼吸置く。そしてマウスを移動させて対応しているカーソルを目的のエリアに飛び込ませると、右手の人差し指が乗っているボタンを押下した。

 SNSのタイムライン上に俺が上げた写真と文字が出現すると、腰を上げて暫く画面から離れることにした。さっきから胃袋が反乱の雄たけびを上げてるのでなだめないと。

 一人暮らしの単身赴任、腹を満たすに手段は選ばぬ。ポットを水で満たしてスイッチを入れ、カップラーメンのふたを開けてかやくと粉末スープを入れる。

 ふとPCの画面を見ると、リポストで自分の写真が上がってきた。今日の写真は結構食いつきいいかな?と思ったが、何か違和感がある…。思わずPCの方へと歩み、画面の写真を見てみると、

「微妙に背景の空が明るいし、画角も似てるけど違う…」

 ハンドルネームH Nは…マルシェ。知らないアカウントだ。アイコンは、自分で撮ったらしい夕暮れ時の福井駅前の景色。リポストしたのは俺と相互フォローしてる人。

「…どんな人?」

 クリックし、マルシェというアカウントの投稿を見てみる。そこそこ写真を投稿している人で、画面に写真がずらずらと表示される。記述欄にはカメラ名とレンズ名、そして撮影場所が出ている。

「カメラはニコンのD7200…俺と同じだ。レンズは…ズームレンズメインか。そんなに高いレンズじゃないものばかり。撮影場所は…市内がメインだな」

 スクロールして過去へとさかのぼる。俺と同じ、今年の2月の日本語版リリース開始直後にアカウントが作られて二十数枚ほどが投稿されているが…、

「あ、あれ?」

 全部じゃない、所々なのだが…俺と同じ景色をほぼ同じ画角で撮っているのが何枚か見かける。もちろん、レンズはズームレンズだし、俺は単焦点使ってるので背景のボケ具合も違う。

「…こんな偶然、って…あるわけないぞフツーは」

 とにかくこのアカウントをフォローしておくか。気になるし、どういう人物なのか…。

 プロフィール欄にはそれと直接書かれた文言は見当たらない。でも、書き方は…女性かなぁ。時折ある写真無しのポストの文を読むと、だが。

 …気が付くと、ポットのスイッチが切れていて注ぎ口からは緩やかに白い湯気が立ち上っていた。俺はそれに気づいてそそくさと台所へと向かい、カップラーメンにお湯を注ぐ。

 箸とカップを持ってパソコンへ。キーボードの横にカップを置くと俺のアカウントにある写真とマルシェというアカウントにある、似たような構図の写真を見比べてみる。

「市外のものだとそもそも俺が撮ってないのもあるから話は別だが、福井市内、特に駅前辺りになると似た構図が多いなぁ」

 しかも撮影した時間帯まで似ている。夜なら夜、昼なら昼、夕方なら夕方。まるで図ったかのように。投稿時間はさすがに全部ではないが、それでもいくつかは似たような時間に上げている。

 福井駅前にスナップ撮りに行く時にはいつも単独。つるんでいくことはない。会社でも街中をスナップする趣味持ってる奴なんて、俺しかいない。

 他の知らないカメラ使いと一緒に撮ったという記憶もない。写す時には大体周囲を見回す癖がついている…なので偶然一緒に同じ場所で撮ったということはない。

 …と気が付けばもう3分は経っている。俺はカップ麺の紙蓋を取ると麵をかき混ぜてすすり始める。先ほどから続いていた胃袋の反乱はこれで鎮圧できるだろう。

「…しっかし、何か見られてる様で…」俺は何の意味もなく自室の部屋の天井周りを見回す「…変だなぁ」

 生まれ故郷の名古屋から異動で支店がある福井に来て2年目。ある程度は慣れてきてるとはいえ、『欲しいときに欲しいものがない』ことが時折ある。そのタイムラグが、どうにももどかしい。

 しかし、妙に懐かしさも感じることがある。初めて来た場所なのに。

 何でだろうと思うが、時折真面目に考えても答えのキッカケすら出ないので、結局はその問題ごと放り投げるのがオチだ。

 まあ、細かいことは今でなくてもいいや。考える時に考えれば。俺はカップ麺のスープの熱さに耐えながら飲みきり、PCの電源を落として台所のゴミ箱にカップ麺の容器等を捨てた。

「風呂、入ろ」

 今日はまだウィークデイ。数日は会社に出ないと待望の週末にはならない。


 名古屋も車社会だが、福井はそれ以上に車社会だ。車がないと生きていけない。単身赴任者用のアパートは電車が近くに通ってる場所にはなく、一応バス路線も近くにはあるが、車使った方が早い。幸い、アパートには各部屋1台分の駐車場が確保されている…というわけで会社への通勤には車を使っている。

 車だと何が便利か、って助手席には会社関係の仕事の資料とかを入れたカバンと、カメラを置くことが出来る。時折はカメラの他にも交換レンズを入れたカメラバッグも積むことがあり、会社帰りに街中をスナップすることが出来るのが有難い。

 信号で引っ掛かってる間、仕事用スーツの内ポケットに入れているスマホが音と振動で誰かがSNS上でフォローしてきたことを俺に知らせてきた。

 確認しようと思ったが視界の端の信号機が赤から青になった。スマホ開いて確認しようとしたが、警察にみかじめ料取られるのは癪なので、俺はスマホをしまって運転に集中する。

 10分ほどで会社に着いた。そこで改めて確認してみると…

「お?」

 思わず声が出る。

 夕暮れ時の福井駅前の景色をアイコンにしている件のアカウントが、フォローバックしていた。


 週に1回くらい、俺は仕事帰りに福井駅前をぶらついてスナップしている。相互フォローしている同じ趣味の奴からは同じ所ばかりは飽きるだろ、と突っ込まれたことも何度かあったが…普通なら飽きる所を、何故か飽きない。

 レンズを向けるたび、天候にもよるが、街中の景色が新しい顔を見せてるかのように思える。

「なんでやろ」

 某北陸が地盤のラーメンチェーンの名キャッチコピーを思わずつぶやく。

 北陸新幹線が通って、それまでの昭和の街並みから、今風の悪く言えば何処にでもありそうな街並みに変わってしまった…と福井生まれの会社の同僚は言う。俺も福井へ転勤してきた時には、大通りに先端を向けている三角地帯は古そうな建物が残ってたが、中身はスカスカになり始めていた。その区画の福井駅側はすでに工事が始まっており、同僚いわく「あり得ない光景」だそうで…。

 街並みは変わってしまって郷愁もへったくれもないものに変化してしまったが…俺にとってはそれ以上に何か別の顔を向けているように思える。

 今日は自分のカメラであるD7200に、フィルムカメラ時代のオートフォーカスレンズであるAi AF 28mm F2.8Dを装着してスナップ撮影している。写る範囲は、人が見る視界の範囲とほぼ同じ。

 夕暮れの街中を、足羽川の方向へと時折撮影しながら歩いてゆく。北ノ庄通りへ出ると、駅の方へ。立体駐車場を過ぎ交差点を渡ると、歩道が一車線で一方通行の車道を圧迫するかの如くその主張を大きくした商店街が始まる。

 商店街と言っても、ウィークデイの夕方なのでそんなに人は歩いていない。歩道を歩いている疎らにいる通行人の内、女子高生と思しき女の子が歩いてくる。何処の高校かは判らないが、夏服と冬服の中間みたいな、あまり見ない制服だなぁと思いながらすれ違った。

 しばらく歩くと、ビルとビルの間に、灯篭を櫓の様に建ててそれぞれの柱の前に従えた神社の鳥居が見えてきた。かつてこの辺りは北ノ庄城が建てられ、戦国時代の武将の一人、柴田勝家がいたことで知られる。

 現在は、柴田神社が跡地の上に建てられている。

「鳥居撮ったら帰るか」

 そろそろお腹が反乱を起こし始める時間帯。車道の鳥居側に場所を定めて車が来ないことを確認して、鳥居を正面に収めてシャッターを切る。ガシャ、と小気味のいい音を立ててファインダーがほんの一瞬暗転し、カメラを保持する手に中のミラーの反動が伝わってきた。

 カメラ背面モニターに、今写した被写体が浮かび上がる。鳥居の隣はほぼ全面ガラス張りのビルで、そこからの灯りで被写体が浮かび上がるように見えた。まあ、こんなものかな?

「…よし、帰ろう」

 俺はレンズにキャップをかぶせて、その場から歩き出した。

 俺の胃袋は、体中に腹が減ったと反乱の雄たけびを上げていた。

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