第3話

 横浜の京急電車上大岡駅まで向かっている。

 ユウイチは、アクアを運転している。

 今日は、東京・横浜は、晴れ。

 2025年の箱根駅伝が、ある。

 東京大手町から、箱根まで選手が走っている。

 ユウイチは、少し、複雑だった。

「無口だね」

「そう?」

 図星だったので、ユウイチは、少し、苛立った。

「だって、いつもだったら、色んな話をしているよ」

「そうかな?」

「今日は、箱根駅伝が、ある日だよ。明日も」

「関係ないよ」

 と少し、怒った感じで言った。

「何か、怒っているの?」

 とアクアを運転しているユウイチは、少し、顔つきが、哀しそうになっていた。

 その時、ラジオからは、米津玄師『さよーならまたいつか!』が、流れた。

ーどこから春が巡りくるのか知らず知らず大人になった

 と歌い始めた。

ー見上げた空には燕が飛んで行った

ー気のない顔で

 と陽気に、米津玄師の声が、車内に響いた。

「そうだ、ユウイチ」

「何?」

「私ってさぁ、ミュージシャンになりたかったんだよ」

「え!?」

 とユウイチは、いきなり、なりたい夢について言われてびっくりしていた。

 そう、サヤカは、夢があった。

「私だって、いきものがかりのボーカルの聖恵さんみたいになりたかったんだ」

 サヤカは、小学校の時、ピアノを習っていた。

 怖いピアノの先生だった、とサヤカは、記憶している。

 サヤカが、口答えしたら、先生は、頬をバシッと叩いていた。間違えたら、事件になっていたかもしれないのに。

「それでさ、いきものがかり『ブルーバード』を聴いていたら、ああ、あんな歌を歌いたいなぁって」

 以外だった。

 ユウイチだって、挫折をしている。

 陸上選手になれなくて、それで、怪我で整形外科に入院して。

「私、高校時代、軽音楽をしていて、友達と仲良かったよ」

「うん」

「だけど、クラブの先輩の男の人で、物凄くかっこよかった人がいて、ドキドキしていたの」

「うん」

「それで、ある日、告白したら、<実は、オレ、女の子に興味が持てない><ゲイなんだ>と言って」

 とサヤカは、哀しそうに言った。

「ええ」

「それで、音楽が、一時期、嫌いになったの」

 またもや、サヤカは、寂しそうに言った。

 アクアは、多摩川を超えて、青色の東海道新幹線が、関西に向かって走っている。

「そして、先輩、SNSで知り合った男の人と、関西へ引っ越して、今は、同棲しているんだ」

 と言った。

 ユウイチは、川崎市内で観た東海道新幹線が、大阪方面へ走っているのを、見て、たまたまとは、言いながら、何か意味があると思った。

「俺だって、陸上選手で、箱根駅伝に出たかった」

「ああ、やっぱり」

 素直に、ユウイチは、気持ちを打ち明けた。

「オレも、テレビに出たいとずっと思っていたんだ」

 とユウイチは、言った。

 本当は、俳優の佐藤健みたいな顔立ちをしているとか言われたことが、あった。そして、男前だとも思った。

 横の助手席には、サヤカが、少しだけニコッとした。

「私ってさ」

 とサヤカは、また、しゃべった。

「またね」

「うん」

 と、ユウイチは、小さな声で頷いた。

「小さい時、電車の運転士になりたいとか思っていたんだ」

 サヤカは、恥ずかしそうに言った。

ー男の子みたいでしょ、と笑った。

「へぇ」

「京急電車が、好きだったのね。実は、少しだけ、鉄子なんだ」

「へえ」

「だけど、私、小さい時から、学校の色弱検査で、少し、引っかかっていて、電車の運転士になれないって、目医者さんに言われたのね」

 ユウイチは、それが、自分だけ一人が、不幸を背負っていると思っていた。

 だけど、目の前のサヤカだって、同じだったと、当たり前のことに、なかなか、気がつかなかった。

「そうだ」

「何?」

「行先だけど」

 少しだけ、丁寧に提案した、ユウイチは。

「うん」

「上大岡ではなくて、横浜駅にしない?」

「良いの?」

「横浜駅のほうが、色んな電車を観ることができるんだぜ」

「私さ」

「うん、パーキング代さ」

 サヤカは、明るい笑顔になった。

「払う」

「分かった」

 と言った。

 クルマは、京浜国道を、川崎駅から、横浜駅に向かった。

 対向車線からは、バスが走っている。

 ミキサー車も走っている。

 トラック運転手は、女性だった。

 そうだ、時代は、もう変わっているんだなと、二人は思った。

 横には、赤色の京急電車が、音を立てて、走っている。東京の品川から横浜駅に向かって走っている。

 あの赤色の京急電車だって、女性の運転士さんや車掌さんもいるのではないかと思った。

 その時だった。

ーキラキラ輝く青春ラインは

 とサヤカは、歌い始めた。

 いきものがかり『青春ライン』の歌だった。

ーつなぐ思いを夢に乗せて

 とユウイチも、歌った。

 実は、ユウイチだって、いきものがかりが、好きなのだ。カラオケで、サヤカは、何度もこの歌を歌っていた。

「なあ、サヤカ」

「何?」

「オレたち、年は取ったけど、まだ、青春だよな」

 少しサヤカは、照れたけど

「そうだね」

 とクスッと笑った。

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とくべつな人 マイペース七瀬 @simichi0505

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