第2話

 2024年1月2日。

 朝、目が覚める前に、ユウイチは、サヤカの夢を見た。

ー一富士二鷹三茄子

 ではなく

ー一サヤカ

 を観た。

 サヤカと海にいる夢だった。

 サヤカは、花柄の水着を着ていたように思った。

 今日は、箱根駅伝の日である。

 しかし、箱根駅伝に興味は持てなかった。当たり前だけど、少し、行ったところに、大学生が、「花の○○区」とかテレビで実況されていても、怪我をして、選手生命がなくなったユウイチは、どうしようも興味が持てなかった。

 …

 そして、今である。

 サヤカが、目の前で、たこ焼きを食べている。

「ユウイチ!」

「はい!」

「今日は、もう上がりな」

「ええ?」

 フロアのチーフが、そう言った。

「お前さ、いつも仕事、一生懸命だから、たまには、正月くらいゆっくりしたら、どうだ?」

「でも、今日は、まだ、仕事をしないと」

 とか訳の分からないことを、口走った。

 チーフの40代の坊主頭の男性は

「たまには、彼女とデートしたらどうなんだい?」

 と言った。

 そこには、サヤカが、ニコニコして、待っている。

 たこ焼きを食べて、ジュースを一杯飲んでいる。

 横には、MNB48の元アイドル山本彩の写真があった。

 サヤカは、イタズラなところもあって

「パンチ!」

 なんて言って、ニコッとしている山本彩のポスターを叩いた。

「サヤカ、ダメだって、それ、店の商品だから」

「良いの」

「破れたら、弁償だぜ」

「しないもん」

 少し、怒った顔をしてサヤカは、胸を張って言った。

「その代わり、私のワガママ、聴いてくれる?」

「何?」

「今日さ」

「うん」

「ドライブ、行きたいなぁ」

「どこまで?」

「上大岡駅まで」

「上大岡?ここから、すぐじゃん」

 上大岡駅とは、京急電車の上大岡駅であるらしい。

「だから、上大岡まで行きたいの」

「分かったよ、今、待っておけ」

 とユウイチは、サヤカに吐き捨てるように言った。

「チーフ、今日、早退します」

「あのサヤカちゃんと遊んでこい」

「聴いていたんですか?」

「ばっちり聴こえていたよ」

 と言った。

 ユウイチは、制服を着替えて、私服になった。

 そして、歩いて、ユウイチは、サヤカと自分のハイツへ向かった。

 そして、仕事が、終わって、ユウイチは、サヤカと二人で並んで帰って行った。

 久しぶりだった。 

 通りには、たまに、バスが走っていて、正月飾りの絵馬を持っている人もチラホラいた。

 ーサヤカは、こんなに色気があった女だろうか?

 と思った。

 ジャンバーを着て、下は、黒のジーパン。

 そして、紺色のミッキーマウスのトレーナーを着こんでいた。

 髪型は、セミロングになっている。

「ユウイチは、偉いね」

「何が?」

「正月もたこ焼きを焼いて」

「ああ」

「でも、モテないもんな」

「うっせ」

 と言った。

 でも、ユウイチは、モテない男だった。

 ベッドインの時だって、臆病だったし、緊張していた。LINE交換だってなかなか、できない。昔は、大学生のときは、女子学生の前で、食事すらできなかった。

 そんな男の子だった。

 200mは、早くて学校で一番で、ダンスだって上手なのに、からきし女性だけは苦手だった。

 それは、中学校の修学旅行で、バスの中で、同級生の女の子が、ユウイチの制服を酔って、汚した。

 それだけではなく、ユウイチも、もらって吐いたのだ。

 30歳になったユウイチは、今なら笑い話にしても良いと思っていても、未だに、できない。

 栃木県日光市の修学旅行が、台無しになっていたのだから。

 だが、人間なんて不思議なもので、ユウイチが、やっと就職したたこ焼き店で、酔ってユウイチの制服を汚したサヤカと今は付き合っている。

「何を物思いに耽っていたの?」

「いや、色々」

「ほら、ユウイチのハイツだよ」

「ああ、ぼっとしていたなぁ」

 と言った。

 ユウイチは、本当は、何人かの女性と交際をしても、いつも物足りない思いをしていた。

 理由は、中学校のとき、酔って制服を汚した女子のことだった。

 中学校のとき、ユウイチは、彼女に怒っていた。

 本当は、日光猿軍団を観たかったのに、何故か、気持ちが、暗くなっていた。それは、今、思えば、つまらない理由だったと思う。

 中学校のとき、怒ったユウイチは、彼女と口を利かなかったが、それから、しばらくして、高校時代、陸上選手で挫折をし、それで、大学を卒業してから、さらに、入院をするなんて思いもよらなかった。

 その度に、ユウイチは、何度か、女性から愛想を尽かされ、捨てられていた。

 部屋で、そんなことを考えながら、横には、制服を汚したサヤカが、そこで、お茶を飲みながら、待っている。

「今日は、上大岡で良いの?」

「良いよ」

「分かった、クルマのキーを取ったから、駐車場へ行くぞ」

 と言った。

 そして、広場で、凧揚げをしている子供を「珍しいな」とか思いながら、上大岡駅まで向かった。

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