第14話 戦力差




 俺は使役師ライセンスを眺めていた。


 五等級使役師、と書かれたカードを確認する。俺は既に一度潜って一つの異空を踏破したという実績も積んでいるため、六等級へにもそろそろ上がれるだろう。


「後三つか……」


 武藤は少なくとも、既に八等級以上。


 同世代で天才と呼ばれている彼を超えない限り、対異空高校に入学するのはおろか、『王者』など夢のまた夢だ。


 

 目標はやはりどトップが集う二十等級使役師だが、道のりは遠いと改めて実感し、俺は異空内部へと潜り込んだ。

 



「……おぉ」


 感激に声を上げているのは、前回潜った異空との比較からだった。

 石造りの壁、床、天井。

 相も変わらず、不自然に明るく、異様な不気味さを持っている。



 異空と言えば誰もが思い浮かべる、洞窟の中のような場所。


 

 ここがかの有名な第一異空ーー別名、『バベル』だ。


 上に上がれば上がるほど出現する穢者が強くなる特性から、そう呼ばれている。まあ中にはダンジョンと呼ぶ者もいるらしいが、ごく少数だ。


 

 ……とはいえ、俺が感動していたのはそこではない。

 そう。寒く無いのだ。


 前回は散々な寒さ対策で凍傷になるかと思ったほどだ。

 対して今回は良いコンディションで挑める。


「っと」


 忘れかけていたが、さっさと使徒を出さなければ。

 そう思いながら、俺はリリィとアンナ、それに白狐を召喚した。


 白狐に穢者であった頃の記憶はない。


 ナナの件もあるし、複雑な気分を抱えたまま白狐と相対することにはなるだろうが、仕方ない。いつか俺たちの記憶がなかったとしても、何処かで生まれ変わったナナとまた仲間になるため、前に進むしかないのだから。


「……颯真様」

「マスター」


 召喚されたアンナとリリィの二人は、すぐに俺の元へ駆け寄ってきた。


「……もう、異空には来ないと思ってました」

 

 リリィの少しほっとしながらも、困惑を混じらせた表情に俺は心を掻き立てられる。

 

「俺は……まだ異空でやらなきゃいけない事もたくさんあるんだ。それに……ナナとの約束も守りたい」

 

 最初はもう異空には行きたくないと、そう思った。

 でも実際問題、もう俺は異空に心が依存しすぎていた。


 何より、あの時ナナとした約束を無下にしたくはないと思った。


「探す気ですか……? 何十年かかっても見つかるか分かりませんよ?」


 リリィの言う事は最もだと思う。

 同一個体とまた出会えるなんて、それこそ奇跡のような確立だ。


「分かってる。でも異空に潜り続けてなきゃ、どう足掻いてもチャンスは訪れないだろ?」

「……そうですね」


 そこで話を区切り、じっと待っていた白狐に視線を向ける。


「待たせて悪い。もう良いぞ白狐」

 

 白狐は距離を置いていたようで、俺が視線を向けたタイミングでようやく声を掛けてきた。


「初めましてでしょうカ、マスター」

「ああ。ところで......」


 落ち着きつつも、少し荒っぽい話し方がイメージ通りだな、だなんて微かに浮かんだ考えはどうでもいい。


 それより重大な事実が俺を襲っていた。


「──君は雌だったのか?」


 距離を置いて立つ二十くらいの女性。白狐だ。

 わざわざ人間に化けていた。


「開幕早々初対面で失礼なセリフですネ」

「まあ俺たちからしてみれば初対面ではないし。後、無理に敬語を使う必要はない。

 で、人間の姿なのは何故?」


 獰猛な肉食獣の気配を出してた癖にメスだったとかビビるんだが。


「そうか……マスターが言うならそうしよう。この姿なのは、こちらの方がコミュニケーションが取りやすい事だろう? それとも普段の姿の方が良いか?」

「……人間の姿だと弱くなったりするのか?」

「接近戦では弱くなるが、代わりに魔法の威力は上がるな」

「じゃあ使い分けていく感じで行こう」

「ああ。私としてもそちらの方が助かる」


 取り決めを交わすと、俺は次いでリリィとアンナに向き合った。


「ところでリリィは……」

「何ですか?」


 俺は気になっていた事を口にする。


「リリィは敬語でいいのか?」

「いやいや、私が普通なんですよ。使徒なんて普通は全員敬語が普通じゃないですか」

 

 リリィに身も蓋もない返事をされた。


「そうか……」


 俺は一旦この話はいいか、と考える。


「あ……ちなみに白狐は名前とか欲しいか? リリィもアンナも貰ってるし、希望があれば付けるけど」

「そうだな......いや。その件は保留にしてもらいたい」

「何故?」

「私からしてみればマスターにはまだ何も示せてない。それに折角ならじっくり考えた良い名前を付けて欲しいからな」

「……オーケー。じゃあ納得出来るような名前を考えておくとするよ」


 白狐は戦力的に失い難い使徒だ。

 どの使徒にも言える事だが、安易に関係を悪くする訳にもいけない。


 彼女たちに自由な感情表現を許可している以上、チーム内の不和を生まないための役割は俺が責任を持たねばならないだろう。



「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」


 視線を集め、一呼吸置いてから切り出す。


「みんなに、今後の方針の話をしたい。十一月、今から大体五ヶ月後の事だ。俺は全日本中・高等部使役師選手権大会の県別予選に出場する事にした」



 異空(ここ)に来るまで考えていた。

 俺は何がしたいのかーー生活の安定は多分問題ない。


 なら、俺が目指しているのは何か?


 俺は小鳥遊 優彩ーー彼女に憧れた。使役師になりたかった。

 でもそれだけじゃなくて。



 使役師として成功したい。

 その第一歩として、対異空高校に入学出来るようになりたい。



「大会……ですか?」

「ああ。実績を作りたくてな。目指すは優勝だが、決勝まで行けば全国大会への切符も掴める。まあ使役師として成功するなら、王道のルートだな。期限は五ヶ月。その間に戦力を追加で何体か確保し、パーティーメンバー三体のランクを十等級以上に引き上げる事が目標だ」

「なるほど」


 リリィが頷き、俺は説明を続ける。


「ーー対異空高校は毎年、全国大会に出場する選手達の多くを特待生として呼ぶらしいいんだ。俺はそ対異空高校に入りたい。協力してくれるか?」

「……了解です」


 リリィ達が頷き、同意を得られた事で俺はとりあえず安心する。


「そうか。じゃあ目先の目標なんだが、一先ずはこの第一異空で十五層まで上がろう。そうすれば俺の使役師等級が七まで上がるからな」


 

 七等級まで上がれば……アイツの、武藤の背中が見えるから。

 そう考えて、俺は頭を切り替え目の前に集中した。



「……って、早速粘着生物(スライム)が」


 話しながら歩いていると、俺たちは異空最弱と呼ばれる穢者ーー粘着生物(スライム)に出くわした。


 穢者で唯一の一等級に分類されるこのスライムは、圧倒的な弱さから使徒としても戦力に使われる事はなく、ほぼペットみたいな扱いだ。


 創作物では偶に強敵として描かれる事もあるが、異空では強くない。


「一応、体の弱酸に触れると痛みと皮膚炎が出るから気をつけて」


 俺が解説を挟むと三人は俺に視線を向けていた。

 どうしたのだろう、と一瞬考え、ああと納得した。


「ああ別に命令はしないから普通に倒しちゃっていいよ。何なら、こいつは一回俺が倒してみてもいいかな?」


 俺がそう問いかけると三人はそれぞれ譲ってくれた。


 スライムと向き合うと、ソイツはぴょんぴょんとはねる。


 俺はゆっくりと狙いを定めて、冷静にコアを砕いて倒した。


 一応解放の呪文をかけたが、落ちたのは魔石だ。


「パパッと進もうか。下層では敵になりそうな穢者も少ないだろうし」


 あっけなく倒れたスライムの魔石を拾い上げて、俺はそう言ったのだった。



||



 ここまで順調に進んで来たが、俺は何かを見つけて足を止めた。


「どうかしましたか、颯真様?」


 リリィに声を掛けられ、俺は遠くを指差す。

 そしてリリィ達も俺の視線の先に目を向けた。


「別のマスター達のようですね」


 視線の先では、二人組の若い使役師が使徒を出しながら戦闘を繰り広げている。

 相手の戦況は若干有利ながらも、手こずっているように見えた。


「まさか助けにでも行くつもりかしら?」

「いや、まさか。見る限り勝てそうだし、通り抜けようと思っただけだよ」


 アンナの質問に返答を返しながら、二人組の使役師達を見る。

 両方とも男子で、見たところ二人とも同年代のようだ。


 二人が連れている使徒はいずれも四等級の使徒で、ウルフとゴーストの二体である。


「四等級が二体……初心者でしょうか。まあ、でもあの様子なら確かに問題ありませんね」

「そうだな、先を急ごうか」


 異空では、同じ門から入った使役師達と会うことがたまにある。


 以前の第七異空は人気のない場所だった為、誰とも出くわさなかったが……ここ、第一異空ではこういった事態が何度もあるだろう。

  

 まあでも、基本は関わらない方針で良いのでは無いだろうか。

 

 邪魔をしても悪い。


「というか、マスターも初心者だろうに。潜るのは二回目なのだろう?」


 とか考えていると、白狐にそう突っ込まれた。

 

 確かに何故か上から目線だったが、俺も異空探索自体は二回目なのだ。

 使徒が強いから忘れていた。


「ははっ、確かに」


 ……そうだ。

 俺たちは強い。


 そんな実感を噛み締めながら、俺は足を進めた。



||


 

 俺が命令を下さず、自由に戦闘をさせていると驚くほど早く異空を進んでいた。


「あれー? アンナは討伐数が少ないようですね?」

「うるさいわよ」

「二人共、喧嘩するな……」


 何故か討伐数を競い始めた二人は、リリィが大幅に優勢していた。

 こればかりは等級差もあるし順当な結果だった。


 ヴァンパイアであり、八等級の使徒であるリリィと雪女であり五等級ではかなりの実力差がある。


 それでも悔しそうな唇を噛む仕草をするアンナは相当な負けず嫌いなのだろう。


「しかし、みんな強いな……」


 移動しながらスラスラと目の前に出現した敵が瞬殺されていく。

 もう三十体近く倒されただろうか。


 どれもゴブリンやスケルトン、スライムといった穢者達なのだが、呆気なく何も出来ずに散ってゆく姿を見ると、アイツらの存在意義について考えさせられる。

 

 哀れだ。


「マスター、どうですか? 十六体倒せました!」


 リリィが俺を見ながら、近寄って目を輝かせた。

 褒めて欲しそうだった。


「おお、凄いな。良くやってるよ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 素直に喜ぶ彼女は可愛らしい。

 しかしーー


 今まで倒した総数は三十二体。

 内十六がリリィ、十四が白狐でアンナは二体である。


 俺は後ろから無駄に指示の声を出しているだけで、別にいなくても問題ないから活躍はゼロ。


 アンナは少なくとも混戦の間とはいえ二対は倒している。



 だが、それで彼女が満足するはずも無い。


「〜〜!」


 俺たちの様子を見て、苦々しそうにアンナは顔を背ける。


 彼女を昇華させるには昇華先となる種族の聖遺書を買わないといけない。だが今は資金が足りないし、一先ず関係改善に取り込まなければならないだろう。



 俺はトラブルを起こさず、ただ愚直に敵を屠ってくれる白狐に感謝しながら、痛む胃を抑えた。




||



 

 リリィが地を掻き分け彼女が通った後から泥が宙を舞う。低姿勢から一気に豚の魔物ーーオークに切り掛かった彼女は一撃で喉へと刃を突き刺した。



 血を噴射し倒れ伏す豚人(オーク)に、彼女は返り血を浴びないよう軽やかにステップを踏んで踊るように後退する。



 遅れて氷の礫が既に倒れていた豚人(オーク)の頭を潰すが既に死体だ。


「ーー嗚呼どうか、貴方が私の脳裏を見透かして、と」

「……うーん、また失敗ですか」


 光の粒子が消え、魔石に成り代わったそれを、俺は拾い上げる。


「アンナ、援護が遅いですよ」

「分かってる。次は間に合わせるわ」


 いつのもの如く軽い喧嘩腰の言葉を投げ合いながら、彼女らは互いにふん、とそっぽを向いた。


「二人共落ち着け……」

「白狐。アンナが付いて来れてないのは事実でしょう。自覚が薄いんですよ、彼女は」


 白狐に宥められるが、リリィはそれでも不満げだ。


「リリィ。仲良くしろとは言わないけど、毒を吐くのはやめてくれ。少なくとも、そういうのは全部俺の役目だ」



 俺も加わりリリィを宥めておく。


 これに関してはアンナの改善点をリリィに先に見つけられてしまう俺が悪いせいで、あまり強くは言えなかった。


 そもそもそれだけずっと彼女を見ている時点で、リリィも素直じゃない。


「マスターがそんな事をする必要は……」

「いや。これは俺の役割だ。悪かったなリリィ、お前がアンナを苦手に思ってるのは分かったから。あれは出会って最初に喧嘩を吹っ掛けてきたアンナが悪い部分もあるし」


 アンナに聞こえないよう、俺はボソッとそう言ってリリィをフォローする。

 しかしリリィは俺の袖を摘みながら言った。


「別に……そんな理由で彼女が嫌いな訳じゃ無いんです。ただーー彼女が、あの時あまりにも早く諦めたから……必死じゃなかったから。分かってます。自分だって倒れてたのに。でも、許せないんです。あの時動けるのはアンナだけだったのに。彼女が動いていれば、あの時ナナは、もしかしたら!」

「そこまでだ、リリィ」


 俺は怒りを声に宿し始めたリリィに、優しく声をかける。


「あれは絶対に、誰の所為でもない。強いて言うなら間違いなく、俺の責任だ」

「違います……! マスターは、最後まで倒れるまで、私たちの為に動いてくれた……! マスターが、マスターだけは! 自分を責めちゃ駄目です……」

「……ありがとう」

 


 口ではそう言う。けれど、ごめん、やっぱりあれは俺の所為(せい)だ。

 じゃなきゃ、俺はナナを再び探しに行く為の罪悪感を保てない。


 俺だけはーー誰のせいにもしちゃいけないんだ。


「アンナ」

「……何かしら」


 遠くで一人俯いていたアンナに、俺は声をかけた。


「君なら大丈夫だ。だから、ゆっくりで良いから足を止めずに一緒に歩こう」

「はい……分かりました」



 その日、俺たちは五層まで進んで探索を切り上げたのだった。



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