第13話 目標
本日は六月三日。
初めて異空探索に潜った日から約一週間、特段誰かに使役師になった事を誰かに話すわけでも無く、俺は普段通りの日常を送っていた。
「よっ相沢」
「おう」
「てか今日の六時間目、数学テストだぜ。ダルイよなー」
男四人グループの中に入り、席に座る。
俺たちの学校だが、席は各々が座りたい所に座れる仕組みになっている。朝のホームルームでもそうで、現に俺たちは見知った顔ぶれで席に向きを互いに向けながらのんびりと話していた。
昼休憩には久しぶりにこいつらと学食でも食べることにするか、と数時間後の事を考えながら俺は心でメモを取った。
すると、突然斎藤が話題を振った。
「なあ、聞いたか? 宇川の奴、使役師始めたらしいぜ」
「は? マジで?」
反射的に俺は聞き返してしまう。
村井や田中も話していた話を止め、その話題に驚いた顔をしていた。
「何等級の使役師なんだ?」
「いや、まだ始めたばかりらしい。五等級の使役師だよ」
使役師の強さを測る上で一番分かりやすい等級を、村井は質問する。
どうやら五等級の使役師らしい。始めたてとしては妥当だ。
「なんだ。せめて『一人前』って呼ばれる七等級になってからだろ。五等級じゃな……」
「いやいや、七等級の使役師って中々なれるもんじゃねぇよ。十分すげーって」
俺は斎藤の擁護に内心頷く。
だが、やはり外野からみれば五等級の使役師はまだ素人に区分されるアマチュアだ。異空災害にも出ないし、舐められてもしょうがないだろう。
そうして会話を交わしていると、教室のドアが開き見慣れた体育教師であり俺らの担任でもある赤井先生が入ってきた。
「あ、やべ。赤井先生来たわ。早くスマホしまえ」
ゾロゾロと騒がしかった教室が静まり、授業が始まるチャイムが鳴る。
そんなクラスを他所目に、俺は窓の外の景色を眺めていた。
||
それは昼休みのこと。
飯を食い終わった俺たちは、スマホを触りながら食堂を退出した。
休み時間何する? と、ふと俺たち五人組の中の誰かが切り出して、それに斎藤が返す。
「んじゃ、サッカーやろうぜ」
そんな具合で、俺たちは斎藤のサッカーボールを抱えながら廊下を歩く。
雑談に夢中になっていたせいだろうか。
俺たちは廊下のスペースを占領しながら歩いていたせいで、気づけば誰かと肩をぶつけていた。
ドスッ。
俺の肩から伝わる感触に、俺は思わず「あ、ごめん」と謝りながらぶつかった相手を見た。
「武藤……」
相手の顔を見て、斎藤がそう呟く。
と、同時に俺の周りの四人が彼からそっと目を逸らした。
……武藤四郎也(むとうしろや)。
整った顔立ちに加え、ガタイがよく百七十五センチの身長と肩幅の広さ、そして見せつけるように半袖で露出させてある筋肉は、中学生離れしたものだった。
俺たちと同じ三年生だが、接点はほぼほぼない。
同じクラスになったこともないので、噂と遠巻きに見た見た目のイメージくらいしか持っていなかったが、間近に彼を捉えて、改めて怖いイメージを持つ。
彼は女を横に連れながら、ぶつかった俺と、その近くにいた俺たちを見返した。
「ちょっと〜! 何シロヤにぶつかっちゃってくれてんの〜? てか、邪魔なんだけど〜!」
ギャルっぽい見た目のその女子生徒は、イメージ通りの口調で武藤の彼女なのか俺たちを睨みながら非難を浴びせた。
……武藤は女遊びが激しいという噂がある。
顔の良さも相まってか非常にモテるらしく、月に一回はつれている女を変え、中学生ながら女を食いまくっているとの話だ。
またその腕っぷしの良さも有名だ。同級生や下級生を何人も病院送りにしていると言われるほどである。嘘の可能性もあるが、このガタイの良さから来る威圧感のせいで、嘘とは言い切れないと思ってしまう。
「おい、気をつけろ」
武藤は一言、そう口を開くと道を開けようと動いていた俺の動きがトロイと言わんばかりに、俺を突き飛ばす。いや、武藤からすれば軽く押しのけただけだったのかもしれない。
それでも、彼の太い腕から物凄い力が危険を察知して防御に入った俺の腕に伝わって、俺はあっけなく壁に背中からぶつかった。
「ぐっ……!」
突き飛ばされ、壁に当たった俺を武藤はチラッと見た。
「柔いな。鍛え直せ」
それだけ吐き捨て、興味も無さそうに女を連れて去っていった。
何とか受け身を取れたので背中には大した痛みが無かったが、俺は去っていく武藤の背を強く睨みつけた。
何するんだ、と怒鳴り返したい衝動に駆られるが、俺は自分を落ち着かせる。
喧嘩して勝てる相手じゃない。
「謝ってるのに、突き飛ばすか普通? あいつ最低だな……。大丈夫か、相沢?」
「本当な、流石クズって呼ばれるだけはある……」
斎藤らに同情の声をかけられながら、俺は壁から離れた。
「いや、あの程度でバランスを崩す俺も悪い。心配かけて悪かったな」
俺は怒りを秘めたままあの男の背中を強く睨んだ。
……武藤四郎也。
俺たちの中学で、四月生まれだったためか最も早く十五歳になり異空へと潜り始めた人物である。そして、うちの中学で最も──使役師として成功している男。
彼は使役師アカデミーに通っていたらしく、昔から同年代と使徒の扱いを競っていたらしい。噂では現在の彼の使役師等級は八を超えているとか。
……今まではどうとも思っていなかったのに。
使役師になった今はただ、悔しくて妬ましい。
その嫉妬が、深く、深く心に突き刺さる。
俺はまず、目先のあいつを超えなくてはならない。
強くそう思いながら、俺は彼の眼中に映らない悔しさを心の中で吐き捨てた。
||
「受付ですね?」
「はい」
それはとある日の事。
異空探索の手続きをする為、俺は使役師組合へと訪れていた。
受付のおばさんから端末を渡してもらい、パパッと手続きを済ませる。
記入内容はID、名前、使役師等級、探索する異空名と難易度、そして契約の同意の五項目だ。
それを終えてから、俺はギルド奥の異空への門がある場所へと向かった。
カラフルなガラス張りの大きな部屋。
どこかの異国の教会のような場所にだって見えるそれも、通るのは二回目。
たくさんの人で賑わっていて、イカつい装備をした人も若くて線の細い女性だっている。
「道あけてくださ〜い」
どこからか間延びした、しかし透き通る声が人混みの中から聞こえてくる。
「なんだ? 企業勢か?」
「ごっつい装備しとるやん」
「うお〜」
中にはグループを組んでいる連中や、姉さんのように企業に所属してプロとして活動しているような重装備の人もいる。
「グループメンバー募集してまーす」
「支援役の使徒持ってる人募集中でーす!」
「七等級以上の使役師の方、いませんかー!」
今の所ソロで潜っている俺には関係がないのだが、こういう場はコミュニティーを形成するのにも重要なのだろう。
「なあ君!」
並ぼうと思い、俺が門への列に入ろうとした時、突如として声をかけられ俺は立ち止まって振り返った。
そこにいたのは丁度俺と同年代くらいの若々しい少年だった。
何の用だろう? と目を細めれば、彼はすぐに俺の疑問に答えるように次の言葉を放った。
「俺と組まへんか!?」
妙なテンションの高さに、関西弁特有の訛り。
「えっと……」
色々聞きたいことはあるのだが、まずそもそも何故俺に声をかけたのだろうか……。
「あ、急やったか。僕、樋口っちゅうねん。ここにいる話の合いそうな奴が、お前しかおらんかったから、話しかけさせてもろうたわ!」
今時珍しくゴリゴリの訛った関西弁で喋る彼に、俺はひとまず納得する。立っていてはなんだから、と座り直した俺のすぐ横に彼は腰掛けた。
「一先ず、俺の事は相沢って呼んでくれ。で、俺に声をかけた理由は……話が合いそうだったから……だっけ。まあここは学生も少ないし……」
「せや。大人ばっかりで、そこに入っていく訳にも行かんからな」
気持ちは分かる、と言いつつ俺は頷いた。
「あー、その、何だ。樋口、お前はグループメンバーが欲しいのか?」
「おう、せやねん。やっぱ使役師はグループを組むもんやろ?」
「……俺はソロで行こうと思ってたから、グループとかは詳しくないんだけど。やっぱり重要なのか?」
情報力に差がある相手との取引には応じないのが鉄則なのだが。まあこいつとは組まずとも、いつかの為に情報を引き出しておこう、と考える。
「そら、流石にな。第一異空の『バベル』は下層やと一人三体までの召喚上限が決まってる訳やんか。三体で囲むよりかは、六体とか九体で囲んでボコす方が効率的やわ」
「まあそうかもしれないけど、取り分とかで揉めそうじゃないか? ただでさえ、使役師はカツカツだし」
特に駆け出しの使役師は中々稼げないことが多い。
もっとランクの高い強い使徒に乗り換えるために、使役師は金を稼ぐ。だが、グループを組めば貰える金は減って、ステップアップにも時間がかかるだろう。
「でも、無茶して使徒を失った方が損失はデカいやんか。使役師は命大事や。自分の命かかってるのに、冷静な判断が出来ない奴は早死にするでぇ?」
そう語る樋口に、俺は思わずグサっと言葉に刺されたような気がした。
焦りからか堅実性を欠いた選択を選んだ挙句に死にかけて、使徒の損失を出してしまった人間にはクリティカルダメージである。
「まあ、失う前提で安い使徒を肉壁として連れてくるのもええんやけどな。でも収入が安定しない分難しいやろ」
「……グループの重要性は分かった。でもとりあえず、君の能力を知らないと話に乗るも何もないから、そこから始めよう」
俺はできれば同世代のレベルも把握して起きたい。今の所、同世代と競っているという訳でもないが、やはり対異空高校に入る事なんかを考慮すれば、同期よりも進んでいたいというのが事実だ。
その面で言えば、武藤のような天才も学校内にいる訳ではあるが。
「お、せやった。合理的でええな。なら持ちかけた僕からやけど、今んとこ僕は六等級の使役師として活動してるで。五等級の使徒が二体と四等級の使徒が一体おるねん」
「……凄いな。もう六等級に上がったのか」
「せやねん! あ、聞いてや、初めて五等級のボスに挑んだ時は手が震えたんよ! 今まで楽に勝ててた相手と全然違ってな。危うかったんやけど、最後の最後に捨て身で全員突撃させて。ほんまギリギリやったわ〜!」
そう語る彼の顔は、本当に純粋でスリルや強敵への冒険心といった物を本当に楽しんでいた事が伝わった。
「……君こそ撤退の判断が出来てなくないか?」
「あはは、ほんまや。人の事言えへんなー」
彼の探索はきっと自分が中心で、使徒は道具なのだろう。
ーー俺はどうだっただろう。
楽しかったとは思う。体を動かす感覚、攻勢を有利に進めている時の優越感。心が熱く燃える昂り。普段は絶対に感じることのできない、命の奪い合いの感覚。
そして何より、見るもの触れる物全てが、新しい価値観を与えてくれた。使徒の言葉一つとっても、自分とは違う生き方を歩んでいたりする。
でもそれと同じくらい、俺は自分が変だという自覚がある。
使徒を一体失った時に抱いた感情は、変だった。普通の使役師のような金銭の損失のような考えではなく。
俺はきっと突撃なんてさせられないだろう。
道具のようには扱えなくて。
だからこそ使徒への思い入れから来る強い絶望があって。今も心に残る、彼女との間にあった鎖があっけなく千切れてしまった感覚。
「あ、ちなみに相沢君はどうやったん?」
「あー。ちょっと言い難いんだけど。ーー俺は今八等級の使徒が一体で、七等級の使徒一体と五等級の使徒一体を持ってるよ」
「は!? え、凄いやんか! 天才やん! あ、もしかして相沢君ってアカデミー生だったりするんか?」
「いや、一般生だよ。色々運とかも絡んでるし、正直自分でも驚いてるくらいなんだ」
「そうなんか? ほんでアカデミー生くらい強いなんて凄いやん!」
俺は今の所、一般生としては上澄に入るという自覚はある。けれどやっぱり、アカデミー生には、本物の恵まれたやつが、凄い奴がゴロゴロいる。
それこそ、死に物狂いだった俺を軽々と超えていく人は何人も。
ナナさえ失って、ようやく本物の天才達の背中が見えてくるくらいだ。
武藤がいるからこそ、何となく察してはいた。
けれど、自分の未熟さを改めて痛感する。
俺が難しい顔をしていると、不意に樋口が口を開いた。
「なあ、相沢君って、どんな目標持ってるんや?」
そう聞いてくる樋口に、俺は固まった。
「……対異空高校に入りたいとは思ってるけど」
「確かに、成功が約束されとるもんな〜。みんな凄い人ばっかやって聞くけど、相沢君ならワンチャンあるかもやな。 ほんなら、卒業した後はどうするんや?」
「……まあ、例えば夜廻組とかに所属して、専門使役師として......稼げるようにはなりたい」
「ちゃうちゃう、そういう現実的なもんじゃなくて夢の話や。相沢君は、何が夢なんや?」
饒舌に語る彼にも、大きな夢があるのだろうか。聞き返して欲しくてウズウズしているのが見て取れた。
俺は一瞬考え、すぐに答えが出す。
「……小鳥遊 優彩みたいな凄い人……になりたい、かな」
俺は笑われないか、といった不安と共に彼に内心を吐露した。
樋口は、一瞬ポカンとした顔をした後、笑いながら言った。
「凄い人! んはー、抽象的やけど、好きやで!やっぱ男は夢ぇ、語らなあかんわ!」
「......うるさいな。そういう君こそ。夢があるんだろ?」
自分の本心に共感され、少し気恥ずかしくなる。耳を赤くしながら、俺は話題を逸らす為に聞き返した。
すると彼は待ってました、と言わんばかりに語り出す。
「せや! 僕には年が離れた弟がおってな。カッコいいお兄ちゃんの威厳を保ちたいんや!」
「あ、そう」
「ドライやなぁ〜。相沢君はやっぱ大会とかに出るん? 出るんなら応援するで?」
特に踏み込むつもりもなかったので彼の話をスルーする。
大会ーー使役師闘技選手権の事だろうか。
全国の十五歳の有望な使役師たちを集め、彼らの戦いを娯楽として観客や専門使役師のスカウトに見せる。それが使役師闘技選手権だ。
確かに自分の実力を示すなら、大会に出るのも手だろう。
対異空高校進学への実績も作れる。
「いや。何となく、くらいにしか考えてなかったな」
「そうなんや。 ホンマは君と組みたかったねんけど、相沢君凄い奴やし、僕じゃ邪魔してまうかもしれんわ。時間取らせてまって悪かったなぁ。……良い相手見つけてグループ組みぃや!」
そう言って、樋口はあっさりと立ち上がって去っていった。
俺が使徒のランクを明かした時も素直に信じていたし、根は良い奴なのだろう。
目標……。
焦燥感から異空へと飛び出したが、俺には金を得る事と対異空高校に入る事以外に明確な目標はない。
慣れるなら使役師の頂点ーー『王者(ロード)』を目指したいけど、本質は違う。上手く言えないけど、俺は小鳥遊 優彩みたいな人になりたい。
将来の夢。目標。ずっと現実から逃げてきたからこそ、曖昧な将来をちゃんとスケジューリングして計画を立てないといけないのかもしれない。
そう考えながら、明確な答えすら出せないまま俺は列に並ぶ。
そして、列に並んで五分。
横に置いてあるパネルに『01』を入力し、続いて攻略階層である一階層を入力する。確認にもYESを押した後、俺は門を潜り抜けた。
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