第6話 相棒
「そろそろ進もうか」
俺は再び彼女達と足並みを揃えて歩き出した。
しばらくすると暇になったので、やや後方にいるリリィの顔を見遣る。
髪が掛かった耳の先は尖っていて、悪魔らしく瞳の色は赤い。
改めて、客観的に見ると凄く整った容姿だと思う。
「どうかした〜?」
気の抜けた顔が耳に入る。
赤髪の小汚い白衣を着たゾンビの少女、ナナがこちらを注視していた。
「何でもない。そろそろ穢者も出てくるだろうから、慎重に動いた方が良さそうだと思って」
そう言いつつ足を動かしていると、何か硬いものを踏んだ感触を覚える。
何だろう、と思いつつ足で雪をどかして踏んだものを確認する。
「あー、石か」
雪に埋もれた石だった。
手のひらサイズだ。だがこんなのでも、異空産なだけあって持って帰れば金に変えられる。
「持ち帰るんですか?」
「いや流石にメリットも少ないし持って帰りはしないよ」
まず一々雪をかき分けて拾うのが面倒というのが一つと、金額に変えられると言っても十円〜数十円程度だ。
マジックバッグで重量の心配はないとは言え、大きいので嵩張るし戦闘時に取り出したいものが取り出せないくらい邪魔だと意味がない。こういうのは資源回収に特化した業者がやるものだ。
そう考え、少しばかり後ろを振り返る。
もう随分と森林の奥まで入ってきた。そろそろ穢者と遭遇しても不思議はない。
この雪林の景色もだいぶ見慣れてしまった。
やるべき事をいくつか考え、俺はリリィに話しかけた。
「ていうか、今更過ぎるけど俺たち、今日が初対面だった訳だろ? 会話も途切れないし、馴染みすぎてて気づかなかったけど。ひとまず二人がどういう能力を持ってるのか確認をとっても良いか?」
「そういえば、そうでしたね」
「だね」
リリィとナナはその言葉に共感したのか、クスッと笑う。
今更だが会話が自然すぎて、つい先程まで今日会ったばかりだと忘れていた。
……さて。
少し状況を思い出す必要があるだろう。
今、俺は使役師として異空に潜っている。
本日が初の探索である俺にとって、異空は何もかもが新鮮であった。
異空。それは四十年前の日本に突如として現れた異界へと繋がる異空への門。
異空とは危険な化け物と同時に、未知の宝物が存在するRPGゲームのような世界だ。
人々が完全に受け入れるのには長い長い年月が存在した。が、最先端技術用の資源の採掘場としての地位を確立した異空は、今や生活に欠かせないものになっている。
俺は使役師になるのにあたって、ライセンス取得と共に追加でデビルの聖遺書と武器の剣を購入した。俺の予算で届くギリギリの範囲である。
それでも、割引で一万円ほど安くなっていたとはいえデビルの聖遺書は六万円したのだが。
俺が買えるのは洋使徒くらいで、試しに日本使徒のコーナーを覗いてみたら十万が最低ラインで震えた。
「何か?」
「……いや、なんでもないよ」
四等級使徒。それがデビルの等級だ。
しかも安い使徒なだけあって、デビルは弱いと言うのが使役師の間での評価だ。
小さな蝙蝠の翼を持っているが、飛べるわけでもなく。
小さな角も何かの能力を持っている訳ではなく。
貧弱な体であり、同じ四等級の使徒である夢魔(サキュバス)や夜魔女(リリス)と比べて、何か特殊な能力がある訳でもない。
買っておいて何だが、安さに見合った程度の性能だ。
「……あのですね。私は確かにデビルですが、弱いと思われるのは心外です。後天技(スキル)だって二つ持ってるでしょう?」
リリィは心を読んでいたかの如く話してくる。
表情で察せられたのだろうか。
「弱くてごめんね〜」
リリィの発言に、ナナも割り込み申し訳なさそうな顔をしている。
しかし、ナナは腕がないのだから仕方ない。
姉さんが売らずに押し入れに放置していた使徒なだけはある。
「……ああ、リリィは確か階級(ランク)Iの雷魔法と短刀術が使えるんだっけ。その短刀(ナイフ)も最初から装備してたし。あ、でも悪魔(デビル)って先が三本ある、あの槍みたいなのが種族武器なんじゃ?」
リリィの文句に言葉をかえす。
メイジタイプじゃないデビルの魔力量がどのくらいだろうか。しかし、スキルは随分良いものを持っている、という事に関しては間違いない。
「ああ、三叉の槍の事ですか? 私は扱えませんね。代わりにほら、ナイフがあるじゃないですか。私の場合、ナイフの方が得意なので」
そう言って、彼女は手の上でくるくるとナイフを回転させ手捌きの良さを見せる。
素人目でもナイフの扱いに慣れているのが理解できた。
種族武器にはある程度の恩恵があるとはいえ、使徒自身が使い難いと言うなら使う必要はないだろう。
「そういう事なら。で、階級Iの雷魔法はどういう物なんだ?」
「『感電』を習得しています。痺れでの痛みによる行動阻害や皮膚の火傷によるダメージが可能なものです。ただ初級とだけあって、威力が低いのは難点ですが」
彼女はそう言いながら手のひらで電流を操り、閃光が舞う。
「おぉ……!『感電』! 優秀なスキルじゃないか! なるほど、言うだけはある!」
「でしょう?」
「流石俺の使徒! 最高! ドヤ顔も可愛いよ!」
「え、や……ドヤ顔はしてません……!」
隠し切れず少し誇らしげな顔をしていたリリィを可愛いと感じながら、彼女をよそ目に作戦を組み始める。
感電という手札は大きい。
戦術の幅が大きく広がるからだ。
リリィ自体の戦闘力も、低い訳ではないのだが、感電と短剣だけでは少し心許ない。俺も戦闘に参加するべきだろう。ナナは……うん。側で俺を守って欲しいかな。
「ま。緊張せずに行こう。頼りにしてるぞ。
今から、俺たちは命を預け合う仲間だ。改めてよろしくな、リリィ、ナナ」
俺は微笑んで、拳を差し出す。
「うん!」
真っ先に拳をくっつけるナナ。
そんな彼女とは対照的に、リリィは俺を見て、呆気に取られた顔をした。
既に俺と拳を合わせてニコニコとしているナナと俺を見比べ、困り顔をしている。
「頼りに……? 私(デビル)を、ですか?」
俺は再び、早くと急かすように拳を微かに揺らした。
「もちろん」
雰囲気に呑まれながら、彼女の拳は確かに上がりかけていた。
けれど、その瞬間。
彼女の顔に曇りが見えた。
そのまま、彼女は口を開く。
「いえーーすみませんマスター。やっぱりあなた達は変です」
「え?」
「……私にそんな言葉、使わないでください」
そう語るリリィの表情が悲しく歪む。
「え?」
「使わないで、ください」
聞き間違いでは無いらしい。
はっきりとそう述べたリリィに、俺は口を閉じかける。
「そうは言っても、お前以外に戦力はいないし。自信を持ってくれ」
「それは分かりますーーでも! 私に命を預けるなんて、考えないで下さい。いえ、考えちゃダメです」
……そういう訳にはいかない。
「それは駄目だ。なあ、リリィ……俺は勝算もなくお前に命を預けたりするなんて言わないぞ?」
「……変な事言わないで下さい。信頼されているのは光栄ですが、マスターはまだ私の戦いぶりを見てないでしょう?」
滾滾と悲しげにそう語る彼女に、俺は声を詰まらせる。
「いや……ごめん。リリィの事情も考慮せずに」
「私には……マスター達の距離感がよく分かりません」
そう言って、彼女は腰付近まで上げていた拳を下ろした。
俺も釣られて、彼女と交わそうとしていた拳を下げる。今はダメでも、いつかきっとその信頼を得なければと、胸に刻みながら。
「そっか……悪い」
「そ、そうだよね……」
自分達がおかしいと言う自覚も重なり、俺はまだ相手が心を開いていてくれない事を肌に感じながら、謝った。
ナナも合わせて同意する。
そんな俺たちに、リリィが申し訳なさそうな表情を見せた。
焦るように、彼女はもう一度口を開く。
「……で、ですが」
彼女が何かを続けて言おうとした。
その瞬間。
──グゥ亜
ぞくっ、と既に凍っている背筋が寒気で震える。
声の方向へ振り返り、そして薄暗くなった光の中、目を凝らした。
「マスター、敵です!」
「敵? ……あれか!」
リリィの声と主に、ズンッズンッと雪を踏みつける大きな音が聞こえた。
その足音の大きさから脳内でイメージが作り上げられ、姿を見た瞬間、敵の正体が確信に変わる。
「……雪男(イエティ)!!」
体長は三メートルほどだろうか。けむくじゃらの大男は、雪を踏み付けるたびその足音の大きさから相当な重量である事が推察出来た。
──まずい
四等級異空という事で、緑鬼(ゴブリン)程度の相手を想定していた。
だが、雪男は五等級に分類される穢者だ。想定外の一言で済めばいいが、最悪は戦力差で返り討ちに合う事だろう。
「聞いてないぞ……」
異空では偶に運悪く等級が上がった異空に放り込まれる事がある。昇格異空と言うやつだ。確率は一%程度なのだが、遭遇した場合は非常に運が悪い。
「マスター、下がって!」
ナナの背後に隠され、俺は頬に汗を一筋垂らした。
使役師証明書(ライセンス)を取得する時に聞いた講義でも、戦わずして逃げるべきだと言っていた。
「撤退しますか?!」
リリィの言葉が聞こえ、俺は素早く状況を見渡しながら思考する。
「……いや、そんな余裕はない」
「な、なら、戦いますか?!」
隣にいるリリィが俺に判断を仰ぐ。
最早撤退を考えるような距離ではないだろう。逃げている間に背中をやられたら死ぬ。
等級自体は一つ上がってはいるものの、勝てない敵では無いことに間違いない。
一か八かの勝負だ。
それほど高くない壁を、しかし安全綱無しで登るような、そんな感覚。
相手を見る。
三メートルほどの巨体。
けむくじゃらの肌。
ゴツゴツとして筋骨悠々とも言える張り裂けそうな体格。
俺のような細身がまともに殴り合えば吹き飛ばされるだろう。
一歩間違えれば死んでしまう。
そんな緊張と恐怖の狭間に揺れながら、俺はそれでも口を開いた。
「悩んでる時間はない……! 戦うぞ! 準備は良いな?! リリィ、お前にかかってる!」
「っ、はい、勿論です!!」
力強い返事は、虚栄かどうかの判別が付かない。
手にしたナイフが微かに震えて安定しないのは、恐怖か武者震いか。
でも妙な頼もしさがあって、ナイフを構える彼女は実に様になっていた。
安物の剣を特に型なども分からず、一応の護身のために構えているような俺とは違うのだと分かる。
その姿に、心が楽になった。
俺は首元にかけられた紅色の水晶を下げた金色の鉄鎖を強く握りしめながら、不安を掻き消す。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
そう自分に念じながら、頭を回す。
ーー落ち着け。賢くあれ。
使役師として大事なこと。一瞬の閃きを絶対に見逃してはならない。こいつを倒すアイデアを空っぽまで絞り出せ。
馬鹿は今でも昔の自分と似ていて、嫌いだ。
周りの馬鹿はどうでも良い。むしろ手を差し伸べたい。
肝心なのは、自分だけは馬鹿に染まってはいけないこと。
環境に適応するな。自分の道を貫き通せ。
息を吐き、考え続ける。
幸い、相手は拳で戦うタイプの雪男。
一撃くらいなら喰らっても死にはしないだろうから、序盤で相手の体力を削るまでは俺も戦いに参加すべきだろう。
初の実戦で足を引っ張るのは間違いなく俺のほうだ。
俺はこれが初めての戦いで。
命のやり取りなんだ。
それでも、援護をしない訳には行かない。
骨折なら手持ちの回復薬で治せる。
大丈夫。
気を引き締め、俺は口を開いて精一杯の声で己と相棒を鼓舞しながら言い放つ。
「ーー行くぞォ!!」
「はいっ!!」
『感電』ッーー!!
先手必勝。
事前に伝えた作戦通り、遠距離からリリィの魔法が打ち込まれる。
ーー愚ォア!?
電撃に膝を突く雪男。感電により相当な痛みが襲ったのだろう。無理に立て直そうとして、逆に体勢を崩していた。
「リリィ、行けッ!」
今の隙に、と俺はリリィに伝えるが、彼女は足が竦んでいるのか顔を真っ青にしていて動けない。
「ッ、す、すみま……」
命令を使っても、きっとまともに動けはしないだろう。
これも彼女に感情を出させてしまったせいだ。
なら、せめてその尻拭いは俺が……!
「良いから! 付いてこい、リリィーー!」
俺は先行するように、すぐさま走り出して体重を乗せた剣を両手で振るう。
ブスッと、その皮をすり抜け真っ二つに切ろうかと思われた剣だったが、骨に阻まれる。
……硬いッ!!
無理だ、そう判断したと同時に俺は剣を引っこ抜いた。
距離を取って離れた後に振り返って様子を見た雪男は痛がってはいたが、俺の中には悔しさがあった。
「マスター、いけてるよ!」
離れたところからナナの声が聞こえるが、自分では今の攻撃が浅かったと分かる。
ダメだった。
いや、分かっていた事だ。
ギルドの訓練場で叩いていた丸太とは訳がちがう。その何倍も固く、イメージのようにスパッとはいかなかった。
剣に付着した赤色の液体はドロッとしながらも、液体のようにポタポタと滴り落ちている。
血だ。
手に伝わった感触を今更ながら実感する。
正真正銘、本物の肉の感触だった。あまりの生々しさに吐き気さえした。
かなりのグロさに、今すぐにでも俺がつけた雪男の生々しい傷跡から目を逸らして、血で汚れた手を洗いたくなる。
しかし、それでも、そんな余裕はない。
手に残る感触を気にしている時間など無意味。それが使役師の常識だ、と脳に反芻させる。
脳を弄るようにして、頭を切り替える。
目の前の戦闘へ思考を沈め、集中を深める。
ーーgぁ阿
ボーッとする暇など一切なく、俺は迫る来る雪男の腕を構え直した剣で迎え撃った。
「ぐっ、重っ!」
「ッ、す、すみません! すぐ助けに入ります、マスター!」
「ーーいや、踏ん張れる! お前は攻撃に回れ!」
「は、はい!」
接触と共に大きな衝撃が剣に伝わっている。
雪が足場のせいか、踏ん張りが弱い。
それでも俺は、後退しながら受け流すように切りつける。
馬鹿げた重さだ。
膝をついた状態で腕を振り下ろしたと言うことは、恐らく肩だけの力であの馬鹿力を出したのだろうか。
剣を使いながら押し返そうとしているが、完全に力負けしている。
このままではまずい。
そう思いながらもどんどん、体勢が崩されていくのを感じる。
「マスター!!」
リリィの声が聞こえた。
同時に赤い血飛沫が舞い、リリィのナイフで腕をざっくりと切り付けられた雪男の、悶絶の声が響き渡る。
雪男は剣と競り合っていた拳を離して、その隙に俺は後ろへと下がる。
「助かった!」
「いえ、気を抜かな──」
彼女が気を抜くな、と言いかけた瞬間、すぐに雪男が下がった俺に距離を詰め、痛めている右腕とは反対の左腕で俺へと殴りかかってきた。
リリィがすぐに迫る左腕を斬りつけて、雪男の正面に立つ。
「マ、マスター!!」
使徒は、マスターを最優先に守る事が普通だ。
それでも、今彼女が俺を庇うため雪男と正面で斬り合うのは悪手だった。
まず俺を庇う為に重い一撃を受けると、体勢を崩した隙に腕に一発打ち込まれる。
それを耐え、反撃に出る為、両拳にナイフで立ち向かうリリィは素早い攻撃を繰り出す。しかし一撃一撃が重い雪男に完全に押されていた。
そもそも雪男は五等級。
四等級の……ましてや耐久性とパワーが低い悪魔(リリィ)ではどう足掻いても正面から勝てる相手じゃない。
そうだ。
彼女は『感電』といった補助スキルこそ優秀だが、間違いなく強いとはいえなかった。
「ぐっ」
雪男が足でリリィを蹴ると、受け止めようとしたリリィがかなり後退していた俺やナナの元まで吹っ飛ばされる。
「リリィ!」
素早く吹き飛ばされたリリィを受け止めたナナは、彼女が無事そうなのをみて、雪男を睨んだ。
雪男が俺へと距離を詰める。呆気なく間合いに入られ、俺は防御が間に合わないのを悟った。
「しまった!」
「マスター、伏せて!」
その間に立ち塞がったナナを見て、俺は焦りながら叫んだ。
「待て、危ない!」
片腕が使えない彼女を、戦闘に参加させないというのは最初に決めたことだ。
「大丈夫、マスターはわたしが絶対守るから……!」
焦る俺をよそに、ナナは素早く動いて雪男の懐に潜り込み、蹴りを浴びせた。
片腕しかないと舐めていた雪男の巨体がよろめく。が、所詮ゾンビ程度のキックで倒れる事はなく、雪男はナナに拳を打ち込んだ。
ナナは右腕のみで受け止めるが、あっけなく吹き飛ばされて、雪の上を転がる。
「ぐぇえ」
「ナナ!?」
「だ、大丈夫ぅ゛……痛ぁ」
駆け寄る俺は、情けない声を出しながら雪の中に顔を沈めたナナを心配する。が、彼女はすぐに立ち上がって、近寄る俺を片手で制した。そして再び俺の前に立って拳を構える。
「マスター、わたしだって役に立つんだから!」
ジリジリと距離感を測りながら睨み合うナナと雪男。
「……っ。任せた!」
そんな二人にハッとし、俺はナナが時間を稼いで対峙している合間に、リリィの安否を確認する為動き出す。
リリィの方へと急ぐと、雪男はマスターである俺にターゲットを変えようとするが、寸前のところでナナが気を引きながら時間を稼ぐ。
「リリィ! おい、大丈夫か!?」
「……だ、大丈夫です! それよりここは危ないので、お守りします」
後ろに飛ぶ事で威力を殺していた筈なので、吹き飛ばされた見た目のインパクトほど大きなダメージは負っていないだろう。
現に、リリィは膝を付きながらも何とか立ち上がった。
だが無視できない程度の傷が蓄積されている筈だ。
回復ポーションを飲ませたいが、難しいだろう。
それは雪男を倒してからだ。
リリィは賢い。なのに自分で動こうとするのを躊躇っている。
……俺だけ、守られてばかりだ。
自分に苛立った瞬間、俺はリリィに思いの限り言葉をぶつけた。
「ッーー聞け、リリィ! 俺の命令なんて待つな! 俺を庇うな! 囮になるくらい、命をかけるくらい、いくらでもやってやる! お前が一人で勝てないのなら、俺が、俺たちが、いつだってそばにいて助けるって約束する!
だから自由に動け! うじうじしてないで、空に羽ばたけなくても自由に舞え! お前なら、絶対に出来る!! その翼で、飛んで見せろッーー!! 」
俺はありったけの言葉でそう叫んだ。
本心で、心の奥底からの声で。
彼女が俺の声に振り向いた時、心が通じ合った気がした。
彼女は不安を宿した表情でこちらを見る。
「っ、良いんですかーー?」
「ーー良いに決まってるだろ!!」
怒鳴り返すように、俺は命令を下した。
普通、マスターが使徒を好きに動かせることはない。
何故なら使徒は自分で動くのが苦手だから。
でも彼女なら大丈夫だと思った。彼女が、自分で動きたがっている様に感じた。
だから、ただひたすら自由にーー!
「任せましたよ、マスター!」
「ああ。任せろ」
そう言うと、俺はナナと交戦している雪男の注意が引けるようワザと足音を出しながら突っ込んだ。
「……オラァ、来いよデカブツ!」
雪男は一瞬の内に、標的をナナから俺に変えて拳を振り上げた。
ーーガァ!
「容赦なさすぎる……」
「マスター、耐えて!」
俺の援護に向かってくるナナの声援を武器に、俺は雪男と真正面からぶつかり合った。たった一撃の拳を全力で受け止める。
重い、重い、重い!
でも、俺がやるんだ!
片腕分の筋力しかないナナでは、雪男と真正面から力比べはできない。
けれど俺にはこの剣がある。だから、この役目は俺のものだ!
弱音を吐かずに、キッと殴りかかってきた相手を恐怖に耐えながら虚栄で睨み返した。
剣が折れてしまわないことを祈りながら、とんでもない馬鹿力に負けじと耐え切った。
雪男が苛立ちながら、拳を引いてもう片方の腕で拳を振り上げる。
俺と雪男の間に、俺を庇うように割り込んでくるナナを見ながら、頬に汗が伝う。
二撃目が来れば終わる!
そんな思考が脳を過ぎった中、助けは来た。
「行きます!!」
──均衡した戦場の中、高く美しい音色が奏でられた。
それは救いにも等しい、彼女の声だった。
背後から猛スピードで向かってくるのは、コートを脱ぎ捨てコウモリの羽を曝け出したリリィだ。
まるで自身の体が羽毛のような軽さだと言わんばかりに、リリィは跳躍する。
彼女の右手の先にあるナイフが素早く振るわれ、雪男の顔を切りつけた。
的確に目を損傷させている。
雪男は悲鳴を上げ、血を流す片目を抑え、もう片方の目で憎き敵を睨みつけた。
「ッ、な。危ない──避けろ!!」
止まっていたかのような時が動き出し、重力が彼女を降ろす。
途端、彼女は顔を踏み付け再び跳躍する。怒り狂った雪男の我武者羅に振り回された腕を軽々と跳んで躱わし、受け流す。自由に。空を舞う蝶のように。
獰猛な悦びを浮かべる彼女は、他の誰よりもカッコ良く。
なんでもないかのように、ふわりと着地するリリィは、
──美しく、誰をも魅了する悪魔に見えた。
目を奪われる。
だが、思考とは裏腹に体は足を蹴り出していた。
(最高だ、相棒ッ──!!)
吐き出した白い息を置き去りにして、冷たい風が頬を撫でる。雪を駆け抜け雪男の背後へと回った俺は、落ち着いて狙いを定めて、そして無防備な首へ向けて剣を突き立てた。
ガンッ、と骨に弾かれる感触が手に伝わる。
「ッ──」
大きな負傷は与えられなかっただろう。
すぐに気づく。失策だ。
ヒットアンドアウェイで行くつもりだったのに。
無理をしすぎて、懐に飛び込みすぎた。
そこか、と言わんばかりに、振り向き手を伸ばして来る雪男に、まずい、と構え、
ザシュッ。
死角から現れたリリィによって、雪男は首にざっくりとナイフを突き刺され大量の血を流す。
そして内部から首を切断された雪男は間違いなく絶命したと言ってよかった。
その光景に目を取られ、危なかったと考えるのも束の間。
雪男は力尽きたのか俺の方へ倒れ込んで来た。
「っわ!?」
ヤバい。
倒れ込む雪男に身構えるも、その重量はやって来ない。
光を放ち、倒れる前に消えた雪男は光の粒子となって宙に漂うだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます