第8話

 騎竜は人を乗せないでの飛行を禁じられている。

 これは破ると厳罰を与えられることの一つなので、緊急時でもそうならないよう、騎竜も身体に染み込むまで教え込まれることだった。

 フェリックスは一人で飛んでいた。

 彼の気持ちは落ち着かないものだったが、空気を打つ翼の羽ばたきに迷いはない。

 フェリックスは『呼ばれていた』のだ。

 彼が呼ばれて行くのはフェルディナントだけだったが、この声は、例外だった。

 精霊が道を作っている。

 だから迷うこともなく、彼は飛んだ。

 精霊が大きく動く夜、世界は、幾筋もの、流星のような光の道が通り抜けて、それは美しく彼には見える。

 フェルディナントに見せてやれないことだけが残念だったが、仕方ない。

 なんだか今日は落ち着かないなとか、

 なんだか今日は嬉しげだなとか、

 フェルディナントはそれでも鋭く、感じとることがある。

 特に一緒に空を飛んでいる時、フェルディナントがなんだか今日は嬉しげだな、と声を掛けてくれると、フェリックスはそれを理解し、共感することがある。

 見えない世界が重なったようで、そういう時フェルディナントの手が額に触れると、フェリックスは無性の嬉しさを感じた。

 今宵の空は、凄い。

 輝く金の瞳に、人の目には映らない光の瞬きが映り込む。

 これは精霊の光なのだ。

 彼らが大きく動く時、或いは、密に集結する時に、光となって見えることがある。

 その光はあまりに集まると、人間の目にも見えることはあるらしい。

 だが竜の瞳は人間などより容易く、その光を捉える。

 フェリックスは光の道を追った。

 流星群が海に降り注いでいる。

 彼は躊躇いなく、高度を滑らかに下げて行くと、翼を畳んで海の中に光と共に飛び込んだ。

 長い時を、美しい殻の中で守られながら過ごす真珠のように、光に包まれて、海の中に沈むネーリがいた。

 大きな爪で攫うようにその体を掬い、海面へと飛び出す。

 強い力で水面を叩くと、ふわ、と身体が難なく浮いた。

 大きく風の精霊がうねった。

 ヴェネトへ向かって流れ込んでいた潮の流れが、変わる。

 押し寄せる波と共にフェリックスは光の流星の中を飛んだ。

 やがて、干潟の家に辿り着くと、優しく、砂の上にネーリの身体を横たえた。



 ――――ザザァ――――……!



 大波が、迫って来る。

 フェリックスは倒れているネーリの前に腰を下ろすと、波を待った。

 包み込まれるはずだった身体を、波がすり抜けていく。

 下ろしていた首を、彼はひょこ、と上げた。

 自分とネーリの周囲だけ、光に囲まれて水から遮られていた。

 数秒間、強く押し寄せ続けた波が、やがて引いて行く。

 身構えていたフェリックスは身体を起こした。

 光の流星が飛んでいくのが見えた。

 四方から飛んでいく光が、ある、一つの場所へ集結していく。

 ヴェネツィア王宮ではない。それより東。

 霧の中に佇む【シビュラの塔】へと。


 彼はじっと、その光景を見ていた。



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