第7話
フェリックスは空を見上げていた。
彼は人の言葉で言い表さないが、今日は風があって、涼しく、気持ちの良い夜だった。
――彼は『精霊の亜種』だ。
人間も風を感じ、気温を感じ、判断するが、竜の見方はもっと多層的だ。
人間が風を感じる時、竜は、風の精霊の息吹を感じる。
人間が気温の変化を感じる時、竜はあまねく精霊たちの動きの変化を感じる。
ぴかぴかと輝く金の瞳で、駐屯地の中央に佇み、半分に綺麗に欠けた月を見上げていた彼は、ある時、風の流れが変わったことに気付いた。
精霊が動いている。
星が輝くこの夜に。
クゥ……、小さく声を出した。
彼はフェルディナントの気配を、人間の何倍も鋭く感じ取ることが出来る。
駐屯地の奥に出来た騎士館の方で最近彼が寝るようになったが、今いる、すぐ側の騎士館で彼が眠っている時と、フェリックスが感じる印象は、実はさして変わらないのだった。
フェルディナントの気配がする方を、少し気にするように見たが、騎竜として育てられてきた記憶が、規律を守らせた。フェリックスは座っていた体勢を崩し、ゆっくりと歩き出した。彼は騎竜にしては駐屯地をウロウロする方だが、隊長騎としての絶対的な信頼感があるため、騎士たちも今ではフェリックスが歩き回っていることに、そんなに気を留めない。それでも昼間なら、駐屯地の入り口まで来た姿は目を引いただろう。今は星の瞬く夜だった。
駐屯地の入り口には守衛が立っている。彼はもう一人の守衛と話をしていたが、歩いて来たフェリックスに気付いた。
「夜の見張りか? フェリックス。お前は偉いなぁ」
駐屯地の入り口でまるで門番のようにピタッと止まって座っている騎竜に、彼らは笑った。
「確かにお前がそこにドン! といてくれたら、不審者なんか一撃で入る気無くすわな」
「飯も届かなくなるぞ」
「そうかそれはいかん」
「普通はやっぱりそれくらい怖がるよなあ。やっぱりネーリ様が変わってるんだよ」
「あの人最初からフェリックス触りに行ってたもんな」
「画家ってのは変わってるんだなあ」
「バカ。普通画家でも裸足で逃げ出す」
「小さい頃に竜を見たことがあるから怖くないのかな」
「幼獣だろ? あんなもん犬と同じようなもんだから成獣の迫力と全く違うだろう」
「だよなあ~」
「この前なんかフェリックスにくっついて寝てたぜ。凄すぎる」
「まあフェリックスの反応もネーリ様と俺たちとじゃ雲泥の差だからな。俺たちがお前に寄り掛かって寝ようもんなら、頭からかぶり付くだろフェリックス……」
笑いながら、もう一度竜の方を見た時だった。
数秒のことだ。
そこにいたはずの竜の姿がない。
「アレ?」
「フェリックスどこ行った?」
一人が駐屯地の外へ出て行くが、すぐ戻って来る。
首を振った。
「今、数秒前にいたよな?」
「いた」
「俺たち今、そんな目を放していたかな……?」
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