第4話

 真の騎士は自分から仕掛けることはない。

 何故なら騎士の剣とは敵を討つためではなく、貴人を守るためにあるからだ。

 或いは、弱きものを。

 つまり、騎士が戦う時は、側に必ず守らなければならないものがいる。

 安易にその場を離れることは、許されない。

 そして出来る限りの少ない剣撃で仕留めること。

 派手な斬り合いなど以ての外だ。

 速攻、一撃必殺。

 ラファエルに剣を教えた師が騎士の剣の理想に掲げたのはその二つ。

『そして必ず騎士は勝つこと。己が負けたら、守るべき者も殺されると思え。騎士の剣はひとたび抜けば、そこに自分以外の命の重みさえ背負っていることを決して忘れるな』


 ――フランス王と、その王弟オルレアン公の末子ラファエル・イーシャの話である。


 実はラファエルが社交界デビューする前に、王弟オルレアン公は一つ頭を悩ませていたことがある。女性遍歴の激しいラファエルが、女性関係において、どうやらフランス王の不興を買っているという話を聞いていたからである。ラファエルにも十分忠告を与えたのだが、改善せず、兄王にもそれとなく、くれぐれも末子をよろしくとは謝罪と共に声を掛けていたのだが、「何のことだ?」とはぐらかされるばかりだったので、心配していたのだ。

 しかしある日、オルレアン公のもとに、近隣に視察を行っていたフランス王が、何者かに襲撃されたという知らせが入って来た。なんとよりにもよってラファエルが居合わせたらしく、自慢の末子の剣の才能の無さを知っている父は眩暈でくらくらしたが、運良く、賊はフランス王の護衛が退けたという。

 戻って来た末子に、勇敢に戦えとは言わないが、身体を盾にして王を守るくらいしたのだろうなと慌てて聞くと、笑顔だけはフランス随一のラファエルは「危ない目にあった者同士、王宮でお茶をいただきました!」などと暢気に応えて、父親は膝から崩れ落ちた。

 だが後日、不思議な手紙が、オルレアン公のもとに届いた。

 先日、ラファエルと絵の話をした時に、見たがっていた絵を見せてやるので、王都に寄越すように、との手紙だったのだ。そんなことは初めてのことで、あんなことがあったから、気分はどうかと社交デビュー前の息子に気を遣って下さったのだろう、社交辞令だ、と父親は言ったが、ラファエルは確かに絵の話をしましたと、暢気にパリへと少ない供回りで出向いたのである。

 それからのこと。

 フランス王はラファエルを何故か気に入ったようで、優秀な護衛が必要なような長旅でも、彼を側に置いて、連れて行くようになった。

 女性の問題は以後、一度も二人の間には起こらなかった。

 それどころかフランス王が「もし私の愛妾がラファエル・イーシャを愛するならば、さすが目が高いと言うべきであろう」と公言したことはひどく社交界を驚かせた。そんなことは初めてのことだったからだ。

 二人が居合わせた場には王の愛妾が実際呼ばれ、二人が普段楽しむ芸術の宴のように、穏やかで美しく華やかな夜会となったので、余程王はあの貴公子をお気に入りなのだ、と人々は噂をした。

 我が兄ながら寛容な方だなあ、とオルレアン公は思ったものだが、フランス王は十六歳で社交界デビューしたラファエルに、一年後、聖十二護国の一つ、フォンテーヌブローの城を与え、その城に代々継承されて来た宝剣も与えたのである。

 この宝剣は歴史ある宝剣の一つであり、長くフランス王の愛妾が住まう城に収められていたのも、名のあるこの宝剣を、ただ一人に与えて、フランス王家に仕える全ての騎士たちに区別を付けたくないからなのだ、と言われていた。

 王が、譲位をされる時に王太子に託されるのではないだろうかと噂されていた、この騎士の中の騎士に与えられる宝剣を――。

 フランス王は何故か、武芸だけは出来ないと周知の事実の、この若き貴公子に気前よく与えてしまったのである。


 結局【Invincibleアンヴァンシーブル】の名を持つこの世にも美しい宝剣は、今も不思議な輝きでラファエル・イーシャの傍らを飾っている。



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