第2話
湿地帯の霧の中に篝火が幾つも動くのを、大広間の、王族用の桟敷から眺めていた王太子ジィナイースは、扉が開く音に振り返った。参謀ロシェル・グヴェンが入って来る。
「妃殿下はどちらに?」
彼は最初から、王妃セルピナ・ビューレイがいると思って入ってきたようだ。おや、という顔を一瞬見せた。
「ここにはおられない。俺は今さっきここに上がって来たが、一時間ほど前にダンスホールにいた時、ここから母上がお出になるのを見た。お前を探しておられたようだぞ。お前と一緒かと思っていたが」
「私は陛下の身辺の警護が十分か、見て参りました。捜索隊か、近衛騎士団と一緒におられるのかもしれませんね。もう一度見回って来ましょう」
「ロシェル」
王太子は呼び止めた。
「母上がお出になる時、ラファエル・イーシャを連れていかれたようだ」
「……ラファエル殿を……?」
一瞬何かを考えるかのような表情を見せたが、ロシェルはすぐに頷いた。
「そうですか。捜索隊か、近衛騎士団と一緒におられるのかもしれません。探して参ります」
「あの仮面の男、何者だ?」
「分かりません。じきに近衛騎士団を率いるイアン・エルスバト将軍からお話が……」
「嘘をつくな! 下の貴族どもたちが噂していたぞ! あいつは城下に出現し警邏隊を何人も殺している連続殺人者だと!」
ルシュアン・プルートは厳しく詰問したが、ロシェルの表情は揺るがなかった。
「ウソなど申し上げておりません。ジィナイース様。確かに城下にあのような殺人者が現われておりますが、それとあの仮面の男が同一人物かはまだ定かではないのです。捕らえて、素性を暴くまでは何も分かりません」
「俺に嘘をつくなよ!」
「私の言い方がお気に障ったのならお詫びします。殿下。しかし城下の事件は現在神聖ローマ帝国軍のフェルディナント将軍から全て城に報告が上がってきています。それは全て妃殿下のお耳には入っておりますし、殿下が何もお聞きになっていないのならば、妃殿下が貴方のお耳に入れるほどのことではないと判断されてのことでしょう」
ルシュアンは一瞬詰まった。
「……母上がどこにおられるか、本当にお前は知らないんだな」
「はい」
「……そうか。ならいい……。出て行かれた時、大分急いでおられたようだ」
「すぐに探して参りましょう」
ロシェルは一礼し、部屋を出た。
王妃が捜索隊や、近衛騎士団などと一緒にいないことは彼にはとっくに分かっていた。
そう口にしたのは退出する口実に過ぎない。
「賊が湿地帯に落ちたと言っていたが……」
彼はすぐ、王宮の長い廊下の向こうを見た。
(【シビュラの塔】を見に行かれたのか? それにしてもラファエル・イーシャを同行させるとは思わなかったが)
彼は思索をすぐにやめた。足早に階下へと下がって行ったのである。
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