海に沈むジグラート25

七海ポルカ

第1話



 湿地帯に続く奥庭に、イアン・エルスバトの姿があった。篝火が焚かれ、眼下にある湿地帯の霧の中に、火が揺らめくのを見ている。

「将軍!」

 二人、スペイン兵が駆けて来る。

「見つかったか?」

「いえ。この付近は徹底的に調べましたが、死体はありませんでした」

「そうか……んじゃやっぱり湿地帯の方に落ちたんやな。この霧も朝になったら消えるんだろうが……」

 数秒考えこんで、イアンは頷いた。

「分かった。俺も湿地帯の捜索に加わる。ここは任せるぞ」

「ご自分で行かれるのですか?」

「十分な手勢が湿地帯に出ています。お待ちくだされば、もう少しで……」

「いや……」

 イアンは歩き出す。

「あの塔の最上階から落ちたんや。絶対に即死しとる。普通なら遺体回収なんかに付き合わんけど……なんぞあいつは気になるんや。死体調べれば正体もじきに分かるのかもしれへんけどな。顔が見たい」

 対峙した時の空気を思い出す。何故か敵と対峙していると、イアンは感じられなかった。

 自分より小さな体格をしていた。襲われた死体の傷が凄まじかったのは、パワーというより、あの特殊な武器が原因なのかもしれない。

 印象的だったのは最後に向き合った時で、怒りの感情も、追い詰められた動揺すら感じなかった。イアンは戦場の指揮官なので、敵と対峙することはよくある。色んな敵と対峙して来た。怒りや、動揺や、殺気など、吹き出して来る感情を敵からはもっと感じるものだ。

(なにも感じなかった)

 ああいうことは非常に珍しい。元より死を覚悟していたのかもしれないが、それにしても悲愴感のようなものも感じなかった。

 白い、微笑の仮面のせいか、静かな気配しか印象に残っていない。

 あの男の顔が見たいとイアンは無性に思った。

 もう死んでいるし、あの高さから飛び降りたのだから、遺体の損傷も激しいはずだ。普通ならもう見たってどうしようもないと思って、変な感傷には浸らないのが彼なのだが、今は無性に見たいと思ってしまった。どんな顔の男が、あの体型で、屈強な警邏隊の男たちを襲っていたのかを。

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