第1話
第1章
カジノや賭場といった博打場は、どんな街や村でも存在する。
街々を渡り歩く冒険者や行商人たちにとっては手っ取り早い娯楽の場であり、自治体にとっては賭博税を巻き上げられる優良な財源だからだ。
そんなどこにでもあるカジノの前で、ちょっとした騒動が起こっていた。
「おい乱暴するなよ! 痛い痛い痛い! 客に何しやがるんだ‼」
「客だぁ? ふざけたこと言ってると、憲兵に突き出すぞ! オラッ、さっさと出ていきやがれ!」
「俺が何をしたって言うんだ⁉」
カジノの分厚く豪奢な扉がバンと乱暴に開くと、みすぼらしい恰好をした痩せた男と分厚い筋肉を無理矢理タキシードに押し込んだガードマンが組み合いながら店外に飛び出した。
痩せた男は三十手前だろうか。懸命にガードマンに抗い、店内に戻ろうと見苦しく暴れるが、体格と腕力の差は如何ともし難く、相撲の押し出しのようにジリジリと押し出されていく。
「何をしただぁ? 毎日毎日店内をウロウロして落ちたメダルをコソコソ拾い集めやがって! それだけじゃない。スロットの当たり台を見つけたら、その台が空くまでずっと後ろにへばりついていただろうが! そういうの、ハイエナって言うんだよ! オイ、手を貸してくれ!」
一気に片付けてしまおうと考えたガードマンが助っ人を呼んだ。
二人がかりになると、もはや抗うことすら不可能になってしまった。
ドンと突き飛ばされて無様にカジノの店先に転がる。
その日は雨がザーザーと降っていた。
カジノ前の歩道は人通りが多く、ドロドロにぬかるんでいる。そんな歩道に投げ飛ばされた男は顔面から泥の中に突っ込み、あっという間にまっ茶色に染まった。元々惨めだったのに、ますます惨めな様相になってしまう。
「お前はもう出禁だ! 系列店にも似顔絵を回すから、二度と来るんじゃないぞ!」
それだけを言い捨て、ガードマンはきらびやかなカジノの中に戻っていった。
残されたのは、泥まみれになった哀れな男一人。
道行く人々は彼を一顧だにしない。
「クソッ……!」
口の中に入った泥をつばと共に吐き出しつつ、ゆっくりと立ち上がる。泥と雨で体に張り付いた衣服が気持ち悪い。
服の裾をギュッと絞ると、ボタボタと茶色い水がしたたり落ちる。だが、激しく降る雨のせいで不快感は少しも解消されない。
「……他の街に行くか」
張り付く服を諦め、そんなことを呟く。
彼にとってカジノは唯一の金策手段だった。この街のカジノを出禁にされたのならば、他のカジノに行くしかない。
「カジノなんて、いくらでもあるからな」
そんな強がりを吐き捨てるが、惨めな気持ちと冷え切った体は誤魔化しようがなかった。
雨を防ぐ雨具はおろか、荷物も何もない。
疲れ切った身一つで人気がない寂れた街道をトボトボと歩く。
「次の街までどのくらいの距離だっけか……」
冷たい雨の中を長時間歩き続ければ、低体温症になって死んでしまうかもしれない。
そんなことは十二分に理解している。だが、だからと言って今の彼には対策など取りようがなかったし、対策を取ろうという気力も起きない。
死んだら死んだで、それだけのことだと割り切るしかない。
否、割り切るしかできない。
里程標を見もせず、アンデッドのようにノロノロと歩き続け、数時間が経った。
出発した街はもう見えず、次の街はまだまだ見えない。雨の中、道行く人も誰もおらず、世界が男一人になってしまったように錯覚してしまう。
そんな道半ば、
「――待て」
唐突に、背後から声をかけられた。
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