ブラック上司義経
乙島 倫
第1話 義経様のご命令である。誰か扇の的を射よ
後白河法皇の時代、平清盛は武士として初めて太政大臣となると一族は政権中枢の地位を独占した。いわゆる平氏政権である。清盛の娘の徳子と高倉天皇の皇子が安徳天皇として即位。平家の繁栄は絶頂期を迎えたが、東国を中心に各地で反乱が相次いで発生。そんななか清盛は病死してしまう。
清盛を失った平氏一族は反乱軍に追いやられ、京から福原へ、福原からは屋島へ、西へ西へと落ち延びていった。
讃岐国の屋島で反撃体勢を整える平氏に対し、義経は平家の隙を突いて阿波国勝浦に上陸。その後、屋島で激しい戦闘が発生した。一進一退を繰り返したが、互いに援軍到達を待っていたために決め手に欠っき、なかなか決着はつかなかった。しかし、その日の夕方、一人の女官の乗った小舟が現れた。その小舟には竿が立てられ、その竿に扇が掲げられていた。その的を射よとのいうことであった。
「だれか、あの的を射るものをおらぬか?」
陣幕の中で義経が問いかけた。しかし、応じる者はいない。仕方なく、義経は一人ずつ声をかけた。
「畠山重忠、そなたはいかに?」
畠山重忠は、宇治川で溺れかかった大串重親をつかんで対岸に放り投げ、巴御前と一騎打ちして打ち破ったうえにその鎧を引きちぎり、鵯越では馬を担いで崖を駆け下りたと言われる人物である。怪力の逸話の多い畠山重忠であったが、弓の腕には自信がなかったようで、的を射る役は辞退した。
畠山重忠は替わりに他の者を推挙した。
「下野国から弓が得意な武士が来ております。その者にやらせてはいかがでしょうか?」
「よしわかった。連れてまいれ」
畠山重忠は那須十郎を連れてきた。義経は目の前で平伏してしている那須十郎に尋ねた。
「那須十郎よ。あの小舟に扇の的を掲げる女官がおる。あの的を射よ」
しかし、那須十郎は丁重に辞退した。利き腕の右手に刀傷があり、傷が癒えていなかったからだ。
那須十郎は替わりに他の者を推挙した。
「私の弟に与一というものがおります。弓の修行をし過ぎて左右の腕の長さに差があるほどの者でございます。その者を連れてまいりましょうか?」
「よしわかった。連れてまいれ」
太陽はだんだんと西の海に傾きつつあった。
義経の前に那須与一が呼び出された。与一がひざまずくや否や義経は立ち上がった。
「与一とやら、あそこに見える扇を射よ。もし、断るというのならそなたは鎌倉へ帰れ」
「はっ、ご命令とあらば」
与一はすぐに射撃の準備のため馬にまたがって海岸へと向かった。
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