第7話

 それからも、しばらくは話し合いが行われたけれど、新しいことは何も分からなかった。結局、夜ももう遅いということで、その日は解散となった。


 仲間の一人が死んでいるのに、それをさも無かったことにして解散なんて、普通なら絶対にありえない。

 でも、死んだ漆代③が「突然現れたドッペルゲンガー」であるということ。そして、彼が死んでいた生徒会室が密室という「不可能な状況」だったこと。その死体が跡形もなく消えてしまったこと。

 それらの事実が組み合わさった結果、最初に漆代②が言った仮説――突然現れたドッペルゲンガーは突然死んで、突然消失する――という可能性を否定することが出来なかった。

 それに、

「と、とりあえずぅ……。車の鍵がなくなってしまったことについては、なんとかなると思いますぅ……」

「さ、さすがに、車で何時間もかけてやってきた山道を、徒歩で下るのはぁ……不可能ですぅ……。炎天下の昼も、街灯もなくて真っ暗になる夜も、徒歩で帰るのは自殺行為ですぅ……。で、でもぉ、」

「こ、この学校施設は、三泊四日で予約をとっていますのでぇ……。四日目の午前中までに、何の連絡もせず、山のふもとの管理会社に鍵も返さなかったならぁ……。きっと、その日のうちに、誰かが様子を見に来てくれるはずですぅ……」

 と、この施設を予約した芥子川たちが言ったことで、漆代の車がなくても、当初の予定通り合宿四日目になればここから帰れそうなことは分かった。


「まー。そーゆーことなら、とりあえずイマイマは、様子見でいーんじゃなーい?」

「そーそー。今日が二日目だから、あと一日ちょっとここにいれば、助けがくるんでしょー? だったら、よく分かんないことにオロオロしてるより、ポジティブにいこーよー!」

「そ、そうだよな? だってこれって、三機あったライフが一機死んで、残機が二機になったっつーだけだもんな。まだゲームオーバーじゃねーんだから、そんなに気にすることねーよな?」

「そ、そうですよねえ……。今はまだ、無理に動くべきじゃないと思いますう……」

「ってゆうかぁ……なーんかみんな、あんまり突っ込まれたくないことがあってヒヤヒヤって感じだしねー? ぷぷぷぅー」

「……ふん」

 私自身は、全くそんなことはない。

 でも他の人間たちは、そんな佐尻の言葉をまるで「助け舟」だとでもいうように。漆代③が消えたことを「当たり前」ということにして、当初の予定通り合宿を続けることにしたみたいだった。



  *



ハイメ③

「冗談じゃないわ」

ハイメ②

「何が?」

ハイメ③

「これが、『当たり前』ですって? ドッペルゲンガーだから消えるのも当然、ですって? ふざけないでよ!」


 合宿三日目の、朝食後。

 結局私たちは、特に他にやることもないということで、今日も合宿の目的だった課題制作を続けることになった。三人の城鳥ハイメも、他の人間には「自室で作業する」と言って、教室棟の一階から三階の自室にこもっていた。でも……。

 今私が見ていたのは、課題に関係するプログラミング画面じゃない。ノートPCに起動しているチャットアプリだ。

 三人に分裂する前の私は、初日に、校舎全体をカバーする無線LANと一緒にこのチャットシステムを構築した。二日目に三人に分裂したあと、そこに「城鳥ハイメ専用のチャットルーム」も追加していたのだ。


ハイメ②

「あなたは、そう思ってないのね?」

ハイメ③

「当たり前でしょう⁉ これは、どう考えても殺人事件よ⁉ 漆代③はこの中の誰かに殺されたのよ!」

ハイメ②

「この中の誰か、とは限らないでしょう? 外部犯の可能性だってあるでしょう?」

ハイメ③

「外部犯が、いつこの学校に忍び込んで、いつ逃げ出したのよ⁉ 漆代の死体が見つかるまで、私たちは自由にこの校内を行き来してたのよ⁉ それなのに、その誰にも見られずに校舎三階まで行くことなんて、できるはずがないでしょう⁉ だいいち、外部犯に私たちを殺す理由なんかないじゃないの⁉」

ハイメ②

「それは、そうだけど」


 このチャットルームは非公開で、私たち三人以外は見ることが出来ない。だから、というわけじゃないだろうけど……今の③は、だいぶ取り乱しているようだった。

 昨日の夜、漆代③の死体を見つけた直後の①も似たような状況だった。だから、自分の中にそういう一面があることは、否定しない。

 でも、さすがに一晩経ったというのに、いまだにこんなテンションが続くものだろうか?


ハイメ①

「少し、落ち着きなさいよ? 見苦しいわよ >③」


 昨日は取り乱していた①にまで、そんなことを言われてしまう始末だ。

 でも、それで③の興奮は収まることはなく。それどころか、火に油を注いだようだった。


ハイメ③

「あなたは①だから、そんなことを言えるんでしょう⁉ たとえドッペルゲンガーが突然消えてしまうのだとしても、①の自分は安泰だから!」

ハイメ①

「別に、そんなつもりはないけど」

ハイメ③

「どうせ自分だけが本物で、私たちのことは偽物だと思ってるんだわ! だから、偽物の私たちが急に死んだり消えたりしても、関係ないって!」

ハイメ①

「だから、そんなつもりはないって」


 どうやら③の今のエキサイト状態は、そんな焦り――あるいは①に対する嫉妬が、根拠になっているみたいだ。

 昨日漆代②が言った、「突然現れたドッペルゲンガーは突然死んで、突然消失する」という説。それを「当たり前」だとしたとき……次に死んでしまうのは、誰なのか? 消えたのが漆代③ということを考えると、次も、誰かの③と考えるのが自然じゃないだろうか? つまり、その説が真実だとすれば、①や②の私よりも先に死ぬのは城鳥ハイメ③。

 それに気づいたから③は、いまさらになって漆代②説を否定して、昨日のあれが「殺人事件」だという主張をしている……ということらしい。

 でも。


ハイメ①

「だって、どっちにしろ私たちは全員が偽物みたいなものなんだし」


 ……。

 そこで受信した①の書き込みに、私は硬直してしまった。

 偽物……。

 それは、いつも私が――城鳥ハイメが――、心の中で思っている自己嫌悪の言葉だったから。

 私は、偽物……。

 外側だけを取り繕って、まともな人間を演じているだけ……。プライドが高いくせに臆病者の、中途半端な化け物……。

 自分の言葉だけに、それは切れ味が鋭く、心の深い部分をえぐってくる。

 きっと③も同じ気持ちなんだろう。その証拠に、しばらくの間、そのチャットルームは何のメッセージも流れない沈黙の時間が続いた。

 それから、ようやく、


ハイメ③

「私は、」


 誤って一部だけ送ってしまったのか、そんなメッセージの断片だけが表示される。そのあとすぐに、その続きも受信した。


ハイメ③

「私は、自分こそが本物で、あなたたち二人のほうが、分裂した偽物だって思ってる。だから、もしもこれから偽物のドッペルゲンガーが消えていくのだとしたら、次に消えるのは①②のどちらか。そして、最後に残るのは私だけ」

ハイメ②

「あら、奇遇ね? 私も実は、本物は自分だけだと思ってるの」


 ふふ……。

 書き込んでから、ちょっとニヤけてしまった。

 やっぱり、この③は自分だ。見た目や声よりも、ただの文字上のこういうやり取りにこそ、それを思い知らされてしまう。


ハイメ③

「でもね、そもそも『ドッペルゲンガーは突然消える』なんてこと自体が、漆代が勝手に言ってるだけの、妄想なのよ。根拠も何もないし、私はそんなの信じてない。

だから、もっと論理的で妥当な予想として、昨日起きたことはただの殺人事件に違いない。だとするなら、自分たちの中にその犯人がいる可能性が高い。そんな状況が、耐えられない。さっきは、そう言いたかったのよ」

ハイメ②

「なるほどね」


 さっきの「嘘くさい」取り乱し方。それは、会話をこの方向にもっていこうとして、わざとやっていたことだったのだろう。そんな自分の「性悪さ」が分かってしまったので、私はつい呆れ顔になった。

 でも、そんな③が言っていることは、昨日私が考えていたことにも通じるものがある。だから私は、そんな③の誘いにあえて乗ってあげることにした。


ハイメ②

「私だって、ドッペルゲンガーだから突然死んで、突然消える、なんて。そんな妄想が真実だとは思ってないわよ。バカバカしいにも程がある。普通に考えたら昨日のあれは、殺人事件に決まってる。

でも、今のところはそれを主張するにも、材料が足りなすぎるのよね。密室に、死体消失なんて。二つも不可能状況が重なっている現状じゃあ、下らない妄想でも否定できないの。他のやつらは、この状況をあんまり深刻に考えていないみたいだし」

ハイメ③

「下手に意見を言って悪目立ちしてしまったら、犯人に目をつけられて、命を狙われるかもしれないしね」

ハイメ①

「そうね。それは言えてるわ。でも……だったら、」


 そこで①から私たち二人に、「ある提案」があがった。


ハイメ①

「こういうのはどうかしら?」

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