第6話

 そのあとは、漆代たちの「事情聴取」の番となった……のだけど。


「ま、まあ、俺たちのことは、さっきマナオとハイメちゃんたちが言ってくれたから、別にいいよなっ⁉」

「え……あ、ああ! そ、そうだな! 特に、付け足すこともねーよ! ①と③がハイメちゃんに会いにいったりして、そ、それから九時くらいに、俺②が俺③の死体を見つけたって、感じ……だよな⁉」

「そ、そういうことだぜ!」


 さっきの私の「事情聴取」のときに話題にあがった、漆代②はなぜ私の部屋には来なかったのか?について、彼らは改めて言及しなかった。

 さっきは一瞬漆代②のことを睨みつけていた漆代①も、特に打ち合わせがあったわけでもないのに、今は完全に「本人同士で意気投合」という感じ。

 それは、明らかに怪しい、不審な行動ではあったのだけど。最初に「自分自身による、プライバシーに配慮した事情聴取」……つまり「言いたくないことは言わなくていい」という前提で始めたことだったので、誰もそれ以上彼を追求することは出来なかった。



 その代わり、というわけじゃないだろうけど。

「つーかさ……そういえば俺、夕食のあと、一回だけトイレに行ったんだけど」

 漆代①が、芥子川たちのほうに、怪しむような視線を向ける。

「そんとき一階のトイレって……誰もいなかったぜ?」

「え、えぇぇ?」

「だって、夜の学校とかなんか……嫌な雰囲気だろ? だから俺、トイレ入ったときに一応、中を確認したんだよ。だけど、そんときは確かに誰もいなかった。二つある個室も、掃除用具入れも、全部空だったんだよ」

「あ。それ、俺もだわ」

 漆代②も、同調する。

「俺が二階のトイレに行ったときも、確かに中には誰もいなかった。……たしかあれは、八時半くらいだったと思う」

「ああ。俺も、時間はそのくらいだな」

「……あら? それって、おかしくない?」

「だって彼、さっき『夕食後はお腹を壊して、三人ともずっとトイレにこもってた』って言ったわよね?」

「さっきの話だと、各階のトイレの個室には一人ずつ芥子川がこもってたはずなのに。八時半の時点では、一階にも二階にもトイレには誰もいなかった……矛盾するわ」

 漆代二人に加えて、私たちハイメ三人の視線も、芥子川たちに集まる。容疑者を追求するような、厳しい視線だ。

 ただやっぱり、佐尻たちだけは、

「個室に誰もいないか確認したってー……学校のトイレに花子さんがいたらどうしよー、とか思ってビクビクしちゃったのー?」

「いちいち掃除用具入れの中まで見てるとか……もう必死じゃーん!」

「もしかしてルアムくん、まだまだおねしょが治ってないんじゃないのー?」

 と、漆代をからかう方に夢中みたいだったけど。


「「ど、どういうことだよ⁉」」

 佐尻たちのからかいは無視して、問い詰める漆代①②。でも、言われている芥子川たちには、特に慌てた様子はなかった。

「ぐ、ぐふっ。ぐふふふ……」

「……は?」

 なぜか、青いTシャツの芥子川が一瞬だけ私の方に視線を向けてから、それをすぐに漆代たちのほうに戻して、

「ふへへ……そんなふうに責められるのは、嫌いじゃないのですがぁ……。ざ、残念ながら、ボ、ボクたちのターンは、もう終わってますのでぇ……。今の時点で、これ以上お話出来ることは、ありませぇん……。漆代さんたちがこれ以上話すことがないのでしたら、最後に、佐尻さんたちの『事情聴取』のターンにしましょぉかぁ……」

 と、話を先に進めてしまった。

「何よ……?」

 私には、さっきの芥子川の視線の意味が、全く分からない。ただただ、不快感と気持ちの悪さだけが残った。



 そして最後に、佐尻たちの「事情聴取」になって……。

「はいはーい。あたしたちは夕食のあとちょっと部屋でダラダラしててー……それから、八時十分くらいかなー? 三人一緒にシャワー浴びにプールのところにテクテク歩いて行ったんだよねー?」

「うんうん。それで、そのシャワーが終わったあと、『三人一緒に一年一組の教室に帰って』きてパジャマに着替えようとしてたらー、ちょうどそこでマナオくん二人が来てー。部屋の外から、あせあせしながら『急いで三階の生徒会室に来てー』なんて言ってさー」

「そーそー。でもそのときあたしー、三人ともナイトブラとショーツだけだったんだよー? 仕方ないから、部屋の中から『先に行っててー』って返事してー。今着てる服にいそいそ着替えなおしてからー……」

「え? 三人……?」

 私のつぶやきに、ニコッと可愛らしい笑顔を送ってくる佐尻たち。

「そーだよー。あたしたちー、せっかくこんなワクワクする状況なんだから、もっとこの状況を楽しもうと思ったのー。だから、今日からドッペルちゃんたちと一緒の部屋ですごそうと思って、寝袋とか荷物全部、一階の一年一組の教室に持ってきちゃったんだよー」

「ねー? 自分たちと、いろいろお話してみよーかと思ったんだよねー。これがホントの自問自答、的なー?」

「あたしってー、結構自分のことラブラブな人なんだよねー」

「……あ、そう」

 それは、自分が大嫌いな私には、とても信じられない考え方だ。でも、今までに見てきた気楽で適当な佐尻の性格を考えると、充分にありえると思った。


「でー。着替え終わってから、三人で三階の生徒会室に行ってみたらー。ルアムくんの一人が『あんなふう』になっちゃってて、マジマジー⁉ ビックリー! ……って、感じでーす」

 緊張感のない言葉で、そう締めくくった佐尻。

 そんな彼女の発言にも、いろいろと突っ込んで追求したいところはあったけど。でも、この「事情聴取」の前提から、漆代のときと同じようにそれは出来なかった。




「「「……なるほどね」」」

 そこでまた、私たちは声を揃えてしまう。でも、今はそれも、あまり気にならなかった。そんなことより、もっと重大なことに気づいてしまったからだ。他の二人はどうか分からないけど……いや、おそらく二人も自分と同じだろう。


 芥子川が提案した、「自分で自分自身に事情聴取する」という行為……最初は、バカみたいな茶番だと思っていた。自分で言いたくないことを言わなくていい事情聴取に、何の意味があるのか、と。

 でも、逆に言うなら……「言いたくないことを言わない」ということは、つまり「言わなかったことが本人にとって都合の悪いこと」ということだ。


 例えば。

 漆代②が私の部屋にこなかった理由。

 芥子川たちが、「ずっとトイレにこもっていた」という「嘘」をついた理由。

 そして……。

 「八時十分にシャワーを浴びに行った」はずの佐尻たちが、九時ごろに芥子川たちが声をかけに来たときに、「ちょうど部屋に帰ってきたところだった」こと。それが本当なら、彼女たちは一時間近くもシャワーを浴びていたことになってしまう。

 確かによく見れば、今の彼女たちのウエービーな茶髪は、いまだにしっとりと濡れているように見える。芥子川②③が部屋に行ったときには、まだドライヤーをかける暇もないくらいにシャワーから帰ってすぐのタイミングだったということだ。じゃあ、そのシャワーの前は何をしていたのか?


 それらの、「彼らが言いたくなかったこと」の中には、きっと、この状況の不思議さを説明できるような秘密もあるはずだ。

 私がアリバイ確認を提案しただけでは、「やけに佐尻が焦っている」くらいしか分からなかったのに。この「事情聴取」によって、自分以外の三人――つまり、漆代②、芥子川①②③、佐尻①②③の七人――に、疑わしいところが浮上した。

 心にやましいことがある人間でも、「自分で自分を取り調べさせる」という提案であれば、受け入れざるをえない。そして、その中で秘密を「言わせる」のではなく、あえて「言わせない」ことによって、その秘密をあぶり出す。

 それが、この「事情聴取」の本当の目的だったんだ。


 まさか、漆代がトイレに来たことを証言するとは想定出来なかったのか、自分自身にまで怪しい部分が出来てしまったみたいだけど……いや。

 もしかしたらそれすらも、何かの作戦なのかもしれない。

 ただの気持ち悪いオタクを取り繕いながら、そんなふうに裏側から場をコントロールしている芥子川のことを、私は少し見直していた。

 それとともに。

 もしもその芥子川が、自分たちにとって害のある存在だったら……と考えて、恐怖も感じてしまうのだった。



「……おい、マナオたち。お前ら、佐尻には一年一組の教室の外から声かけただけなんだよな? ってことは……部屋の中にあいつが『三人いる』ことまでは、確認してねーのかよ?」

「そ、そうだよな? 部屋から三人の声がしたからって、本当にそこに三人いるかなんて、分かんねーよな? ドッペルゲンガーなら声もおんなじなんだから、一人で三回返事することだって、出来るんだからな」

「い、いえぇぇ……じ、実は、あのときの佐尻さんの部屋は、ちょっとだけ入口の戸が開いてましてぇ……」

「そこからチラッと見えたのですがぁ、確かに中には、三人の佐尻さんがいましたぁ……」

「ちょっ⁉ お、お前それ、佐尻の部屋、覗いたってことかよ⁉」

「部屋ん中で、着替え途中で下着姿だった佐尻を見たってことかよ⁉」

「えー、やだー! マナオくん、覗き魔なのー⁉ ゲロゲロー! 最悪なんだけどー!」

「ち、違いますよぉ⁉ さ、最初から戸が開いてて、ふ、ふ、不可抗力でぇー!」

「っていうか、さっきから下半身モゾモゾしてなーい⁉」

「し、してませんよぉー!」

「よく見たら目がギンギンじゃーん! もおーう、何考えてんのー⁉」

「へ、変なこと、言わないでくださいよぉー! で、でへへへ……」


 ……いや。やっぱり、買いかぶりすぎかも。

 「クラスの陽キャにイジられるオタク仕草」が染み付いている芥子川たちを見ていると、私は、自分の考えに自信が持てなくなってしまった。

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