第2話

 生徒会室から消えた、漆代③の死体。

 それだけでも充分に異常だったけど、そのあと調べてみて、「二日目の朝に増えた漆代の私物」も一緒に消えていることが分かった。


 理解を超えた状況に、口数が少なくなった私たちがまた職員室に戻ってきたところで、

「俺が考えてること……言わしてもらっていいか?」

 漆代の一人が、そう切り出した。

 ある意味では「当事者」とも言える彼を、止めるような人間はいない。その場の全員の了解が得られたことを確認した彼は――まず、自分のことを漆代②だと名乗ってから――話し始めた。


「どうして、生徒会室で俺③が死んでたのか。それは分かんねーけどさ……多分、自殺ってセンはねーと思う。確証があるわけじゃねーけど、ある意味、自分のことだからな。自分と同じ性格のやつが、そう簡単に自殺したりしねーってことは、断言できるぜ」

 そう言って、漆代②がもう一人の別の漆代――今生きている漆代は①②だけなので、つまり漆代①――に目配せすると、彼もそれに同意するようにうなづいた。

「んで。そんじゃあ、さっきハイメちゃんが言ってたみてーに『どっかにやべー殺人鬼が隠れてて』、そいつにやられたのかっつーと、正直俺は、それもありえねーと思ってて……」

「え……?」

「だ、だってさ……さっきのあの生徒会室って、普通に考えてありえない状況……いわゆる、『密室』ってやつだったんだよ?」

「密室?」

「ああ、そうなんだ」

 そう応えたのは、ハイメ①のすぐ隣の漆代①のほうだ。

「ハイメちゃんは見てたと思うけどさ。あの生徒会室は最初、入口に鍵がかかってて入れなかったんだ。だから、俺らで体当たりしてドアをふっとばして……そしたら、中に死体があった。部屋の鍵は、俺③の死体のすぐ近くに落ちてたし。ベランダに通じてる窓も確認したんだけど、全部鍵がかかってた。だから、あのときあの部屋は密室だったんだ」

「そ、そんな……」

 漆代①は今、教員用のキャスター付きチェアに座っているハイメ①に自分の椅子をくっつけて、膝に置かれているハイメ①の両手の上に自分の手を重ねている。まるで、不安な気持ちの彼女を励ましている彼氏のような態度だ。

「……っ」

 自分と同じ姿の①がそんなことになっているのを見ると、いやでも自己投影してしまう。①ではなく、②の自分が漆代①に触られているような気分になって、私は鳥肌がたつほどの嫌悪感を感じてしまっていた。


 漆代②が続ける。

「それだけでも、すでに、百パーわけわかんねー状況だけどさ。それに加えて、『ついさっき』のことで、それがもう限界突破しちまった、っつーか……」

「『ついさっき』のことってー……この職員室に全員がフルフルで揃ってたときに、ルアムくんの③くんの死体が消えちゃったー、ってことだよねー?」

「確かに、あれは不思議だったよねー? どういうことなのかなー? あたしも、興味津々ー!」

「むしろ、奇々怪々ー?」

「だよな」

 その不思議さは、ついさっき全員が確認した。

 漆代③の死体を発見したあと、漆代と芥子川は手分けして校舎の中を調べて、私たち以外には誰もいないことを確認したはず。なのに、そのあと職員室にドッペルゲンガーも含めて生きている全員が揃っている状態で、死体が消えてしまった。

 「不思議」というよりはむしろ、物理的に「不可能」な状況だ。まるで、ドッペルゲンガーが突然現れたのと同じで、原理を考えても意味がない超常現象――この世界を物語としたときの、ただの「設定」――にさえ思える。


 そんな私の考えを肯定するように、漆代②もこんなことを言った。

「そういう、訳わかんねーなかで俺③が消えたっつーことはさ……それって全部、俺③が『ドッペルゲンガーだったから』っつーことで、納得するしかねーんじゃねーのかな? つまり、今日突然現れたドッペルゲンガーは、死ぬときも突然で……。もともと最初から存在しなかったんだから、死んだら綺麗さっぱり消えちまう……的な」

 密室と、全員が職員室にいる状態での死体の消失。その二つの不可能状況が重なっているから、漆代③が死んだのは、超自然的な理由。そもそもが、物理や論理を無視して突然現れた超自然的なドッペルゲンガーだから、たとえ密室の中にいてもその命は突然絶たれて、誰の手も借りずに死体も消えてしまう……漆代②は、そう言いたいのだろう。

 二日目の朝に増えた「ドッペルゲンガー」と「その私物」がセットで消えていることも、その理屈に合っている気がする。


 でも……本当にそれでいいの?

 私には、それは、あまりにも単純過ぎる考えのように思えた。


「た、確かにぃ。『突然現れたから、突然消える』ぅ……。それってすごく、自然なことのような気がしますぅ……」

「ふーん、そういうもんなのかなー? でも、まー。ルアムくん本人がそういうふうにペラペラ言ってるんだし、それでいっかー」

「つーかー。あたしって難しいこと考えると、頭ジンジンしてきちゃうんだよねー。だから別に、異論とかないでーす」

「こーらー! 誰か今、あたしのこと『頭ゆるゆる』だとか言ったなー⁉」


 単純だからこそ、その考えは浸透しやすいみたいだ。

 すでに、さっき漆代②が言った「ドッペルゲンガーは突然消える」説は、この場の一同に受け入れられ始めていた。


 でも……。

 やっぱり、「それ」じゃだめだ。


 いくら、この校舎ではすでに「一人の人間が三人に増える」なんていう、絶対にありえない不思議な現象が起きているからといって。ここで起きる他の全てのことまで「超常現象」として片付けてしまうのは、乱暴過ぎる。そんなの、ただの思考停止だ。今日だけでいろいろなことが起こりすぎて、考えるのが億劫になっているだけだ。

 もしも、この場にこれから誰か別の人――例えば警察とかが来たとして。そういう、「物事を客観的に判断できる第三者」は、そんな乱暴な説じゃ納得できないだろう。


 納得。

 そうだ。今私たちに必要なのは、自分たちが巻き込まれているこの現象についての……誰もが納得できる仮説だ。

 思考停止じゃなく。「超常現象」なんていって、考えるのを放棄した結果じゃなく。

 存在する全ての証拠と矛盾することがない、論理的な推理によって導かれた……誰もが疑うことの出来ない「真実」だ。それを見つけない限り、私たちはずっと安心することは出来ない。

 だと、すれば。


 そこで私は、漆代②の説によってまとまり始めていたこの場の平穏を、ぶち壊すように、

「漆代③は、今日の夕食のときには確かに生きていたわ。そのことは、みんな覚えているわよね? その夕食が終わったのが……たしか、七時四十分ごろ。そして、彼の死体を発見したのが九時過ぎ。だったら、その間の全員のアリバイを確認しておいたほうがよくないかしら?」

 と、言った。

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