第3話
「「え……」」
「「「えー!」」」
私の言葉の直後に、周囲から、何種類かの戸惑いの声がユニゾンで聞こえてきた。そのうちの一種類――三人分は、
「やだやだー! それって、もしかしてもしかしてー、あたしたちの中に犯人がいるかもとか、言ってるー⁉」
佐尻たちだった。
「ねー? アリバイ聞くってことは、そーゆーことだもんねー? あたしらが殺したかもしれないって、バチバチに疑ってるってことだもんねー?」
「えー、ショックー! ハイメちゃんとは、心と心がガチガチに通じ合った、友だちになれたと思ったのにー!」
「あたしらの気持ち、いつからこんなにバラバラになっちゃったのー⁉」
歯が浮くようなそんなセリフを吐きながら、不機嫌そうにこちらをにらみつけてくる、三人の佐尻たち。
これまでの、いつでも笑顔を絶やさなかった彼女と比べると、その態度には少し違和感がある気もする。でも、こういう女性には裏表があるというのもよく聞くし、こちらの一面のほうが彼女の本性に近いのかもしれない。
そんな佐尻たちを説得するために、私は「仲間」を作ることにした。
「あなたたちの言いたいことは、分かるわ。ええ、そうね。急にアリバイなんか聞かれたら、いい気持ちはしないわよね? でも、何も私は、この中に漆代を殺した犯人がいるって言ってるわけじゃないのよ?」
「えー? うそうそー、ホントにー?」
「ええ。たとえ……『校舎には私たち以外の人はいない』ってことを漆代たちが調べてくれた、とか。そもそも『校舎の中に私たち以外の人間がいたら、目立ってしまってすぐに誰かが気づくはず』、とか。そんな事実があるからといって、『私たちの誰かが犯人』なんてヒドいことを、思うはずないでしょう?」
「それ……『私たちの中に犯人がいる』って、ほぼほぼ言ってるようなモノだと思うんだけどー?」
その言葉を、「ふふ」と受け流して、
「ただ、『漆代の身に何が起こったのか』を知るために、みんなで情報共有をしましょう、って話なのよ。それに、何もやましいところがないのなら、何をしていたか、くらいは話せるはずでしょう? 少なくとも私は……いいえ『私たち』は、アリバイを話すことには何の抵抗もないわ。……ねえ?」
自分の分身たちに話を振る。すると、①も③も一瞬驚いたみたいだけど、すぐに賛同してくれた。
「ええ、もちろんよ。私はあの彼の死には、何の関係もない。だから、それを躊躇する理由なんてないし。むしろ、私が情報を提供することで、今起こっている不思議な状況が解明できるかもしれないのなら、喜んで協力するわ」
「あら、私だって同じ考えよ? ルアムく……じゃなくて。漆代③の死の真相を究明するためなら、みんなの前でアリバイを話すことは、別に問題ないわ」
「ありがとう」
周囲を見ると、さっき「ドッペルゲンガーは突然消えるのが当然」という漆代の説に納得していたはずの芥子川三人も、こちらに目線を合わせて、小さくうなづいている。アリバイ確認自体には特に異論はないみたいだ。
その説を言った当人の漆代たちは、まだ少し戸惑っているようで、「アリバイ、っつーか……なあ?」「あ、ああ。俺だって、別に……」なんて、ブツブツとつぶやいている。でも、下手に拒否して、私に嫌われたくはないだろう。
分が悪くなってきて、佐尻たちも焦り始める。
「も、もーうハイメちゃん、冗談キツキツだよー⁉ あたしだって『やましいこと』なんて、あるわけないでしょー⁉ そんなのじゃなく、普通に、プライベートなことだから言いたくない、ってだけだからー!」
「だ、だって夕食のあとどうしてたとか……そ、そんなの、あたしの勝手じゃーん? 女の子だから、いろいろとやんなきゃいけないこともあるしー? そーゆーのを他の人に聞かれるのとか、ゴリゴリのプライバシー侵害だと思うんだけどー⁉」
「そ、そーだよそーだよー! なんでそんなこと、ここで言わなくちゃいけないわけー⁉ これが、警察の取り調べとかなら、まだギリギリ我慢出来るかもだけどー……ハイメちゃんには、そんな権利ないでしょー⁉」
うるさく反論する佐尻たち。でも、その言葉にはあまり説得力がない。というか、むしろ言えば言うほど「自分にやましいことがある」と主張しているみたいだった。
ふふ……。やっぱり、アリバイ確認を切り出したのは、正解だったみたいね。
ただの「超常現象」なんて言ってやり過ごしていたら見えてこなかった「仮説」が、さっそく顔をのぞかせたのだから。
……でも。
私は、そんな「仮説」の主役となる佐尻たちをさらに追い込んで、その「やましいこと」の正体を追求する最後の一手を、打つことが出来ずにいた。
だって佐尻の言った言葉にも、一理あると思えてしまったから。
例えばこれが、「普通の殺人事件」だったなら。
廃校に集まった大学生の男女。そのうちの一人が殺され、この場所から脱出するための唯一の手段である車の鍵が消えた……そんな、推理小説のような展開だったなら。
私たちは自分で自分の命を守るため、その「殺人事件」の犯人を探す。それは、妥当なことだ。そのために、一時的に個人の権利を侵害する――プライバシーのことは一旦忘れて、被害者の死亡推定時刻の各自のアリバイを聞く。それを強行することも、出来たはずだ。
でも、残念ながら今の状況は、そうじゃない。
今死んだのは、普通の大学生の漆代ルアム……じゃなく、それが突然分裂して生まれた漆代③……ドッペルゲンガーだ。
漆代と同じ見た目と記憶、性格を持っているけれど、ほんの一日前までは、この世界には存在しなかった命。本当に人間かどうかすら分からない存在だ。
そんな漆代③が死んだからといって、残った人間が被害を受ける必要があるのか? そもそも、「ドッペルゲンガーが死ぬ」ということは、「普通の人間が死ぬ」ということと同じなのか? たとえ誰かが漆代③を殺したのだとして、そこに殺人罪は適用できるのか?
そんなことを考えていた私は、佐尻の意見に反論することができなくなっていた。
「……」
何も言わない私の様子を見て勝ち誇ったように、大きな胸を張る佐尻たち。
「はいはーい! じゃあこの話題は、このへんでそろそろしゅーりょー、ってことでー!」
「こんな状況なんだから、お互いを疑ってピリピリするんじゃなくて信頼しあってこーよー?」
「そーそー。どうせ、密室とか、死体を消すなんて、この中の誰にも出来るはずないんだからー。ワケわかんない超常現象を真に受けてプライバシー無視の取り調べ、なんてナシナシの方向でー」
と言って、彼女たちはその会話を強制的に終わらせようとした。
「そう、ね……」
これ以上は無理だと思った私も、それを受け入れることにした。
まあ、今のところは、これでいいとしよう。結局アリバイを聞くことは出来なかったけど。そのアリバイ確認を提案したことで、佐尻が有力な「容疑者」として浮上したことは確かなのだし。あとはもっと落ち着いてから、慎重に、この仮説を裏付けるような証拠を集めていけばいいのだから。
と、そこで、
「つ、つ、つまり、プライバシーに配慮して……警察のように『アリバイを聞く権利がある人』が聞くのなら、問題ないわけですよねえ……?」
と言う声が聞こえてきた。
「……え?」
「は? 今、なんて?」
「ふ、ふふ……。ふ、普通なら、そんなことは出来ないと思いますが……。他でもない今の状況なら、そ、それも不可能ではないのではあ……? 『絶対にご本人のプライバシーを侵害しないように配慮』したうえでの、アリバイ確認……。そんなことも、今だったら、出来るのではないですかあ……? ぐ、ぐふ……ふふふふ……」
そう言って不気味に笑ったのは、青いポニーテールをシュシュでまとめた美少女キャラのTシャツを着たオタク……芥子川だった。
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