Chapter②

第1話

 あれから三十分くらいあと。私たちは、別校舎の職員室に集まっていた。

 

「ハイメちゃん……大丈夫?」

「や、やめてっ⁉」

 漆代――もちろんさっき生徒会室で見た死体ではなく、生きている二人のうちの一人――が、ハイメ③の肩に手をかけようとする。でも③は、すぐにその手を拒絶した。

 ③は、さっき生徒会室で漆代の死体を見た直後に、体調を崩したのか、部屋を飛び出してトイレに直行していた。隣の漆代は、そのことを気にかけてくれてるんだろう。それはきっと、③も分かっている。

「私は、大丈夫だから……。放っておいて……」

 それでもハイメ③は、うつむきがちにそれだけ言って、彼から距離をとっていた。


「……」

 ③だけでなく①も、相当ショックを受けているらしい。倒れている漆代を見て、それが死体であることを理解したとき。①は、こちらが驚くくらいの大きな悲鳴をあげていたから。今も、真冬の寒空の下に放り出されたかのようにスカートの裾をガタガタと震わせていた。


「……ふん」

 そんな二人に対して、私は――つまり、「ハイメ②の自分」は――、呆れ顔を向けていた。

 だって、自分と同じ姿でそんなブザマなマネをさらしている二人のことが、我慢ならなかったから。「そんな恥ずかしい姿を衆目に晒して自分の価値を下げるな」なんて、二人に説教でもしたいところだ。いつもなら。

 でも、今は……「助かった」という思いのほうが本心かもしれない。自分と同じ姿をした人物が取り乱しているところを見て、逆に気を落ち着かせることができたのだから。

 もしも、ハイメ①や③のそんな行動がなかったなら……ショックでトイレに駆け込んで嘔吐したり、悲鳴をあげて体を震わせていたのは、私のほうだったかもしれないのだから。



「た、大変なことに、なってしまいましたねぇ……」

 芥子川の一人が、職員室を見回しながら、つぶやいた。

 芥子川の三人や、まだ生きている漆代二人は、私たちハイメ三人に比べると少しは冷静みたいだ。彼らはさっき、死んだ漆代を見つけた後、その死体や生徒会室の中を調べていた。それにここに来る前にも、手分けして校舎の中の教室を調べてくれていたようだ。

「ち、ちなみに……さっきの『彼』は……今朝、あの三階の生徒会室で目覚めた、漆代ルアムさん……つ、つまり、漆代さん③で、間違いないですかぁ?」

「え? あ、ああ。多分、そうなんじゃね? ……なあ?」

「え? だって俺が①で、おまえが……」

「俺は②だよ」

「じゃ、じゃあ、やっぱりあいつは③だな」

「ああ、そうだな」

「……な、なるほどぉ」

 二人の漆代の回答を聞いて、青ポニーテール美少女Tシャツを着たその芥子川は、何かを考えるようにうつむいて黙ってしまった。その先を、隣のピンク衣装美少女Tシャツの芥子川が引き継いだ。

「つ、つまりぃ……今朝突然現れた漆代さんのドッペルゲンガーのうちの一人が、夜になって突然死んでしまった……ということですよねぇ? 突然現れた命が、突然消えた……。本来あるべきではなかったものが、いなくなるべくしていなくなった。

あ、ある意味では、同じ人が三人に増えているよりは『普通の状態』に近づいた、とも言えますねぇ……」

「はぁっ⁉」

 それに噛み付いたのは、ハイメ①だ。

「な、何を言ってるのよっ! これが、『普通』⁉ バカじゃないのっ⁉ 全然普通なんかじゃないわよ! だってさっきのルアムくんは、誰かに殺されてたんじゃないのっ⁉」

「……ん?」

 ①のその言葉を聞いたとき、私は、強い違和感を覚えた。

「ルアム……くん、ですって?」


「つ、つまり、どこかにルアムくんを殺した殺人鬼が、いるってことなのよ⁉」

「で、でも……校舎の中はさっき俺とマナオが調べたんだけど、誰もいなそうだったよ?」

「だ、だったらそいつはきっと、学校の外の森に隠れてるんだわ! 森の中から、校舎にいる私たちのことを狙って――!」

 何故かエキサイトしている①のことが、理解できない。

 え? ちょっと待って?

 なんでこいつ、こんなに熱くなっちゃってるの? あんな男が、一人死んだくらいで……っていうか、「ルアムくん」って……何? こいつ、本当に私なの?

 そんな気持ちを共有したくて、もう一人の自分に目を移す。


 すると、ちょうど、

「もう……無理だわ」

 そのハイメ③が、何かを決意したようにそうつぶやいた。そして、フラフラと不安定に体を揺らしながら、職員室の出口へ向かって歩き出していた。

「ハ、ハイメちゃん?」

「し、城鳥さぁん……どちらにぃ?」

「これ以上……こんなところにいられない。だから……帰るのよ」

「か、帰るって……?」

「家に……い、いいえ! こ、こんな、殺人者がいるようなところ以外なら、もうどこでもいいわ! 私はもう、帰るから!」

「城鳥さん……」

「うっわー……そのセリフ、バリバリの死亡フラグだよー?」

 同一人物である自分には、今のハイメ③が、校庭に停めてあるSUV車に向かっているらしいことが分かった。


「ちょ、ちょっと待って⁉」

 漆代の一人が、そんなハイメ③を慌てて追いかける。

「お、俺も行くよ! ハイメちゃんを、一人にはさせないから!」

 彼はそう言って、③が向かっていた出口のほうじゃなく、職員室の黒板近くの荷物をまとめていた一角へと向かった。初日にここに到着したとき、彼は車のキーをそのあたりに置いていたから。

 ……でも。

「……あ? ちょ……な、なんでだよ⁉」

 そこで、彼の表情が変わった。

 苛立たしそうに、そこに積んであった荷物をなぎ払いながら、「探し物」をする。そして、ついにこんなことを言った。

「ね、ねえぞっ⁉ 鍵が……車の鍵が、なくなってる⁉」

「えっ⁉」

 自分はもちろん、部屋を出ていこうとしたハイメ③も驚いていた。足を止めて、鍵を探していた漆代のほうを振り返る。

 いまだに体を震えわせているハイメ①と、そのそばにいる別の漆代も。それに、ハイメ③を引き留めようとしていた三人の芥子川たちも。

 最大限の驚きの声をあげるか、困惑の表情を作るか。あるいは、その両方をしていた。


 ただ唯一……佐尻三人だけは、

「えー? 車の鍵が、なくなっちゃったのー? マジマジー? 誰かが持ってるんじゃないのー?」

「でもでもー、みんなゼンゼン知らなそーな感じじゃなーい? 誰か持ってる人、いるー?」

 なんて、あまり緊張感がなさそうだった。

「うーん。誰も知らないとなるとー……。もしかしてー、さっき死んでたルアムくんの③くんがコソコソ隠し持ってたとかー?」

「え?」

 それを聞いて、しばらく硬直する漆代。

 それから彼は、

「そ、そうかっ! あいつ、夜のうちに抜け駆けしようとして……!」

 と言って、さっき出ていこうとしたハイメ③も追い越して、職員室を出ていった。

「え……?」

「あれあれー?」

「え、っとー……」

 残された形の私たちも、このままここに残っていても仕方ないと思って、彼に続いて職員室から移動する。結局、全員でその漆代を追いかけて、また生徒会室に戻ることになった。


 そして。


「んなっ⁉ っざけんなよ! なんだよ、これっ!」

「嘘……でしょ……」

「そ、そうきましたかぁ……」

「この状況、ヤバヤバー。でもでもー、今度はちゃーんと、動画撮れてるよー」


 さっきは確かに窓際に横たわっていた漆代③の死体が、綺麗さっぱりなくなっているのを知ることになった。

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