第6話
そこでハイメたちは、朝から衝撃的なことがあったせいで忘れていた朝食のことを、ようやく思い出した。まだまだ、分からないことだらけで何も解決はしていない状態だが、とりあえず目下の空腹を解消することを優先したのだ。
時刻としてはもう昼に近い。遅めの朝食と早めの昼食が、一緒になったようなかたちだ。
その場で、
「あ、ハイメちゃん! 俺、実はカレーすっげー得意なんだぜ⁉ 特製スパイスいろいろ持ってきたから、ここは俺にまかせてよ!」
「ああ? スパイスカレーは、俺のほうが絶対得意だっつーの! ハイメちゃん、期待してて!」
「バカお前ら……俺のカレーの美味さに、びびんなよ? ハイメちゃんだって、俺のカレー食いたいよね⁉」
と、ハイメの好感度を上げたいルアム①②③それぞれが張り合って、持参したスパイスを使ってカレーを作ってくれたのだが……。
当然、その三人は同じ記憶と技術をもつ、同一人物だ。使う野菜や肉などの材料も同じ。持参したという特製スパイスも、一階美術室にあったものが、ルアム①と一緒に増殖した、全く同じ物だ。当然、出来上がるカレーは全く同じ味になる。
しかも、ルアム①②③のそれぞれが、増えた分も含めた十二人分のカレーを作ったらしく、
「ねーねー、ルアムくーん? カレー、どんだけマシマシで作ってんのー? 炊き出しでもするつもりー?」
「いくらメンバーが三倍になったからってー、さすがにこんな量、ムリムリなんだけどー?」
「っていうかー、もしかして、これから合宿終わるまで、延々と毎食このカレーとか言わないよねー? マジ、最悪なんだけどー」
「「「うっ……」」」
三人がそれぞれ十二人分で……合計三十六人前のカレーを作ってしまったのだった。
「あ、あぁぁ……持ってきたお米も、お肉も、野菜も……今回のカレーで、全部使い果たしてしまったんですねぇ……」
「こ、この校舎には、冷蔵庫とかはないのでぇ、今日中に食べられない分は、破棄するしか、ないですねぇ……」
「「「ううっ!」」」
「い、いちおう、予備の食料としてカップ麺を、かなり余裕のある数を持ってきてますのでぇ、増えた②③のみなさんの分も含めて、食べ物に困ることはないかと思いますがぁ……」
「き、きっと……合宿の間ずっと、このことをみんなから責められるんでしょうねぇ……」
「い、いいなぁ……羨ましいなぁ……」
「「「うううーっ!」」」
結局、ルアムに対するハイメの好感度は、微塵も上がることはなかった。
「「「はあ……やれやれ、だわ」」」
そのあとは、当初の予定通りグループ課題について話し合った。
やはりハイメ以外の人間は、すでにこの状況についてある程度受け入れてしまっているようだ。その話し合いは、異常なほどにスムーズに進んだ――あるいは他の人間も、理解を超えた異常事態から目をそむけるために、あえて別のことを考えていただけかもしれないが。
その結果、プログラミングができるハイメがいて、しかもそれが今は三人に増えていてかなりクオリティが高いものが作れそう、ということで。グループ作品として簡単なスマホゲームを作ることに決まった。
担当としては、ハイメ①②③たちがゲームシステムのプログラムを作り、ルアム①②③たちがその中のグラフィックを担当する。ミエリ①②③は、ゲーム中のムービーと音楽系。
オタクのマナオたちは、というと……。
「い、一応、アニメっぽいキャラ絵なら、ちょっとは描けるんですけどぉ……」
と言って
そのあと夕食までは、ハイメ①は自室の音楽室にこもり、淡々と自分の担当作業を進めた。音楽室には「いかにも学校」という机と椅子もあり、それを使ったほうが廃校にいる雰囲気は出たかもしれない。ただ、元中学だからか、それらは少しサイズが小さい。仕方がないので、教師用の教卓の上にノートPCとディスプレイを配置して、簡易の作業机としていた。
自分が三人に増えたことで、②③と共同作業をしなければいけなくなったのは想定外だった。だが、もともとメンバー同士の連絡用に「インターネットを介さなくても使える無線LAN」や、その中の「チャットルーム」や「電子ファイル共有システム」を構築する準備はしてきた。そのため、プログラミング作業を複数人で行うことも特に問題はなかった。
夕食は、昼に作りすぎてしまってもったいないということで、またルアムのカレーだった。一応、まだ傷んではいなそうだったが、この夏場にさすがに明日になったら危険だろう。食べきれない分は、泣く泣く処分したようだ。
その食事が終わったのが、七時四十分ごろ。ルアムたちは、まだ話したり、花火をしたりしたかったようだが、ハイメはそれを断ってすぐに解散した。そして、着替えとタオルを持って、プール横のシャワーに行った。
別に申し合わせたわけではないが、シャワーを浴びるタイミングは、ハイメ②と③も一緒だった。「同一人物」だから、考えることも、そこから導き出される行動も同じ、ということなのだろう。シャワーはちょうど三台あり、板で仕切られただけのシンプルなもの。ハイメたち三人はずっと無言で浴びていた。
ハイメは、自分のことが嫌いだ。だから、増えてしまった自分二人のことも、当然のように嫌いだった。他の人間たちは、割と自分自身とも仲良さそうに話したりしていたが、自分にはとても無理だ。そう考えていた。
だが、何もしないと、同じ考えの三人は行動がかぶってしまう。今日だけでも、どこに行くにも他の二人と一緒になってしまったし、何か喋ろうとして三人で声を揃えてしまうことも何度もあった。その日の自分の気分で決めていたら、きっと服装も髪型も毎日全く同じになってしまう。そんなの、最悪だ。
何か、対策しないと……。
そんなことを考えながら、八時少し前くらいにシャワー室から自室に戻ってきたハイメが、またグループ課題の作業に取り掛かろうとしていたとき。
コン、コン。
音楽室のドアを叩く、控えめな音が聞こえた。
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