第4話

 しばらくして、その四人……いや十二人も、いくらか気持ちを落ち着けることが出来たようだ。今はお互いの姿が見やすいように、広い職員室に円形に広がっていた。



「ま、まずは……突然現れた『彼ら』が、一体何者なのか……ということを、はっきりとさせたほうがよいですよねぇ……?」

「「「はあ?」」」

「ひ、ひぃっ!」

 突然仕切るようなことを言い出したマナオに、三人のハイメが鋭い視線を向ける。その嗜虐的な態度に、マナオは一瞬怯えるように体を震わせたが……。やがてそれは、長い前髪の隙間から覗く怪しい視線とともに、「ひひひ」という不気味な笑みへと変わった。オタクのマナオにとっては、ハイメのような容姿の整った人間からの「そういう視線」は、むしろ「ご褒美」だったらしい。

 それに気づいたハイメたちが視線をそらしたからか、マナオはがっかりした様子で、さっきの言葉を続けた。

「つ、つまり、これからお互いでお互いのことを、調べるのですぅ……。た、例えば、自分しか知らないはずの秘密を聞いて、それを相手も知っているのか……とか。そんなふうに、ここにいる『自分たち』が、果たして本当に『自分たち』なのか……ということを、はっきりさせるべきだと思ったのですぅ……」

「だからあなた、何言ってるのよ?」

 すぐさま、またマナオに向き直って反論しようとするハイメ。だが、

「「「そんなの、調べるまでもなく分かりきってるじゃないの。本物は私だけで、他の二人は偽……う」」」

 不用意に発言すると、他の二人も自分と完全に同じタイミングで同じ内容のことを言おうとして、言葉がかぶってしまう。それが、他の二人が間違いなく同じ知識と同じ考えを持った「自分自身」であるということを証明してしまっているようで、ハイメは言葉を止めるしかなくなるのだった。



 一方、

「そ、それも、そうだな」

 単純そうなルアムたちは、そのマナオの言葉に従うことにしたらしい。

「お、おい、お前! ……なんか、俺に関する秘密、言ってみろよ!」

「は、はあっ⁉ なんで俺なんだよ⁉ お、お前が先に言えよ⁉」

「バ、バッカお前ら! ここにはハイメちゃんもいるんだから、ひ、秘密とか……言えるわけねーだろ⁉」

「そ、そうだぜ! つ、つーか、俺に秘密なんて、あるわけが……」

「えー? じゃあじゃあー。ルアムくんって、何歳までおねしょしてたー?」

「「「なっ⁉ バ、バカっ⁉ だ、だから、そんなの言えるわけねーって……」」」

「わー。そんなにワタワタするの、怪しいー」

「さては、そこそこ大きくなるまでやってたなー? たとえばー……小3、とかー?」

「「「……うぐっ⁉」」」

「おおー? もしかして、図星ぃー? こんなにサクサクっと当てちゃうとか、あたしってやっぱりすごーい!」

「えへへー。でしょでしょー?」

「いやいやー。それほどでも……あるよねー!」 

 同じような態度でルアムをからかう三人のミエリと、それに対して同じようなリアクションを返している三人のルアム。

 やはり彼らも、同一人物にしか思えない。

 



「……」

「……」

「……」

 ハイメは頭を動かさずに、視線だけで他の二人の自分を見てみる。やはりその二人の見た目は、完全に自分と同じだ。

 まちなかで自分と同じ格好をしている人とすれ違うだけでも、気まずい気持ちになるが……今のこの状況は、それの最上級バージョンかもしれない。服装どころか、顔、体型、全てが同じ「自分」が二人もいる。気まずいというより、気持ち悪い。得体がしれなくて、不気味で恐ろしい。

 もしもこれが自分の血縁……すなわち三つ子というなら、このくらい似ていてもおかしくないかもしれない。だが、三つ子どころか、自分に兄弟なんて一人もいないことは、ハイメ自身が一番よく知っている。じゃあ、誰かが整形手術でもして、ハイメと全く同じ顔の人間を作ったのか? でも、何のために?


 そんな、絶対に答えが出そうにない堂々巡りをしているハイメ――きっと三人とも――に、助け舟を出すように。マナオの一人が近くにやってきて、

「し、城鳥さんも……他の二人に何か、自分しか知らないような秘密を聞いてみてもらえませんかぁ?」

 と言った。

「秘密……」

 もちろん、そういうものが自分に無いわけじゃない。「その秘密」を確認すれば、二人が「ただの整形手術のそっくりさん」かどうかは、分かるかもしれない。だが、ハイメもルアムと同じように、他の人間もいるこの場ではそれを確認したくはなかった。

 そこで、「別の方法」で二人を調べてみることにした。


 自分の一人の方に顔を向け、何の前置きもなくおもむろに、

「1、2、3……」

 とだけ言ってみる。

「……」

 するとその相手は、一瞬だけ怪訝な顔を作ってから、すぐにそのハイメの「意図」を読みとったようで、

「4……」

 と返してきた。

「……?」

 さっき話しかけてきたマナオや、騒いでいたルアムたちが、不思議そうな顔でこっちを見ていたが、気にせずに続ける。

「5、6、7……」

「8、9……」

「10、11……」

「…………はあ」

 相手のハイメは、そこでため息をついて首を振る。そして、

「こんなの、意味ないわ。どうせあなたが『先攻』の時点で、結果は決まってるのだから」

 と言った。

「あ、そう」

 ハイメは次に、もう一人の方にも顔を向けて、同じことをしようとした。しかしその相手に先に、

「3つじゃなく、4つまで言っていいことにしない?」

 と言われたことで、もう「確認の必要はない」ことが分かった。


 さっきのは、ただの数字のゲームだ。しかも必勝法もあるので、それを知っていれば、さっき二番目の自分が言ったように「先攻後攻を決めた時点で結果は決まってしまう」。

 だが、それを急に振って、ちゃんとその「意図」を汲み取れたこと。

 そして、それを急に振られたときの、あまりにも自分らしい返しの言葉。

 それらは、ハイメにとって何よりの確認……「目の前の二人が何者なのか」についての証明になったのだった。


「え、えっとぉ……城鳥、さん?」

 意味が分からなくて、尋ねてくるマナオに、ハイメは観念するように言った。

「どうやら、認めるしかなさそうね。この二人は、ただ私と見た目が似ているだけとか、私のモノマネをしているだけとかじゃない。偽物とか本物とか、そんなレベルじゃなく……。限りなく私に近い考え方をもった…………ある意味では、私そのもの、と言ってもいいような存在だ、ってことをね」

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