第2話
ハイメたち四人は、西東京の郊外にあるT美術大学――通称、T美――に所属する大学生だ。
いわゆる美大生という立場の彼らだが、基本的には、他の大学生たちと何も変わらない。わざわざ高い授業料を払って、若さと自由が共存する人生の中でも貴重な四年間をバイトや下らない遊びに費やすだけの、どこにでもいる愚かな若者たち。
そんな彼らが、沸騰するような暑さの八月の半ばに、その廃校にやってきた理由は……。
表向きには、大学の「マルチメディア演習」の課題として出された、グループ作品制作のため。しかしその実体は、適当な理由をつけて仲間たちと「三泊四日のキャンプ」にきただけ。その場所として、普通より少し変わったSNS映えチョイスとして、「廃校を再利用した貸し切り宿泊施設」を選んだ、というだけだった。
廃校に到着した彼らは、食料や水などの共有の荷物を、元は職員室として使われていた共有スペースに。着替えなどの自分の荷物は、各自が自室として選んだ校舎一階の教室に移動した。
それから食事の準備などをしているうちに、気づけば時刻は午後六時を回っていた。
「じゃ、改めて……これから始まる三泊四日の合宿の成功を祈って……かんぱーい!」
廃校の校庭にキャンプ用のテーブルやコンロを並べて、BBQをしている四人。缶ビール片手にその場を仕切っているのは、金髪の漆代ルアムだ。
前ボタンを二つ外した、白いリネンシャツ。七分丈パンツにアウトドアブランドのサンダルが、夏らしい爽やかさとワイルドさを演出している。車内にいるときはあまり意識していなかったが、身長はおそらく180cm以上はあるだろう。整った顔もあって、そうとう女子ウケは良さそうだが……逆に言えば、遊びなれていて軽薄な印象。いわゆる、チャラ男だ。同じようにチャラい性格の女ならともかく、ハイメはそんな彼には何の魅力も感じない。
「ふん……」
今も、「大型犬が飼い主にエサをもらおうと必死に自分の可愛さアピールをしているとき」のように、キラキラした瞳でこちらを見ている彼に、白けた表情を送っているだけだった。
「……ってかー。マジでここ、電波入んないじゃーん? えー! せっかく
佐尻ミエリが、駄々をこねるように言う。自分の「強み」をよく理解しているらしい、体に密着したチューブトップ姿の彼女は、マイペースにも、焼いた肉や缶チューハイにすでに口をつけていた。
「か、かんぱひ……ひひっ」
車酔いの不調からようやく回復したらしい芥子川マナオだけが、不気味な微笑を浮かべながらルアムの乾杯に応えた。
計算された無造作ヘアのルアムとは違い、本当に、言葉通りの無造作で無作為で無計画に伸ばし放題なボサボサ髪のマナオ。顔の上半分はほとんど前髪で隠れていて、かろうじて下半分に見える細い三日月のような形の口が、不気味な微笑を作っている。ハイウエストのデニムパンツに、アニメキャラが全面に描かれたTシャツ――くるときは、たしか白と黒を基調とした二人組の魔法少女のようなキャラのデザインだった。だが嘔吐で汚してしまったからか、今はボリュームのある黄色ツインテールキャラのTシャツに着替えていた。ハイメには、その違いが全く分からないが。
典型的かつ古典的な、ヒエラルキー最下層民のオタク男……それが、マナオに対するハイメの第一印象だ。
しかも、美術科で油絵を専攻しているルアムや、映像科で動画制作が得意なミエリ。コンピュータを駆使したメディアアート作家として、すでにいくつかコンペで賞をとったりもしているハイメと比べると、マナオには特に得意分野はないらしい。
一応、最近新設された漫画の専攻科に所属しているようだが、完全に落ちこぼれて最近では漫画を作ったりもしていない。今回も、もっぱら施設を予約したり、必要なものを準備するといった雑用係が主な役割だった。
全く……。そんなヤツがこんな、「夏休みの仲良しメンバーによるパリピイベント」に参加しているなんて、場違いも甚だしいわ。一体こいつ、どんなつもりでここに…………いや。
場違いと言うなら、一番場違いなのは、自分だろう。
ハイメの心はそこで一旦現実を離れ、回想の世界に囚われた。
……ごめん。傷つけるつもりはなかったんだ……
……ハイメちゃんが嫌なら、無理にしようとは思わないから……
……でも……もしかしたら僕らは、ちょっと距離を置いたほうがいいのかもね……
数日前に、付き合い始めて三ヶ月の恋人に言われた言葉。
ようやく彼に、自分のすべてをさらけ出そうと決意した……はずだったのに。意気地なしの自分は結局、「その行為」の直前で、彼を拒絶してしまった。
そんな彼が自分に向けた、残酷なまでに優しい言葉。
プライドばかりがどんどん大きくなって、それ以外のものは小さな子どものころから何も変わっていない、救いようがない臆病者。心と身体がアンバランスな化け物のようになってしまった自分が、この場では一番の場違いなのだ。
ヤケクソになっているのかもしれない。
ある意味では、自傷行為みたいなものだ。
これまでだったら絶対にこなかったはずの場所にいる今の自分のことを、「もう一人の自分」がどこからか見ていて、あざ笑っている。
この廃校にやってきてからのハイメはずっと、そんな気分だった。
結局、それから特に大きな盛り上がりを見せることもなく、BBQは終わった。
廃校に風呂はないが、その代わりに、学校のプールに併設されたシャワーを使うことが出来るらしい。
「ハイメちゃん、一緒にシャワー入ろー? 体洗いっこして、百合百合しよー?」
女性同士でもドキドキしてしまいそうな可愛らしい上目遣いで、ミエリにそんなことを言われたが……。グラビア女優顔負けの彼女に、貧相な自分の裸を見られるなんて、絶対にごめんだ。そう思ったハイメは、
「遠慮しておくわ」
と冷静に答えて、あえて彼女とは時間をずらしてシャワーを浴びた。そして、虫の鳴き声だけが騒がしい夏の夜に包まれた校舎の中で、眠りについた。
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