影法師は校舎に消える

紙月三角

Chapter1

第1話

 古びた学校の教室に、複数人の男女がいる。

 どうやら彼らは、料理をしているようだ。


「ほらほら、ハイメちゃん見てよ⁉ 俺の包丁さばき! ヤバくね⁉」

「あ? お前、バカじゃねーの? なんでタマネギ千切りにしてんだよ? カレーのタマネギは、食感が残るように普通粗く切るだろ?」

「そ、そんなん知ってるし! こ、これは、付け合せのサラダ用だよ! つーか、それ言うならこいつなんて、さっきからサボってんじゃねーかよ⁉」

「へっ、サボってねーよ。俺は今、ハイメちゃん用にニンジンをハートに切ってんだよ」

「「あ⁉ っざけんなよ、お前! それ、俺もやろうとしてたのに!」」

「ク、クミン……コ、コリアンダー……タ、ターメリックぅ……」

「ぐ、ぐふっ……。い、いろんなスパイスを、使うんですねぇ……」

「ボ、ボク、料理とか出来ないのでぇ……。で、できる人って、すごいって思いますぅ……」

「ねー、スパイスいいよねー。血液サラサラになりそー」

「あー、お肉はホロホロになるくらいに煮込んでねー?」

「ってか、まだ出来ないのー? あたし、もうお腹ペコペコー」

「「「……はあ」」」

 その場にいたのは、全く同じ顔、同じ声、そして性格も同じ人間が三人ずつ……合計十二人。まるで、四組の三つ子が集まっているような状況だ。


 だが実際には、彼らが置かれていたのはもっと「特殊な状況」だった。

 しかも、そんな「特殊な状況」で二つの殺人事件が起こるとは……このときはまだ、誰も予想していなかっただろう。


 物語をこの「特殊な状況」がまだ彼らに発生する前から始めるためには、一日前に遡る必要がある。



  *



 木々に囲まれた山道を走る、一台のSUV車。道中ところどころに落石や枯れ木の丸太が横たわっているせいで、さっきからその車体は荒波に浮かぶボートのように大きく揺れていた。

「ごっめん! しばらく揺れるかも! どっかに掴まってて!」

 運転席で、無造作風の金髪ショートカットが爽やかな漆代うるしろルアムが言う。

 彼のその言葉は明らかに、車内にいる他の三人のうちの「ある一人」だけに向けられている。その証拠に、今も彼はルームミラー越しに後部座席の「その人物」に対してウインクをして、片手を顔の前に持ってきて「ごめんね」のポーズを作っていた。


「あっれー……。ねーねー、ルアムくーん? この辺って、もしかして電波ゼンゼン入んないのー?」

 後部座席の隣に座っている佐尻さじりミエリが、そんなことを言う。彼女にとっては、手元のスマートフォン画面上部の「圏外」の表示は、相当の大事おおごとだったらしい。年齢よりずっと幼い印象を与える可愛らしい顔が、まるで死刑宣告でも受けたかのようにイビツに引きつっている。

 ミエリの体が右に左に大きく動くたびに、ウエーブした茶髪からは甘ったるい香水の匂いが届き、小柄な体に似つかわしくないくらいに大きな胸がダイナミックに揺れる。

 男子なら誰もが喜びそうな状況だったが、城鳥しろとりハイメには効果はない。むしろ、隣で暴れている柔らかそうな二つの脂肪の塊が、自分のスレンダー体型へのあてつけのように思えて……ハイメは小さく舌打ちをして、窓の外に視線を向けた。


 ツヤのある長い黒髪と、上品な純白のワンピースからのぞく、同じように真っ白な肌。ファッションショーに出演する女性モデルのように無駄がなく、その分凹凸も少ない体躯。冷酷さすら感じる切れ長の瞳は、まるで刃物だ。チラリと見つめられただけで、誰もが心臓を切りつけられたかのような衝撃に襲われる。完成された芸術品。むしろ、完成されすぎて近寄りがたい存在。

 それが、ハイメが周囲から受けている一般的なイメージだった。



「あ、あと……ど、どのくらひ……で、でしょぉ……か?」

 助手席から、今にも息絶える寸前のような声が聞こえてきた。

 実際、そこに座っていた芥子川からしがわマナオの長い前髪からのぞく顔は、文字通りの真っ青で、完全に生気を失っていた。

「あ? いや、わかんねーけど、多分あと三十分くらいじゃね?」

「さ、三十分……。それはちょっと……無理かも、しれませぇん……。ボク、実はもう、げ、限界で……」

 両手を口元にあて、小刻みに体を震わせているマナオ。しかし、進行方向とミラーの中のハイメを交互に見ているばかりだった運転手のルアムには、その「緊急性」は伝わっていないようだ。

「ったく……ホントなら助手席には、ハイメちゃんを乗せたかったっつうのに。なんで、お前が座ってんだよ」

「へ、へへ……すいませぇん……。で、でもボク、車酔いしやすい体質で、車に乗るときは、いつも助手席なんですぅ……。って、っていうか、そんなに責められるとボク、興奮してしまってぇ……よ、余計に……うぷっ」

「あ?」

「げ…………げろげろげろ……」

「あ、お、おいっ⁉ お前、何してんだよっ⁉ っざけんなよ⁉」

「えー! マナオくん、ついにゲロゲロしちゃったのー⁉ やっだー! 窓開けて開けてー! きゃはははー」

「ひ、ひひひ……ご、ごめんなさ……! う……げろげろげろ……げろげろげろげろ……」

「ちょ、まだやんのかよ⁉ どんだけ出るんだよっ⁉」

「げろげろげろげろ……」


 助手席に、途中のサービスエリアで食べたカツカレーを盛大に吐いてしまっているマナオ。それに対して我を忘れて怒り狂っているルアムと、完全に他人事として笑っているミエリ。

「……」

 そんな三人と自分が、これから三泊四日の間、外界から隔離された「廃校」で生活をともにしなければいけない。そのことを考えると、ハイメの心は今更ながら大きな憂鬱に襲われる。

「……はあ」

 騒いでいる三人とは対象的に、魂を吐き出すかのような、深いため息をこぼすのだった。



 それから。

 マナオの吐瀉物を片付けたりしていたせいで、予定よりだいぶ遅れて約一時間後。

 四人を乗せた車は、彼らの目的地である「廃校」――かつて中学校として使われていた建物をリフォームした宿泊施設――に到着した。

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