アテナイの学堂のコンビ二

yuki

第1話 ソクラテス、アテナイの学堂のコンビニに現る

 サンティはアテナイの学堂のコンビニで働いていた。学堂とは言っても、彼が毎日目にするのは、哲学者たちの難解な議論ではなくて、冷凍ピザや缶コーヒーの在庫管理だった。

「いらっしゃいませ」

 サンティは機械的にレジのボタンを押しながら、次の客を迎える。 

 その客は、白髪を生やした年配の男性で、トーガを着ていた。サンティは「また変わり者だな」と思いながらも、普通に接客を始めた。

 しかし、その老人は突然、サンティに問いかけた。「君、物の価値について考えたことがあるか?」

 サンティは一瞬、レジを通した缶コーヒーを見つめ、考え込んだ。

「え、えっと……需要と供給とか、そんな感じじゃないですか?」

 男性はしばらく黙ってから、突然真顔で言った。

「君は、物の『真の価値』を理解していない! 君がそのコーヒーを飲みながら、いったいどれだけ『哲学的』な疑問を抱えているのか、それが重要なのだ!」

 サンティは目を見開いた。「え、哲学的な疑問……ですか?」

「そうだ、君はそのコーヒーを飲む時に『これは本当に私の命に必要なものか?』と考えたことがあるのか?」

 ソクラテスはまるで講義をするかのように熱弁をふるった。

「いや、普通に『眠気覚まし』って感じで飲んでますけど……」

 サンティはちょっと困惑しながら答える。

「それが問題だ!」ソクラテスは指を立てて、サンティの顔を見つめた。「君は物事を深く考えずに手に取っている! 『必要』と『欲望』の違いを理解せよ!」

「え、でもこれ、実際必要じゃないですか? 仕事中だし」サンティは冗談っぽく言った。

 ソクラテスは真剣な顔で言った。「必要? それは君の『無意識の欲望』だ! 君の『真の必要』は、もっと高尚であるべきだ!」

「だから、缶コーヒーじゃダメなんですか?」サンティは少しイラつきながら、レジのボタンを叩く。

 ソクラテスは一息つき、「まあ、君が缶コーヒーを飲んで目を覚ますことを『真の必要』と感じるならば、それも一つの『真理』かもしれない」と、突然優しく語り始めた。

 サンティはちょっと呆れた。

「え、でもそれなら……それってあなた、最初に言ってたことと全然違いますよね?」

 ソクラテスは肩をすくめて、にっこりと笑った。「ああ、君はまだ若いな。哲学とは、常に変化するものなのだ」

 サンティはそれを聞いて、思わず口を噤んだ。「……わかりましたよ。とりあえず、何か買いますか?」

「うむ」とソクラテスは頷く。「では、君が売っている『真の価値』のある物を、私に与えてくれ」

 サンティは無言で、ソクラテスがまとっているトーガを一瞬見つめたあと、レジを

通したポテトチップスを袋に詰めた。「これでどうぞ」

 ソクラテスはポテトチップスを見て、少し考え込んだあと、ふっと笑った。

「ああ、これが『真の価値』だ。君、なかなかやるな」

 サンティはなんだか拍子抜けしたような気持ちになりながらも、ふと顔を上げると、ソクラテスがニヤリと笑いながら店を出ていくのを見送った。

「今日も哲学的な一日だな……」

サンティはぼそりと呟いた。

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アテナイの学堂のコンビ二 yuki @nehan19

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