第2話 消えた隣村

 隣村が誰も住まない廃墟になってしまったのはいつからか。もう覚えている者はいません。何十年前か、何百年前か。わかっているのは、いつの間にか住人が皆その姿を消してしまったということだけ。魔女の呪いなのではないか、とも言われています。そのため、村の人間は隣村に足を踏み入れようとはしません。もしそんなことをしたら自分にもその呪いがかかってしまう、そう信じられているからです。

「俺はそんな噂、怖くないぞ。隣村に行くぐらいどうってことないさ」

 今年十五歳になるカールが友人たちに言いました。冬は農作業の手伝いも午前中だけ。午後からはこうして近い年代の子たちでよく集まっていました。

「ホントかぁ? 魔女の呪いで村から出られなくなるかもしれねぇんだぜ?」

 友人の言葉にカールはフンと鼻を鳴らします。

「魔女なんているわけないじゃん。お前らそんなもん信じてんのかよ。いいぜ、俺が今から行って見てきてやるよ」

 カールがこんなことを言い出したのには理由がありました。友人たちの輪の中にカールが密かに好意を寄せるベルタがいたのです。

「うわぁ、すげぇなカールは」

 友人たちが感心したように言うのをいい気分で聞きながら、カールはちらりとベルタの様子を見ます。

「カール君、勇気があるんだね」

 ベルタが自分に憧れの眼差しを向けているのを知り、カールは胸の高鳴りを感じました。

「よし、じゃあ行ってくるよ」

 カールは隣村に向かいます。少し距離はありましたが、足の速いカールにとってはどうということはありません。

「ふぅ、ここかぁ。家とかは普通に残ってんだな。人がいないだけ、か」

 皆の前ではああ言ったものの、さすがに村の中に足を踏み入れる勇気はなく遠目に村の様子を観察して引き返しました。

 次の日、また友人たちと集まったカールは鼻高々に昨日の報告をしました。

「やっぱり人がいないだけで普通の村だったよ。全員で引っ越しただけなんじゃないか?」

 するとベルタが言います。

「カール君勇気あるのね。あ、そういえば……」

「ん?」

 カールが首を傾げるとベルタが言います。

「〝魔女の館〟は見てきた?」

 隣村の外れには魔女の住む館があると言われています。決して近付いてはいけないという恐ろしい場所。

「いや、見てないよ」

 するとベルタは「そうよね、いくらカール君でもあそこは怖いよね」と残念そうな瞳でカールを見つめます。彼女にいいところを見せたいカールは思わず「それは今日行こうと思ってとっておいたのさ」と答えてしまいました。皆が「おお、すげぇ」「さすがカールだ」などと、どよめきます。ベルタもまるで英雄を見るかのようにしてカールを見上げていました。

「本当? カール君、すごいわ。じゃあ魔女が育てているっていう魔法の花をもらってきて。そしたら私……カール君のお嫁さんになっちゃおうかな」

 少女の無邪気な微笑みにカールはうなじまで真っ赤に染め「お、おお、任せとけ。今から行って花をもらってきてやるよ」と頷きます。友人たちに囃し立てられながら、カールは再び隣村に向いました。

「魔女の館、か」

 正直怖くないわけはありません。魔女の館にはいろんな噂があります。館に近付いた者はカエルにされてしまうとか、大鍋で煮られて喰われてしまうとか……。

「魔女なんかいるはずないさ。ちょっと花を摘んでくるだけ、大丈夫に決まってる」

 カールは自分にそう言い聞かせ足を動かします。村の中を通るのは怖いので少し遠回りして森の中を行くことにしました。

「ん、あれ?」

 森に一歩足を踏み入れて驚きます。冬だというのに何だかポカポカと暖かく、いたるところに花が咲き乱れているのです。

「お、あれか?」

 遠くに一軒の屋敷が見えます。と、同時にくらくらするほどの強烈な花の香りが漂ってきました。カールはまるで蝶が花の香りに呼び寄せられるかのようにして、ふらふらと屋敷を目指します。もはや警戒する心などどこにもありません。

「ん、誰かいる?」

 屋敷の周りは一面真っ白な花が咲き誇っており、その中に女性がひとり立っていました。カールはひと目見てその女性が普通ではないことに気付きます。何と彼女の目も髪も肌も何もかもが真っ白だったのです。あれは魔女だ、きっと魔女に違いない。頭ではそう思い逃げ出そうとするのですが、思いとは逆に足はどんどん彼女に近付いていってしまいます。

「ようこそ、魔法の白い花咲くお屋敷へ」

 女性は柔らかな笑みを浮かべ手招きします。カールはおずおずと頷き、屋敷に足を踏み入れました。

「さぁお茶でもどうぞ」

「あ、ありがとう」

 隠し味よ、と彼女はガラスの小瓶を取り出しお茶に数滴たらしました。するとあら不思議、お茶から何とも言えない良い香りが漂ってきます。思わず口にしてみると今まで飲んだどんな飲み物よりも美味しく、カールを幸せな気分にしました。

「美味しい! ん……でも何だか眠くなってきちゃった。僕。もう帰らなきゃ。あ、そうだ。あの、花を一輪くれませんか?」

 カールは頬を赤く染め女性を見上げます。すると女性はすっと目を細めてカールの顔を覗き込みました。

「そうね、じゃあちょっとお手伝いしてもらえるかしら」

「お手伝い?」

「ええそうよ、お花に肥料をあげなきゃと思っていたところなの」

 なぁんだ、そんなことかとカールはこくりと頷きます。女性は満足気に微笑むとカールの頭をそっと撫でました。

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