ゲルダと魔法の白い花
凉白ゆきの
第1話 魔女の森
昔々、山の中に小さな村がありました。村人たちは畑で野菜を作ったり山で獣を獲ったりして生活しています。でもその暮らしはとても貧しく、自分の分け前を取られないようにと皆いがみ合ってばかりいました。
村の外れには不思議な場所がありました。周りの木々が枯れ果ててもそこだけは花咲き乱れる〝魔女の森〟。でもその森に村人たちは決して足を踏み入れようとしません。なぜならそこに住まう魔女は恐ろしく、見つかったら最後むしゃむしゃ食われてしまうと言われているからです。今までに何人もの人が森に入ったまま帰ってきませんでした。
ある日、村に住むゲルダという少女が森の近くで薬草を摘んでいました。病気の祖母に煎じて飲ませるためです。ゲルダの両親は既に亡くなっており彼女は祖母と二人で暮らしていました。祖母は意地悪で、ゲルダをまるで召使のように扱います。それでもゲルダには他に頼る人はいません。彼女は寒さに震えながら薬草を探します。
「よし、これだけあれば十分ね。……ん?」
薬草を摘み終え腰を上げたゲルダが鼻をひくつかせると、今まで嗅いだことのないような素晴らしい香りが漂ってきます。
「何ていい香り。こんな季節なのに花が咲いているのね。そうだ、せめてお部屋に花を飾ったら気持ちも晴れるんじゃないかしら」
つらい毎日を送るゲルダはそう思いました。でも香りが漂ってくるのは魔女の森がある方角。決して足を踏み入れてはならぬ禁忌の地。ゲルダは思案します。
「ほんの少し、ほんの少しだけなら大丈夫」
自分にそう言い聞かせ森へ足を向けました。
「えっ、どうして?」
魔女の森に一歩足を踏み入れた途端、春のような温かさに包まれ驚きます。心地よい風に導かれるようにして、つい奥へ奥へと足を進めてしまいました。
「わぁ……!」
季節は冬。村の木々は枯れ果て無残な姿を晒しているというのに森の奥は真っ白な花で覆われています。
「あら、あれは?」
真っ白な花畑の中央に、何とも不思議な色合いの花が一輪だけ咲いていました。その花びらは刻々と色を変え七色に輝いています。ゲルダは見ているうちにどうしてもその花が欲しくなってしまいました。
「こんな綺麗な花がお部屋にあれば、きっと毎日幸せな気分で過ごせるわ」
ゲルダが七色に光る花にそっと手を触れた、その瞬間。
「あっ!」
何と花は粉々に砕け散り消えてしまいました。何とも悲しい気持ちで項垂れるゲルダ。その時、恐ろしい声が響き渡ります。
――この愚か者! 人間風情が我が庭で何をしている!
この森に住むという魔女に違いありません。ゲルダは必死に元来た道を引き返します。でもどれだけ走っても森から出ることはできませんでした。
「ごめんなさい、ごめんなさい。どうか許してください!」
泣き叫ぶゲルダに魔女らしき声は言いました。
――ふん、あの七色の花を元通り咲かせることができたら許してやってもいい。あれを咲かせるにはとても手間がかかるからね。
ゲルダは許してもらえるという言葉にほんの少し希望を見出します。ただ、あんな不思議な花をどうやって咲かせればいいか皆目見当がつきません。
「でも、どうやったらいいんでしょう。私にはわかりません」
両手を揉み絞り天を見上げて尋ねると魔女はくつくつと嗤いました。
――これを持っていくといい。
魔女がそう言うと天から何かが降ってきます。ゲルダは慌てて受け止めました。
――ではやり方を教えよう。まずはここに咲く魔法の白い花を摘んでいけ。そして……。
魔女の語る花を咲かせる方法というのはとても恐ろしいものでした。聞き終えたゲルダの顔はその恐ろしさのあまり新雪のように真っ白になります。すると、何ということでしょう。彼女から色という色が全て消えてしまいました。澄んだ湖のような蒼い目も、宵闇のような黒髪も何もかもが真っ白に染まってしまいます。哀れゲルダは魔女の呪いにかかってしまったのです。元の姿に戻りたければ花を咲かせることだ、と魔女は言います。
――花を咲かせるまでお前は年を取ることも、死ぬこともできない。その醜い姿で生き続けるんだ。
「そ、そんな……」
――それに私はいつでもお前を見張っている。花を咲かせることを止めたらその時は……生きたまま頭から食ってやるからね。
魔女はそう言って楽し気に嗤っています。ゲルダはぎゅっと唇を噛みしめ魔法の白い花を摘み取ると、魔女から渡されたいくつかの物を手に村へと帰っていきました。
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