第12話 お昼ご飯を作らされるよ

あれ?

こんなの買ったっけな?


スーパーの箱から取り出したのは、薄黄色い不定形な塊。

いわゆる生姜。


いや、生姜って味がキツいから僕は食材に加えた事ないんだけど。


「ブタニクノオマケダッテ」

同封同梱されていた納品書を読んだ瑞穂くんが教えてくれた。

「ブタニクカッタカラ?」

「生姜焼きにしろってか?」


なんでも幾つかの食材にはセットとして、わさびとか和辛子とか、サービスで使い切りサイズの調味料が付いてくるらしい。

チラシを読み返して初めて知った。

それはそれでいいけど、この家に大根おろしなんかないぞ。

生姜なんか上手いこと調理しないと、辛くて食べられないじゃないか。


「マカセテ」

「はい?」


生姜を前に考え込んでいたら、その生姜をむんずと掴んで、瑞穂くんはとてとて走って行ってしまった。

賑やかな娘だ。


「瑞穂は料理出来るのか?」


爺ちゃんが心配そうに口を挟んで来た。

まぁ、この状況にした黒幕だし、僕なり瑞穂くんなりの健康は大切だからね。


「さぁ、鮭を3枚に下ろしていたところは見ていたけど、ここまでは外食した時以外僕が作ってますよ。ただの目玉焼きでも。」

「姉さんが言うには、花嫁修行は歳相応って言っていたな。」

「15歳の女の子の歳相応って、それは日本で言うなら中学校の家庭科程度と言うのでは?」

「光は器用だからな。一緒にするわけにもいかんだろうが、お前の時はどうだった?」

「男子は技術科でオルゴールを作っていたし、女子が何を作っていたのかは知りませんよ。」


どこかのラブコメ漫画みたいに中学でお付き合いしていたカップルなんか、僕を含めて周りにはいなかったもんな。

僕は僕で、結構好きな物を勝手に作ってたな。

中学・高校と弁当だったから、両親が忙しい(定期考査とか受験とか学校行事)の時は、自分で弁当を作ってた。

因みに両親は、普段は店屋物だったそうな。

だから時々、両親の分も頼まれて作ってもいたし。

つまり、おおよそ僕の周りは参考にならない。


あぁ、そう言えば。

「光は私より上手いから、教えて欲しいって頼まれましたよ。まぁ歳相応なんだと思います。」


考えてみれば、ここまで掃除も洗濯も僕がやっていて、瑞穂くんがした事と言えば、食べ終わったお皿やお茶碗を洗う事だけだよなあ。

後は大体、漫画読んで寝てる。

うむむ、けしからんなぁ。


「まぁ瑞穂を嫁にするもしないも、男女が一緒に住むんだから、手をつけるもつけないも、お前の好きにしなさい。瑞穂の両親もそれは認めている。傷物になって帰って来たとしても、嗚呼、うちの娘はお前のお眼鏡に叶わなかったか、と判断するってさ。」

「あの、僕は瑞穂くんのご両親にお会いした事も、お話しした事もないんですけど?」

「お前の両親も、お前達の事は認めてるだろう?」


まぁこの状態に追い込む片棒を担いだのは父さんと母さんだし。

…大体、父さんと母さんは、瑞穂くんに会った事あるんだろうか。


「ほれ、戦前の見合い結婚なんか、初夜の時に初めて配偶者の顔を見るとか、よくある話だったそうだぞ。おれの爺さんがそうだったってさ。」

「爺ちゃんの爺ちゃんっていつの人よ。」 

「まだ丁髷を結ってる写真を見た事あるな。」

「参考にならねぇぇぇ。」


仕方ない。

豚肉を解凍しますか。


「その仕方ないは、何にかかる仕方ないだ?」

「独り言に反応しないで下さいよ。」


声に出していたらしい。


「お昼のメニューは、豚の生姜焼きに決めましたって件です。あと、瑞穂くんの扱いですが。」

「うん。」

「親戚というか妹というか、いっそ娘とでもいうか。今のところ彼女を恋愛対象とは見てませんけど、家族として受け入れる事はとっくに決めていたんです。はるかスペインから来る勇気と行動力に感服していましたから。だから、僕に出来る事、僕に教えられる事は全て彼女に伝えますよ。」


だって、今更逃げられないじゃないか。 

大体、瑞穂くんの方が僕を選ぶとは限らないし。

この家にいる限りは、彼女には出来るだけ笑っていてくれる様に頑張りますよ。

うん。


★ ★ ★


「あら、こんにちは。」

「おお、こんにちは。」


瑞穂くんが「マカセテ」って言った結果、お隣さんが大根おろしを持って登場しました。

なんで?


「カシテモラオウトシタラ、オネエチャンガツイテキタ」

「?」

 

顔にクエスチョンマークを浮かべてお隣さんを見ると。

ふんぬ!っと大根おろしと生姜を両手にガッツポーズを決めてる。


「お爺さんが見えているのと、瑞穂ちゃんが光さんに料理を習うと聞いて、居ても立っても居られなくなったの。」

「ええと、文章の前半は分かりましたが、後半がわかりません。」

「私がお嫁に行けないのは、ご飯を作れないからです。」


………ええと、お隣さんの行き遅れさんのお姉さんは、普通にお綺麗さんですし、スタイルも瑞穂くんとは比べちゃいけないご立派な物をお持ちですよ。はい。

……はい。


「なので、父親からこれを持たされました。」


ええと、なんか瑞穂くんがお盆を持っていますけど。

昆布とお米ですね。

あと、お漬物?


「母が漬けている糠味噌漬けです。美味しいですよ。」

「おお、法事ので際にお茶受けでもらうが、良玄寺の糠漬けは本当に旨いぞ。」

「お漬物が出る法事って、なんなんですか?」


なんだか色々、沼から抜け出せなくなってしまった気がする。


★ ★ ★


「お米は炊く前に炊飯器で水に浸けておきます。」

「研がなくていいんですか?」

「これは無洗米なので。普通の米より若干削れているので、その分水は少なめで。」

「私が炊くと、固かったり水っぽかったりするのよねぇ。」

「レシピ通りにきちんと作れば、大体の料理って美味しく出来ますよ。」

「ホェェ」


典型的な私的やり方で失敗するお隣さんと、多分よく理解していない瑞穂くんに挟まれて、何が無いやら。

大体、まだ10時前だよ。

早いっての。


「立派な昆布を頂いたので、これは鍋に水を入れて中に敷いておきます。」

「昆布だしですね。」

「このまま30分ほど浸けておいて、後ほど沸騰させない様に炊きます。付きっきりで火加減の調整が必要です。」

「…急に面倒くさくなりました。」

「駄目です。」

「ダシ?」


祖父はテーブルに着いて、冷蔵庫から勝手に出した烏龍茶でどら焼きを食べてる。

どこから出したんだ?そのどら焼き。

あと、ニヤニヤ笑わない!


「生姜は大根おろしですり下ろします。」

今はチューブのおろし生姜あるのに、わざわざするご家庭の主婦さんいるのかな。


さて?さて?

タレを作るにも、味醂もお酒もないぞ。

どうしよう。

とりあえず、焼肉のタレに、すり下ろしたニンニクと生姜、砂糖と醤油を足して。

味濃いかなぁ。


「玉葱は繊維を断ち切る様に縦に包丁をいれて、水に晒します。タレが少し濃いから、豚肉共々大きめに、厚めに切り出します。」

「タレって、それで良いんですか。」

「市販の生姜焼きのタレが安牌ですよ。本当だったら、調理酒と味醂を使いますから。」

「ミリン?キリン?」


「さて、これで下準備は終わり。一休みしましょう。」

「え?これからじゃ無いの?」

「お昼ご飯を何時に食べる気ですか?」

「ホェェ」


あと、瑞穂くん。

少しは勉強になったのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る