第10話 糸
くりんくりんくりん。
お出かけですか?
レレレのレ?
って言いたくなる程、朝も早よから竹箒で庭を掃いている僕。
上記の昭和ギャグは、子供の頃に見ていた天才漫画家の何度目かのリバイバルアニメで知っていたからさ。
あと、出川哲朗もCMで演じていたし。
うむ。
朝陽がのーぼるーを見ながらの庭掃除は習慣として身体に馴染んでくると、気持ちが良いね。
因みに瑞穂くんは、相変わらず僕の部屋との仕切りを開けっぱなしにしたまま、漫画を読みながら、寝堕ちてました。
たしかドローインの練習をするはずだったけど。
「リョーリモオシエテ、コノナスビオイシイ、ヤキトリハクシニサシトコウヨ、ゴチソーサマデジタ。」
と、騒ぐだけで騒いだら、洗い物は僕に任せっきりで漫画に戻っちゃった。
ついでに洗濯機の中には、ショーツもブラジャーもキャミソールも靴下も、僕のトランクスと一緒くたにされて放り込んであったので、仕方なくそのまま洗濯をしました。
そこの物干し竿に掛かる洗濯ハンガーには、2人の下着が並べて干されてます。
この娘はもうもう、警戒心が薄いのか、一昨日あったばかりの僕に懐いているのか、根がだらしが無いのか。
自分が女の子だって意識というか、距離感が色々おかしい。
外国育ちって、そうなんだろうか?
池に行って、水循環用のポンプにスイッチを入れようとして気がついた。
「あれ?何か魚がいる?」
干上がっていたこの池に水を入れたのは父さんだったし、それも引越しの日にだ。
僕が見ていたから間違えない。
見てみると小魚だ。
細い体つきを見ると、ハヤかな?
ふむ。
たしかにバイパスの方はまだ水を抜いたままの田んぼが広がっていて、小川があったし鷺の様な鳥も見かけたな。
犯人はアイツか?
捕まえたまま口に咥えて、落としちゃったか?
祖父の家の池は、知らないうちにウグイが群れていたそうだけど。
でも、ハヤもウグイも、水槽の中で買う魚じゃ無いなぁ。
まったく、生命を見かけちゃったら、ほったらかすわけにもいかないだろ。
………
「ヒカリー!」
お姫様が起きたらしい。
道場を吹いたモップを陽当たりの良い庭石に立て掛けていたら、縁側から声がした。
ってこら!
「瑞穂くん、パジャマパジャマ!」
多分、起きたそのまま布団から出て来たのだろう。
トイレ経由か直通か知らないけど、ボタンは2番目まで外れて(浅い)谷間(何のとは言わない)が見えているし、裾が捲れて臍が見えてる。
あれだ。
この娘は警戒心をまったく振り解いているんだ。
というか、こんな娘1人で外に出して大丈夫なんだろうか。
あと、姿見を買った方が良さそうだ。
「オハヨー」
「おはよう。まずは服を直しなさい。乱れてますよ。」
「ミセテルンデス」
なんですと?
朝からコンコンとお説教か必要ですか?
「ウレシクナイ?」
どうも彼女は、変な常識を身につけている様だ。
出処は、郷(スペイン)か漫画かお隣か。
うむむ、どれも怪しいじゃないか。
という訳で。
「親しき中にも礼儀あり。ましてや貴女は礼儀を重んじるべき剣士だ。」
と、簡単にお説教。
「ハイ、シショー」
ペタンと正座して、深々と頭を下げたけど、ボタンを留めてないから、谷間の奥が見えるんだってば。
あと、昨日はシショウって言ってた気がするけど、今日のはシショーって聞こえるぞ。
コショーみたいじゃないか。
………
一応ですね。
朝(漫画をほっぺたに付けたままのだらしが無い格好で)起きたら、今日も隣の僕の部屋は空っぽだし、台所じゃ朝ごはんの下処理が済んでるし、既に開けられた雨戸の外では洗濯物が干されて、師匠は掃除をしている。
だらしが無い弟子としてはどうしよう。
そうだ!ぺったんこだけど、お色気大作戦で誤魔化そう!
って考えたと白状しました。
ぺったんこのお色気大作戦という壮大な矛盾はさておき。
あと、僕はロリコンじゃないので無意味だったし。
まぁ、彼女なりの距離の詰め方と親しみの表現らしいので、それ以上は叱らずに朝ごはんにしました。
おかずは、ハムエッグとばってん茄子をガーリック醤油焼きにしてみました。
今日は配達品待ちと、リビング作りなので、ニンニクをたっぷり効かせても大丈夫でしょ。
「シショー、リョーリオシエテクダサイヨー」
「はいはい、お昼からね。」
この娘一応、前向きな姿勢は欠かさないんだよね。
空回りする人なのはわかってきたけど。
★ ★ ★
さてと。
朝ごはんの洗い物は、瑞穂くんが引き受けてくれたので、僕は先に道場に向かう。
昨日の細工の手本が出来るか試してみたいのだ。
で、用意したのが3尺3寸の竹尺。
いわゆる裁縫に使う竹製の1メートル物差しだ。
実はこれ、使い勝手が良くて、実家で自分使いしていた物を、そのまま持って来た。
天井から吊るした糸に対して振りかぶってみた。
うん、大丈夫だ。
まだ出来る。
ついでだから、道着に着替えてないけど素振りもしておこうか。
壁に貼ってある大きな鏡に向かって、僕は竹刀を振り落とす。
宅配便屋が来てもわかる様に、窓やドアは開けっぱなしにしてあるので、近所迷惑にならない様に無言で竹刀を振る。
警察道場以外で素振りをすることは初めてなのだけど、2桁を越えたあたりから数を数える思考能力が消え去り、ただ無心で竹刀を振りかぶる事に集中していた。
気がついたら、道着に着替えた瑞穂くんが僕の後方で静かに正座していた。
漫画片手にニコニコして、何やら変なことを企んでいた姿とは全然違う、鋭い眼光が鏡越しに僕の姿を見つめていた。
「あぁ悪い。1人にしてしまったな。」
「イエ。ベンキョウニナリマス」
この娘、剣道に関しては本当に真摯なんだよなぁ。
「ヒカリ、コレナニ?」
それが夕べ吊り下げていた細工だ。
すなわち、天井から垂らした糸。
タコ糸。
なんだろうこの家。
倉庫にちょっとした大工道具が詰まっている。
工具箱を開けてみるとタコ糸が入っていたので、そのまんま持って来た。
赤のマジックで印をつけてある。
僕は竹刀を片手に糸に近寄った。
ふぅっと肺から空気を抜いた。
目に力を込めて、竹刀を振り上げた。
「はぁ!」
振り落とした竹刀の剣先は。
タコ糸に付けた赤い印に止まっている。
そして。
タコ糸はピクリとも揺れていなかった。
「ウソ?」
「本当だよ。竹刀を振れば空気が動くし、当たれば糸は動く。でも僕には出来る。なんだろうね?意思が物理を超越するとでも言うのかな?」
でも祖父も出来るんだよね。
祖父の前で試しにやってみた僕も出来たから、祖父に警察道場に連れて行かれたんた。
「出来る様になれとは言わないよ。ただ、剣先が止まる様になれば、近い事が出来る様になるかもしれない。この糸は吊るしっぱなしにしておくから、1日の稽古のうち、1度でもやってみれば良い。」
「ハ、ハイ…」
「まぁ竹刀だと大変だから。」
と、僕は竹尺を瑞穂くんに渡した。
竹刀よりは風(空気)が動かないだろう。
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