第9話 お隣さんは今日も元気です

「貴女が瑞穂さんね。大丈夫?何か不自由は無い?」


Amazonより先に、お隣さんのお姉さんが尋ねて来た。

なんでも今日、スペインからウチの親族が来日してくるとか、祖父が尋ねてくるとかの予定だったらしく、様子を見に来たんだって。

僕はなぁんにも聞いてないけど。

その祖父も来る様子無いし。


「モンダイナイデス。タダヒカリガカタイ。」

「あら、硬いってどんな意味かしら?」

「イロイロ。」


なんというか、どうとでも取れる言い方をしやがるので、僕は全力でよそ見をします。

女性は幾つになっても女子って「子」が付く事を知っているので、出来るだけ関わり合いにならない様に。



母屋の縁側で仲良くお話しをしている2人に近寄らないで、瑞穂くんの部屋のAV機器が入っていた段ボールや発泡スチロールをまとめないと。

あと、出せるゴミの日を調べたり。

そういえばゴミステーションってどこか聞かないと。

他にも洗濯物を取り込んだりと、家事に忙しい僕。

あ、今日は出てないけど、瑞穂くんの洗濯はどうしよう。

やっぱり下着とか、一緒に洗っていいのかな。

別々に各々が洗濯した方がいいのかな?

どうせ全自動だし、なんなら籠を分けておけば良いか。


これは後で話し合わないとね。

年頃、しかも思春期の異性の家族がいきなり増えたら、家主というか兄というかお父さんは大変だ。


さて。

一通り終わらせて、脚立片手に道場に篭る。

別に稽古しようとか思ってないよ。

ちょっと細工をしただけだ。

これは後で、明日にでも瑞穂くんに披露しよう。


ついでに、モップで水拭きをする。

この道場は、どうやらワックス掛けして間もないみたいで、床がツルツルに光っている。

光の形容詞をツルツルとするのもアレだけど、この屋敷の倉庫にポリッシャーマシンがしまってあるのを見つけちゃったのだ。

リノリウムではなく板張りの学校でワックス掛けをする機械だよ。

なんでこんなもんがあるのさ、って多分祖父の仕業だろうけど。


窓を開けて換気をして、と。

これも僕の日常になってしまうんだな。

これに大学生活が加わるんだから、これからは実家に居た頃の様な自堕落な生活が出来ないわけだ。

同居人の手前もあるしね。


………


「光くん、瑞穂ちゃんに悪さしちゃダメよ。」

「ダメヨ」

「いや、貴女何言ってんですか?」

「悪さするなら責任取りなさい。」

「ナサイ。」

「瑞穂くんも何言ってんだよ。」


何やら不穏な言葉を残して、別のお客さんが来たので、お隣さんは帰って行きました。

ニヤニヤしながら。


ちょうどAmazonから大量の少女漫画が届いたんですな。

確かにおんなじ県内に配送センターがあるけどさ、今って午前中に注文すれば、最速でその日のうちに届くんだ。

注文したのは僕だし、即日配送を頼んだのも僕だけど、いざ目の前にするとなんか引くほど凄い。

もう買い物行く必要無くなるじゃん。


瑞穂くんが持ち上げられない重さの段ボール(今後はKindleを推奨しよう)を配達の人に縁側まで運んでもらって、彼女は鼻歌を唄いながら中身の吟味を始めた。


それはいいけど、そろそろ雨戸代わりのをシャッターを下ろしたいぞ。


いやね、電動だからボタン1つで済むんだけど。

お姉さんが小ぶりの茄子を1箱持って来たんだよ。

だからそろそろ晩御飯の下準備を始めたいんだ。


檀家さんからの貰い物で、熊本名産の「ばってん茄子」って言うそうだけど。

こんなにあっても、2人しか居ないのに食べ切れないじゃないか。


「うちは家族3人で4箱も贈られて来たのよ。檀家の連帯責任という事で。」

「どんな連帯責任ですか。」

「戦前だったら、とんからりんの5人組じゃない。」

「今は令和ですよ。」


なんてやり取りは毎日の事なのです。

残念ながら瑞穂くんは、まだ混じる事が難しそうだ。

いや、昨夜から普通に日本語で会話してるし、お隣さんとも不自由無く会話が成立していたのは今見ていた通りだ。


けどまぁ、連帯責任だの5人組だの隣組だのはスペインの(日本語?)学校や、一般家庭の会話に出てこないだろうし。

漫画やアニメで、日本語の語彙を増やしてもらえればね。


「行き遅れ」と自虐するお姉さんは、普段は自宅のお寺の手伝いをしていて、どこかに勤めに出ている訳ではない。

いや、お母さんが持病の椎間板ヘルニアで無理が効かないから、大学卒業後にそのまま実家の手伝いをしているそうだ。


お寺の手伝いったって、別に毎日詰めている必要も無い訳で、父親が築いた人脈を渡り歩く日々らしい。


その結果、毎日の様に何か貰ったり聞き込んだりしているそうな。


「婿養子探しなんだけどね。ぶっちゃけ。」

「身も蓋もない話を聞いちゃったぞ。」

「お隣に若い男が来ると聞いたのに、私には若すぎるしさ。」

「僕も餌食になるとこだったんですか?」

「オマケに許嫁が居るそうじゃないの。」

「なんで皆んなして、僕と瑞穂くんをくっ付けようとするんだろう。」

「お爺さんの悪巧みだもん。」

「悪巧みってバラされちゃった。」


………



ふむふむ。

ばってん茄子は糖度が高いから生食が出来るのか。

だったら、細切れにして玉葱サラダに混ぜておくか。

実際、一欠片を試食してみたら、甘いお漬物みたいだ。


瑞穂くんは漫画に夢中で、相変わらず縁側にペタンと座り込んでいるので、勝手に電灯をつけて、シャッターを下ろした。

夜仕舞い。夜仕舞い。


さてと。

瑞穂くんは、どうやら和食が好みらしい。

いや、実際の所、彼女に聞いた訳ではないけど、これまでの言動と、せっかく日本に来たのだから、しばらく(僕の知っているレシピが一回りするまでは)和食で攻めてみようと思った訳です。


なので魚。

昼が(豚)肉だったから魚。

春の魚と言えば鰆。

漢字で春の魚を全力で主張している魚だ。

普段なら西京焼きが美味しい魚だけど、西京味噌も白味噌もないので(その内買いに行こう)、バター焼きで攻めよう。


そして取り出だしたるは油揚げ。

表明を軽く(少し歯応えが出るくらい)網で炙ったら、結構ガッツリ太めに広めに短冊切りにします。

こうすると、ただのお味噌汁に何故か高級感が出るのですよ。


あとは小皿に、串からバラした惣菜の塩焼き鳥を添えて、まぁそれなりに格好のついた晩御飯の完成です。


★ ★ ★


「ズルイ」


食卓についた瑞穂くんの第一声が僕への非難だった。

解せぬ。


「オトコナノニ、ワタシヨリリョウリデキル。」


怒ってるの、そこ?

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