第6話 朝ご飯
コンビニのベーコンは薄いなぁ。
実家で食べてたベーコンが違ったのかなぁ。
あれ、母さんが通販で買ってたお高くて分厚いベーコンだったからなぁ。
これじゃ、ベーコンの分際で炒める時に脂を敷かないとダメじゃん。
ベーコンに火が通ったら、卵をフライパンに落として、水を垂らして蒸し焼きに。
コンビニで買えた食材だけなので、豆腐と玉葱の味噌汁だ。
出汁の素で誤魔化してるけど、僕1人だとインスタント(粉末タイプの方が好き)を作らない事もしょっちゅうだし、家族が増えたから作ってんだ。
野菜は夕べ買ったカップサラダ。
ドレッシングだけ、和風・フレンチ・胡麻と揃えた。
器に移せば、まぁ、形にはなったかな。
「ハヤイ」
バスタオルを頭に巻いた瑞穂くんが、シャワーを浴びて出て来た第一声がそれだ。
女の子に言われると色々アレな言葉だけど、疾しい事はしてないので、なんのことなのかわからない。
朝起きた時間か?
朝ご飯の支度か?
朝ご飯の時間か?(でも、もう7時過ぎてるし)
「スペインテユウショウシタノニ、カナワナカッタ」
あぁ、さっきの試合か。
ふぅん。なんかの大会で優勝したのね。
なるほど。
あの足捌きと身体反応速度は、身体のバネが相当鍛えられているんだろう。
一見(いちげん)だと、学生レベルで対応出来る人はそうそう居ないだろう。
ましてや剣道は日本オンリーの武道だ。
スペインにどれだけの競技人口がいるのか知らないけど。
「疾さなら、瑞穂くんも疾かったよ?」
「ワタシヨリハヤイ」
いや、疾さなら瑞穂くんの方が上だ。
警察道場でも、あんな疾く動く人は見た事ない。
竹刀ではなく本身なら、斬られていたかもしれない。
ただどんなに疾くても、「何をするのかわかれば」、いくらでも対応出来るだけのことだ。
そして剣道は面・小手・胴に適正な強さで撃ち込まないと、ポイントとして認められない。
あの疾さと強さを両立させるだけの腕力が、彼女にはあるだろうか?
「オバアチャンガ、テンサイガイルカラデシイリシナサイト。」
その天才とは誰の事だろう。
「ヒカリサンデス」
聞こえません。
理解したくありません。
「アイドントノウスパニッシュ。」
「ヒカリサンガシショウデス。」
バスタオルを僕の首にかけて、ぐっと顔を寄せて来た。
近い近い近い。
あたふたしていると、瑞穂くんはもう1通書状をグイグイ押し付けてくる。
まったくもう。
あんまり近顔がいと、僕のストライクゾーンが広がっちゃうかもしれないだろ。
「なになに?」
とりあえず椅子に座って一休み。
僕は何回、''とりあえない''とならないんだろう。
『孫娘を宜しく』
………他になんか書けよ。
★ ★ ★
『剣道留学に来たんだよ。スペインじゃ敵がいなくなったらしい』
朝ご飯を食べ終わると、ちょうど祖父から連絡があった。
成田に迎えに行ったつもりが、とっくの昔に当該機が到着しているのに驚いて、瑞穂くんのスマホに電話してきたのだ。
まさか本人が既に1晩泊まって、朝ご飯の洗い物をしているとは思わなかったらしい。
「なんでウチなの?」
『いや、お前より強い剣士、この県にはおらんからな。』
「はあ?」
『光、お前が立ち合いで負かした相手、去年の全国警察剣道選手権大会の優勝者だぞ。警察剣道は強い。その警察剣道で1番強いのがお前だ。』
あぁ、ゼンケイケンってそれか。
って言われてもだ。
「いや、知らんし。」
『相馬瑞穂は全年齢スペイン大会の王者だ。つまりスペイン女子剣道界で1番強い。』
その王者に勝っちゃいましたけど。
『しばらく面倒見てくれんか?指導が必要な部分を抜き出してみてくれれば、こっち(警察)でなんとかするからさ』
「それは良いけどさ。彼女まだ15歳だよ。学校はどうするのさ。」
『彼女はスペインで飛び級認定を受けているよ。文武両道。素晴らしい孫娘だ。』
「その飛び級認定は日本で使えるの?」
『さぁ?』
おい。
『それだけ剣道に対して真摯な娘なんだよ。帰国すればスペインの大学入試の資格はもうあるらしいから、とりあえず3年預かってみる事になった』
いくらなんでも、とりあえず過ぎるだろう。
『ぶっちゃけ、お前らがくっ付いてくれれば問題はなくなる。瑞穂は最初から日本国籍だし。お前が警察官になれば県警剣道的に万々歳だ。』
ようやくわかった。
僕はどうやら、祖父と大叔母と県警の悪巧みに嵌められたらしいことを。
『スペインのチャラチャラした毛唐に取られるなら、お前の方が安心できるって姉が聞かなくてな。』
それが本音か。
………
「キマリマシタカ?」
かけてあるタオルで手を拭いて、腰までエプロンを取りながら瑞穂くんがやってくる。
僕と祖父のやり取りは結構早口だったので、聞き取りにくかったらしい。
ベッドに腰掛けて頭を掻いていた僕の前にペタンと女の子座り、ではなく正座をした。
顎を引いて背筋が伸びているので、清々しい。
しかも上目遣いだ。
うわぁ、可愛いぞ。
ええと。
中学生、中学生、瑞穂くんは中学生。
僕は責任ある保護者。保護者。
よし、落ち着いた。
「先ず聞こう。君はどうなりたい?」
「ツヨク。」
「はい?」
「ツヨクナリタイ。」
そうですか。
いや、そんな事聞いてんじゃないんだけど。
「強くなったらどうするの?」
「モットツヨクナル。」
あれ?この娘の頭は大丈夫かな?
飛び級認定されてるんだよな。
「ツヨクツヨクナル。オセワニナリマス。」
お世話してもいいけど、どこまで(いつまで)お世話しないといけないんだろう。
★ ★ ★
ここで意味不明なやり取りをいつまでしていても仕方ない。
買い物だ買い物。
色々足りないものだらけなんだから、買いに行くべさ。
早よせんと大学が始まっちゃう。
謎言語(スペイン語)をウニャウニャこぼしている瑞穂くんを無理くり誘って、外に出る。
って言うか、昼飯のおかずもないんだ。
この家、まだ住める場所じゃねぇぞう。
バイパスに出れば大型店舗が揃っているけど、歩いていくには、ちと遠い。
いや、距離的には大した事はないけれど、とにかく1軒1軒が離れているのと、道が広過ぎて見通しが良過ぎて、歩いても歩いても店舗に近づかない。
体力的にではなく、精神的に疲れちゃうので却下。
電車で数駅離れるけど、県庁所在地のある駅周辺は、今時珍しく百貨店が健在だし、大型書店やユニクロもあるから、そっちに行こう。
2つ隣の駅にホームセンターとスーパーをメインにした複合商業施設もあるし。
瑞穂くんも、周辺の様子を知っておく必要があるだろう。
って、僕もまだ殆ど知らないんだけど。
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