第4話 日本語喋れますよ
さて、脂ぎった味の濃い夕食を終えて、僕らは買い物に出た。
中途半端に田舎なこの街は、夜の7時を回ると店が閉まってしまう。
はるか向こうに見えるバイパスまで出れば、大きなショッピングモールやら本屋やらハンバーグ屋やらが並んでるけど、何しろ僕には自動車どころか自転車もない。
あ、自転車屋もバイパスまで出ないと売ってないな。
買う気ないけど。
幸い駅まで行けば、商店街が閉まっていてもコンビニやドラッグストアは営業しているのでハシゴしようか。
という訳で、洗い物を浸け置きさせると瑞穂くんを急かして外に出ることにした。
「qué?que?que?」
スペイン語で騒ぎ始めたけど、翻訳アプリが素早く反応してくれる。
『何?何?何?』
なるほど、わかりやすい。
………
我が家は駅から見ると北の高台にある。
と言っても、標高差はせいぜい10メートル。
元はお隣さん(良玄寺)の参道だったとかで、東から絡み付く様に坂道がある。
その坂道が我が家の前面道路。
真っ直ぐ登り降り出来る階段が付いているので、普段はそっちを利用する事になりそう。
あと、僕が自転車を買わなかった理由だ。
そのくらい勾配がきつい。
原チャリの免許くらいは、落ち着いたら直ぐ取りに行こうと思っていたけど、いきなり落ち着いた日々がなくなりそうだぞ。
で、家から近い順に。
先ずはコンビニだな。
コンビニは駅の南北それぞれの出口に一軒ずつある。
北口に当たるこちら側は、商店街の端っこ、つまり僕らから見ると商店街の入り口に店を構えている。
このせいで、僕は商店街を覗かないで全部この店で、その日の分だけ買って済ませて来た。
なので急に家族が増えると、明日の朝御飯が足りなくなる訳だ。
いや、捌いて冷凍庫に入れた鮭とか、見た目が合わないから使わなかったエリンギは残ってるよ。
でも鮭は下処理も何もしてないし、朝からエリンギってどうなのよ。
そう言えば、食パンも買っていなかった。
愛用のホットサンドメーカーを持って来てあるし、目玉焼きとベーコンとマヨネーズのトーストなら簡単に出来る。
ただ僕が食パンの封を開ける事を面倒くさがる傾向があるんだ。
賞味期限が近づいて(むしろ過ぎて)、慌てて食べるなんて事がよくあったので、こっちに来てからは特に買ってはいなかった。
そういや、卵もベーコンもウインナーもハムも、なんもないなぁ。
明日の朝御飯分だけでも買っておかないと。
僕らはコンビニに入った。
『好きなもの、欲しいものを買いなさい。お金は僕が払います』
「Sí。」
それくらいはわかる。
シーはハイだ、YESだ。
あと、生活費は2人分にしては多い額が振り込まれている。
コンビニ程度だったら多少贅沢(無駄遣い)しても問題ない。
と言ってもなぁ。
歩きだから持てる量に限りがあるわけで。
ドリンク類は限界があるよなぁ。
お米、卵・加工肉・牛乳・食パン・ジャム、マーガリン。
あとはお菓子かな。
甘いの(ブルボン)辛いの(米菓)、あと洋菓子・和菓子っと。
買い物籠を満杯にして、生活雑貨の棚を見ていると、雑誌コーナーで少女漫画雑誌を物色する瑞穂くんが目に入った。
ええと。
『読めるの?』
単純な疑問として聞いてみた。
そしたら。
「ヨメマス、ハナストカタカタ。」
はい?
「読めるけど、発音が片言」
かな。
あぁ、日本人も英語は読めるけど、会話が通じない事あるな。
って、日本語って世界一難しい言語らしいぞ。
英語派生の言語はアルファベットが30個くらいで、単語を覚えれば形の上では意味が通る訳が出来るけど、平仮名・片仮名・漢字を覚えないとならない。
けどこの娘、相馬の表札を読めたらしいし。
「ワラワナイ?」
「笑うわけない。」
ヨーロッパの西の端っこから、1人でアジアの東の端っこまで来る女の子の行動力だぞ。
僕なんか、家を出てまだ3日だけど、そろそろ寂しくなって来たんだ。
漫画でも雑誌でも文庫本でも、なんでも買いなさい。
明日ちゃんと本屋行くから。
なんなら電気屋も衣料品店も。
暇を持て余す時間が、この娘に生まれませんように。
………
ええと。
生理用品や下着を籠に入れてたのは見えなかった事にして。
あと、冷凍食品と味噌とレタスとトマトとチーズ。
カット野菜やカップサラダで2人の両手が埋もれたので、ドラッグストアは中止。
両手が塞がってると階段も危険なので、遠回りしながら道路を登って帰宅した。
「ワタシガカタツケマス。」
と言うので(生理用品や下着もあるしね)、僕はお風呂に湯を溜めながら(追い焚き付き)、彼女の部屋にテレビを運んだ。
使ってない部屋の押入に、Blu-rayレコーダーやCDラジカセの新品がしまってあったから。
僕は実家からAV機器を持って来た訳だから、これは彼女用だろう。
幸いアンテナ端子が殆どの部屋に付いている屋敷なので(築1世紀超の筈なのに)一通り運び込んだら適当にセットしてお終い。
箱は発泡スチロールは別の部屋にほっぽらかしとこう。
始末は明日だ。明日。
「リビング、ドノヘヤニスルノ?」
「へ?」
ゴミをまとめて庭に面した部屋に投げて、襖を閉めて見えない様にしてたら、瑞穂くんに話しかけられた。
「ダイニングトヘヤジャ、ヒカリサントオハナシデキナイ。」
あぁそうか。
さっきから家族になった以上は、自分の部屋だけじゃなくて、居間もあった方がいいな。
それに瑞穂くんは、もう翻訳機を使っていない。
彼女の日本語で、僕と話すと決めた様だ。
「うむむむむ。」
いや、8LDKて使っているのは3部屋しかないんだから、いくらも余っているけど。
それ以外なぁ~んにも無いんだよね。
絨毯もソファもテーブルもこたつも。
座布団は大喜利が出来るほどあるけど。
家具が揃うまでは、お互いの部屋を仕切る襖を開けて、1つの部屋に見立てるか、ダイニングを使う事に決まった。
……決まったのはいいけど、前者は危険過ぎないか?
瑞穂くんに、貞操の危機感はないのだろうか。
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