第3話 晩御飯

なんか知らないけど、玄関で泣き出した女の子を放置は出来ない。

さっきの2~3言が事実なら、彼女は僕の親族だ。 

(祖父の姉の孫って、日本語でなんで言うんだろ)


とりあえず家に上げた。

…上げたのはいいけど、どうしよう。

まだ何も無いこの家で曲がりなりにも人が住める部屋は、僕の寝室くらい。

しかしベッドがある部屋に涙ぐんでる女の子を連れ込む程馬鹿では無い(つもり)なので、今我が家で唯一電気が点いている台所に案内した。


シンクには1メートル近い鮭が丸ごと乗っかっています。

鮭さん、こちら見てます。

目が合いました。

ひょっとして地獄絵図じゃね?

僕は刺身包丁持ってるし。


それでもまぁ、ダイニングのテーブルに着くようにジェスチャーで伝えて、包丁を鮭の上に乗せた。

命拾いしたな、お主(死んでるけど)。


さて、何か持て成すアイテムあったかなぁ。

ええと冷蔵庫の中には。中には。

…相変わらずキムコと水しか入ってない。

何故なら、僕は間食をほとんどしないし、今の季節ドリンク類は冷蔵庫に入れなくても、サーモスの保温カップに氷と一緒に入れとけば半日以上冷たいままだから、冷蔵庫に入れる事はない。 


買った食材は、今のところ、その日に食べ切っているしなぁ。

いや、単に一人暮らしに慣れないだけだけとさ。


とりあえず(とりあえずばかりだな)、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出すと、代わりにパスポートを差し出された。


『見て』


はい。

ええと。日本のパスポートですね。

お名前は相馬瑞穂さん。間違いない。

お歳はええと、15歳。

………。

あちらの学制は知らないけど、日本だと中学3年生じゃないか。

何が結婚出来るだ。

法的にも倫理的にも僕の性癖的にもアウトだ。


あぁ、パスポートを見せたのは、自己を証明するためか。

そういやそうだな。

何にも考えずに女の子を家に上げちゃったけど、普通ならこれ逮捕案件だ。

ありがとう瑞穂さん。

教師夫婦の息子さんが淫行で捕まるとこでした。

親族なら、大丈夫だろう。

大丈夫かな?



………



自動翻訳機と翻訳アプリを駆使して話し合ったところ。


飛行機が中東の政治情勢だとか、ウクライナ情勢だとかでスケジュール通り飛ばずに18時間早く成田に着いてしまったそうだ。

そんな事あんの?

うわぁ、成田の管制室大変だったろうなぁ。


前日だったから迎えの人も居なくて、電話しようにもスペイン語じゃ通じ無いだろうし、幸いここの住所だけはわかっていたので、ナビアプリの案内でこれた、と。 

木の板に「相馬」と書いてあるので、思わず飛び込んでしまった。

…まだセコムしてなくて良かった。

あと、瑞穂くんが変な目に合わなくて良かった。


そっか。

笑ったり泣いたり顔が近かったりしたのは、不安の現れだったのか。

…変な勘違いしなくて良かった。

倫理的にも年齢的にも。


★ ★ ★


『部屋はいくらでも余っているから、好きなとこを使っていいよ。布団は押入に入っているし、ベッドは明日買いに行こう』


家中の灯りを点けて、案内をしつつパーソナルスペースを選んでもらう事にした。

いつまでもバッグ一つで小さくなってても仕方ない。


後で聞いたらこの家は、明治・大正期のお大尽のお屋敷だったらしい。 


建築史的にもそれなりに資料価値があるそうだけど、誰がやったか電脳屋敷と化しているので、瑞穂くんは楽しそうに家の中を歩き回っていた。


基本的には廊下で囲まれた四角形の家なので、トイレとお風呂の場所を覚えてもらわないと。

僕はその間、お米をもう2合足しておかずはどうしよう。鮭とキノコしかないぞ。って思案中。


うん。コンビニに買い物に行こう。

女の子とそこまで深い付き合いになった事ないから、とりあえず(またとりあえず)必要なものだけ買いに行こう。

中学生の好きなお菓子やドリンクなんかわかんないし。


それでは、いよいよ鮭を捌こう。

いざ!

と鞘から包丁を抜こうとして、後ろから上着の裾を引っ張られた。

危ねぇ。

 

『部屋決めた』

「あ、あぁそうなの?」

『こっち』


また包丁を握ったまま手を繋がれて、手を引っ張られて向かった部屋は、

…僕の部屋の隣だった。


『あのねぇ。僕は男!この部屋鍵かからない』

『鍵のかかる部屋なんかないよ?』


しまった。

この家、間仕切りは襖と障子しかない。


『それよりもサーモン捌くの?私にやらせて』

待て待て。

貞操の危機よりも鮭か?

と呆れよう、言い返そうと思った瞬間、瑞穂くんはさっさと僕から包丁を取り上げると、さっさと台所に戻って行った。

待て待て。


慌てて後を追いかけようとして気がついた。

既に布団が敷かれている。 

たしかに押入の中には布団がしまってある事は知っていたし、シーツも枕も天袋にしまってある。


しかし、あれだけの時間でシーツをきちんと敷いて、枕カバーもきちんとつけているし、枕元には時計まで置いてある。

彼女のでベッド(布団)メイキング能力と覚悟はそれなりのもの、だと改めて思わされる。

考えてみれば中学生が1人で家族から離れてわざわざ日本にまで来た訳だし。


そもそも彼女は何しに日本に来たんだ?


………


台所に帰ってみて驚いた。

ほんの2~3分遅れただけなのに、鮭は既に頭が落とされて、背骨に沿って包丁が入っている。

デカい魚はその分硬い訳で。

確かに身長は高めだけど、15歳の女の子の力じゃねぇ。


僕が来た事に気がついて、翻訳機のスイッチを入れる。


『大丈夫。刃物は慣れてる』

いや、そんな問題かな?

不思議な顔ってどんな風にすればいいのかな。

そんな事を考えてると、彼女はちゃっちゃと3枚に降ろし終わったよ。


なんなの?この娘。


……….


一応、またお客様なんだから、そっから先は僕の仕事だ。


生鮭はブロック状に切り分けて、片栗粉でまぶします。

キノコはそれぞれ一口で食べやすい大きさにカット、こちらには粉末出汁の素をまぶします。


生鮭をフライパンで炒めて、中まで火が通ったらキノコを加えて引き続き炒めます。


最後にガーリックパウダーとバターと醤油をかけて軽くひと焦がし。


鮭とキノコのガーリックバターの完成!


あぁ、青物がキャベツしかない。

仕方ないキャベツを下に敷こう。

まぁしゃあない。

男の一人暮らし料理しか想定してなかったし。


味噌汁はインスタント。

生野菜も無し。


まぁ明日から、食材も一から考え直そう。


とりあえず(開き直った)、瑞穂くんの目がハートマークになっているから良いか。

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