第12話(最終回) Curtain Call ?
■精神病棟
青テントでの事件を思い出し、重い空気に包まれた応接室。
藤田、由紀、渡辺宏美らがうなだれている。由紀などはメソメソと泣いている。
「かわいそうな山口さん・・・」
「だから僕に言ったんですね、役者になんかなるなって」
由紀の肩を優しく抱きながら、藤田が言う。
富田医師と西村刑事は、ともに腕を組んだ格好で、関係者たちの表情をながめている。
「刑事さん」
宏美が顔を上げて、西村に話しかける。
「山口さんは、精神に異常をきたしていたということで、刑事的責任には問われないのでしょう?」
全員が西村の方に注目する。西村、組んでいた腕をほどき、テーブルにゆっくりと身を乗り出す。
「富田先生」
富田が西村を見る。
「もう一度、山口に会わせていただけますか」
「ええ、結構ですよ」
「すみません。出来れば、皆さんにもご一緒して欲しいんですが」
「こんなに大勢で行ったら、彼は混乱しますよ」
「そこを何とかお願いしたいのです」
「何かお考えがあるのですね」
「はい」
富田、皆の顔を見る。藤田たち、異論はないという表情をそれぞれで見せている。
「しかたありません。おまかせしましょう」
「ありがとうございます」
西村、頭を下げる。
個室の中、山口がおとなしくベッドに座っている。
扉が開く。富田、西村、藤田、由紀、宏美の順で部屋へ入って来る。
ぼんやりと顔を上げる山口。しかし、表情は動かない。
「山口さん」
山口に駆け寄ろうとする由紀を、富田がさえぎる。首を振って、アイドルを厳しく制すると、そのアイドルは素直に引き下がる。
山口、少しだけ戸惑った表情を、目と口とあごが見せる。
「山口さん、この人たちをみんな覚えていますか」
山口、大勢の人たちを見回すが、それは知っている顔を見る表情ではない。
「僕らのことがわからないんですか」
藤田が尋ねる。富田医師が答える。
「いえ、そうではないでしょう。ただ感情を表に出せないんです」
藤田、由紀、宏美、それぞれ山口を見つめる。
山口の目は、どこを見ているかわからないように、空を泳いでいる。
西村刑事が一歩踏み出して、山口の目の前に顔を寄せる。
「山口さん、もう芝居をやめたらどうですか」
富田、驚いて西村を見る。
藤田、由紀も西村を見る。
宏美だけは、山口を見ている。
「あなたは気の違ったふりをしているだけだ。そうでしょ?」
山口、西村刑事の声が聞こえているのかいないのか、まだうつろな目で彼方を見ている。
「あなたは吉川功一を憎んでいた。落ち目の自分とは対照的に人気の出て来た吉川をねたみ、自分を愚弄する彼を激しく憎んだ。殺したいと思うほどにね」
呆気に取られて、西村刑事の話を聞いている藤田たち。
「ところがあなたには、かつて築いたわずかながらの栄光がある。たやすく殺人など犯す訳に行かない。そんなとき、あなたにチャンスが訪れた。舞台での吉川との共演です。しかも、あなたは吉川を殺す設定だ。あなたはこれを利用しようと考えた。そして、刑事責任を問われない手段として、狂人を演じることを思いついた。それから、自分が発狂しても不思議はないような状況を設定していった」
山口、目の前で西村にまくしたてられても、焦点の定まらない目をしていて、聞いているのかいないのか分からない様子。
由紀が山口の前に出て行く。今度は富田も止めることが出来ない。
「ねえ山口さん、ウソよね。山口さんはそんな人じゃないよね。どうして、こんなかわいそうな人を責めるの」
由紀、山口を抱きしめる。
「刑事さん、ただ憎いだけで山口さんが吉川さんを殺すなんて、あり得ないですよ。山口さんは狂ってるんです。そうでしょ」
藤田が西村刑事に詰め寄る。
「藤田さん、山口さんが吉川から株を買わされて、一千万円も損失を出してたことを知らないですか」
「え、株を?」
「吉川自身も人から騙されて大損をしているようですが、6月に告発されたネズミ溝的な詐欺事件の、二人とも被害者なんですよ。吉川も必死に紹介出来る人間を探して、山口さんが巻き込まれたと思われます。だから、妬みとかだけでなく、吉川への憎悪は金の恨みもあったんです」
由紀が抱きかかえた山口の顔を見る。
「だから株なんか買うなって、あの時・・・」
西村、山口を見下ろしながら、さらに続ける。
「まだこの人たちをだまし続けるのかい。そう、落ち目とはいえ、まだあなたにもファンが少しはいるんだろ。そのファンたちの想いも裏切るのか。うちの娘もあなたのファンでね、この前娘の部屋にあなたの写真を見つけて驚いたよ。そのあなたが殺人犯だと知ったら、娘は悲しむだろうな。さあ、いい加減に心神喪失の真似はやめるんだ」
西村刑事、次第に言葉から敬語がなくなっていく。
皆が山口を見ている。
山口、うつろな目のまま、人々の顔をひとりひとり見ている。
富田医師も言葉が出ず、ただ山口の表情を凝視している。
山口の額に汗がにじんで来る。
「上手いもんだな、気狂いの役も。さすがは役者だよ。たとえ落ちぶれた大根役者でも、このくらいは出来るものなんだな。ヘボなメロドラマ役者の、一世一代の大熱演か」
山口、頬の肉が引きつって来る。こめかみが小刻みに動く。
その反応に、藤田も由紀も宏美も、富田さえも目を見張る。
山口の目の奥に、光がよみがえる。さっきまでの死んだような目が、生き返ったように見える。
「大根じゃない・・・」
山口の声。
アッという顔をする人たち。
山口、西村の方をふり返り、はっきりと西村を睨みつける。
「メロドラマ役者なんかじゃないぞ!」
■狂気
モニター画面ではニュース映像として、日航ジャンボ機の墜落事故が映し出されている。
御巣鷹山の森林に、バラバラに散った旅客機の機体が、黒く焦げて煙を上げている様が、画面いっぱいに広がっている。映画でも特撮でもない、信じられない事故の光景。
西村刑事と富田医師、それから付き人藤田、小林由紀、渡辺宏美が並んでいる。みな、モニターに映る地獄絵図に見入っている。
西村刑事が口を開く。
「私も、山口のような名の知れた俳優が、いくら罪を問われないとは言え、心神喪失を装って殺人などというリスクを冒すとは考えられませんでした。どんなにライバルの吉川氏が憎かったとしても、地位も名誉も捨ててまで、俳優人生を終わらせる選択肢を、正常な人間は選ばない。だから、やはり彼は精神が異常だったのだと、思わざるを得なかった。ここで山口の実際の姿を見て、その思いは強くなりました」
モニターには、まだ御巣鷹山が映っている。
由紀や宏美たちは、西村の方を見ている。
「2週間ほど前、別の刑事が調べていた詐欺事件の被害者リストに、吉川氏と山口の名前があると報告を受けました。山口の被害額は一千万円以上。ほぼ破産です。ドラマなどで得た収入も全て失っていました」
何も知らなかった付き人の藤田が肩を落とす。
「金は人を狂わせます。全てを失った恨みは吉川氏にあります。山口にとって吉川氏は単なる目の上のたんこぶではなく、自分の人生を奪った男です。金も恋人も失い、俳優としての才能も果てた彼の人生は終わっていた。もうこれ以上失うものがないのなら、それを奪った男を殺して、自分も死ねばいい。そんな山口の心境が見えてきました」
真剣な表情で西村の話を聞いている由紀。
涙を流し、目を伏せている宏美。
「山口はまず皆さんに、自分が重圧のため普通ではなくなっていたと思わせるようにした。実は藤田さんと小林由紀さんがつき合っていたことや、渡辺宏美さんが本当はどういう人で恋人もいるなんてことも、知っていたんじゃないかと思います。でも、それらを知ってショックを受けたような場面をわざと作って、皆さんに見せたのではないかと。だから、誰もが彼が狂って行ったように信じた」
藤田が辛そうな声を上げる。
「そんな・・・」
「彼はそこまで周到な準備をして、あの青テントの舞台に臨んだのです。憎き吉川氏を亡き者にするために。彼はまともでした。決して狂ってはいなかった」
皆が言葉を失う。長い沈黙。
モニターのニュースは、生存していた少女をヘリが救出する様子を映している。
「いや、やはり彼は狂っていました」
沈黙を破るように、富田医師がつぶやく。皆がふり返る。
「発狂による衝動ではなく、計算による殺人という意味では、彼は思考能力があったのかも知れません。でも、人を殺したりしたら、本当に彼の人生は終わってしまう。吉川を殺さなくても、頑張って舞台に立っていればお金も少しずつ手に入るでしょう。演技が評価されれば、また人気が出て収入も増えるかも知れない。好きな女性が離れて行っても、違う女性と出会える機会はあるでしょう。犯罪など犯さず真面目に生きていれば、そういう希望が必ずあるはずです」
富田、モニターの画像を切る。かつて山口がいた個室が映し出される。主のいなくなった、暗くて狭い壁に囲まれた部屋。
「普通の人間ならそう考えるんです。彼はそれがわからなかった。人を殺すような人間は、みんなおかしいんです。やはり彼は狂っていたんです」
藤田、由紀、宏美、それぞれの硬い表情。自分たちが見て来た恐ろしい芝居に、ため息しか出て来ない。
静かで重い空気の中、西村刑事がひと言つぶやく。
「そうかも、知れませんね・・・」
■裁判所
裁判が行われている。
証人台に立つのは山口である。頭を丸めて、スーツを着ている。手には手錠をかけられている。裁判官の声がする。
「被告人の氏名は」
「山口政治です」
「年齢は」
「26歳です」
「住所は」
「東京都新宿区西新宿・・・」
「職業は」
「・・・」
「あなたの仕事は」
山口、少し間を置いてから、裁判官の方を向いて答える。
「ウソつきです」
■刑務所
白い空間の中、山口が一人で立って、芝居をしている。
「私はいったい何者なのでしょう。私は私であり、他の何者でもあろうはずがない。ここにいるのは、まぎれもなく自分自身であり、本当の自分を知っているのは、他でもないこの私一人だけなのです。ああ、救いたまえ、我が唯一の真実である大いなる眠りよ。最高の安らぎである、我が友よ」
山口、台詞を終えると、持っていたナイフを自らの腹に立てる。その場に倒れ伏す。
しばしの間・・・
やがて、大きな拍手が起こる。歓声も聞こえて来る。
そこは広大な刑務所。
囚人たちが、鉄格子の中から拍手をしている。
囚人たちに囲まれた広い場所の中央に、倒れている山口。
拍手の中、ゆっくりと立ち上がる。そして、上手、下手、さらに中央に向いて深く礼をすると、両手を大きく上に広げる。さらに強まる拍手。
拍手喝采の中、山口の晴れ晴れとした顔。華やかなるカーテンコール。
テントがある。
拍手はまだ鳴り止まない。テントの中から、まだ聞こえる。
テントの前に、大きな看板が立っている。
そこには、こう書いてある。
「劇団深夜劇場公演『ミスキャスト』」
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