第11話 The Show Must Go On ?

■開幕ベル


 いよいよ『蜃気楼男』の公演が始まる。青テントの前には、開演待ちの長蛇の列が出来ている。

 若者が多いが、年配客の姿もある。男女比では女性の方がやや多い。劇団『深夜劇場』の人気を物語るような盛況ぶり。



 公演に向かう車の後部座席。

 山口と藤田が座っている。山口はサングラスをかけ、前を向いて黙っている。

 藤田、何かもじもじとしているが、思い切ったようにしゃべり出す。

「本当に申し訳ないと思っています」

「何のことだ」

「由紀さんのことです」

「もう終わったことだ」

「心配なんです。山口さん、あのことで今日の芝居がだめになってしまわないかと」

「そんなことで、どうにかなるような役者じゃねえよ」

 山口、藤田の方を見る。

「俺はプロだからな」

 山口、また前を向く。

「藤田」

「はい」

「お前、役者になりたいんだったな」

「ええ」

「やめた方がいい」

「はあ・・・」

「役者なんて、好きこのんでなるもんじゃないよ」

 藤田、山口の顔を不思議そうに見る。

サングラスの奥は見えず、何を考えているのかわからない山口の顔。



 青テント前の駐車場に、車が入って来る。テントの横まで来て止まる。

 澤井と数人のスタッフが出迎える。

 車から、藤田、続いて山口が降りて来る。

 澤井、山口に手を差し出して、握手する。

「期待してるわよ。頑張ってね」

 山口、何も言わず、ただうなずく。澤井たちから肩を叩かれて、控え室の方へ向かう。



 小さなテントが役者たちの控え室になっている。

 山口が入って来ると、既にそこに吉川がいる。山口をふり返り、「おう」と言って手を上げる。

 山口は軽く頭を下げる。藤田が後ろから入って来て、「おはようございます」と吉川に挨拶する。

 吉川、山口のところまで来る。山口の肩を軽く叩く。

「いよいよだな」

 吉川、テントの隅を開き、外の様子を見る。

「大入満員だ。みんな俺たちを観に来てるんだぜ」

 山口の方を見る。山口も吉川を見上げる。

「いいか。ちゃんとやれよ。千景になり切るんだ。いいな」

 吉川、そう言うと出て行く。山口、吉川の出て行った方向を睨むような目つきで見送る。

「さあ、すぐ支度してください」

 藤田の声に、山口は腰を上げて、鏡台の方へ移動する。



 一人でメイクをする山口。鏡を見ながら、ドーランを塗り、念入りに仕上げをして行く。

 その顔は、いつかのアシュラ男爵、ピエロ、般若の顔を経て次第に、恐ろしい形相の鬼か、悪魔か、狂人のものに変わる。鏡の中の自分と、何かを話すように、山口から千景へと変身を遂げて行く。鏡の外の山口が、鏡の中の千景を睨みつける。

「客入れが始まります」

 藤田が顔をのぞかせる。山口を一瞬見て、また出て行く。

「行くぞ、千景」

 鏡の中の山口の目が光る。



 青テントの中、客たちが入場して、それぞれの席に付く。

 渡辺宏美が入って来る。自分の席を探して座る。まだ暗い舞台の方を見て、短い息をつく。

 メイクをした山口が、そっと舞台裏から客席をのぞく。ほぼ満席の客席は、開幕ベルを待つだけ。客席を見渡して、大きな溜息のような深呼吸をひとつする。

 ふり返ると、少し離れて立っている吉川と目が合う。二人、一瞬にらみ合う。一瞬のような、長い時間のようなにらみ合い。山口の方が目をそらす。



 満席の客席に、開幕ベルが鳴る。

 照明が消える。

 音楽が流れる。

 テントの外、山口がベルの音に緊張する。舞台に出て行く入り口前に立つ。

 藤田、吉川が山口を見る。

 誰も動かない、緊迫した時間。

 山口、また大きく息を吸い込む。そして、舞台の方へと歩み出す。




■『蜃気楼男』


 開幕ベルが止み、静寂の中、観客の固唾の音だけが聴こえるテント内。

 舞台が明るくなり、ライトを浴びて山口が登場する。

 観客の拍手。客席の宏美も拍手する。

 山口、舞台の中央に来ると、客席を見渡した後、台詞を口にする。

「静かだ。なんて静かで平和なんだろう。昨日までの地獄が噓のようだ。たった一人、あいつが死んだだけで、これほどまでに平和な朝が迎えられるなんて。ああ、なんて幸福なことなんだ」



 テントの外、澤井、吉川、藤田が見ている。

 順調に始まった『蜃気楼男』。アングラ劇なので筋らしい筋はなく、主には観念的で不可解な台詞の応酬。俳優たちの熱のこもった抑揚ある声と、所狭しと動き回る演技により、観客は麻薬のような快感と興奮に包まれる。



 時間が経過し、場面は吉川と山口が口論するところ。吉川演じる陽平が、山口に挑むように畳みかける。

「まだわからないのか。俺は死んでいないのだ。お前に全てを教えるために甦って来たんだよ」

「うるさい!やめてくれ。そうか、これは夢だ。死んだはずの人間が生き返るはずがない。俺は悪い夢を見ているんだ」

「夢などというものは、この世に存在しない。そんなものがあると思っていること自体が夢なのだ」

「黙れ!亡霊の言うことなど聞きたくない。黙れ!」



 駐車場に車が止まる。

 後部座席が開き、中からサングラスをかけた由紀が降りて来る。後から降りて来た付き人とともにテントへ向かう。

 テントに入ると、すぐに舞台を見る。舞台の上には山口の姿。

 やがて、付き人とともに、前方へ歩いて行き、舞台前の特等席に座る。



 テント裏。演出家の澤井が、舞台をじっと見ている。

 山口が出番を終えて、いったん出て来る。

「なかなかいいわよ。やれば出来るんじゃない。あとひと息よ。頑張って」

 山口、何も答えず、藤田の持って来たタオルで汗を拭く。



 熱気の中、舞台もいよいよ大詰め。

 吉川に詰め寄る山口。後ずさりをする吉川。二人とも、メイクが流れるくらいに汗が顔から流れ、目は血走っている。

「俺を殺すつもりなのか。ハハハ、俺は死人だぞ。亡霊なんだ。それを殺してどうする。殺せると思ってるのか」

「お前は邪魔だ。ここに存在すること自体、許せないんだ」

「待て、よく考えろ。俺とお前は同じ人間なんだ。それを忘れるな。俺を今殺せば、同時にお前も死ぬんだぞ」

「構うものか。俺はお前を消したいだけだ」

 山口、吉川に歩み寄ると、その首をつかむ。

「思い直せ、千景!」

「地獄へ行け!」

 山口、吉川の首を絞めつける。

 もがく吉川。

 ぐいぐいと力を強めて行く山口。のどに指をのめり込ませ、さらに力をこめる。

 苦しむ吉川。



 それを舞台裏で見ている澤井。

「どうしたの。どうしたのよ、次の台詞は」

 澤井の言葉に、澤井の顔と舞台を交互に見る藤田。

「いつまで首を絞めてるの。陽平はなぜ倒れないの。千景の台詞は!」

 澤井の声のトーンが上がったので、近くにいた劇団員たちが舞台を見る。

 藤田も、舞台上の二人を見る。



 舞台の上、吉川の首を絞め続ける山口。

 吉川は、台詞が出て来ない。苦しそうに手足をばたつかせ、遂にぐったりとして力が抜ける。

 それでもなお、恐ろしい目つきで手に力を込める山口。



 舞台裏の澤井、声を上げる。

「照明落として、スモーク炊いて!」

 劇団員が「もうですか?」と聞く。

「すぐよ!それから、最後の音楽も入れて」

「まだ早いですよ」

「いいからやりなさい!今すぐに!」

 劇団員たち、あわてて動き出す。

 藤田は、何かわからないが、大変なことが起きているような気がして、蒼ざめて立ちつくしている。



 舞台の照明が落ちる。場内が真っ暗に。スモークが出て来る。音楽が大きく流れ始める。

 客席からどよめきが起こる。何が起きたのか、と騒ぎだす。

 周囲を見回し、怯える宏美。

 そして、冷静ながら顔が固まっている由紀。



 暗くなった舞台上に、劇団員たちが大勢駆け上がって来る。

 まだ吉川の首を絞めている山口を捕まえる。

「山口さん、やめてください!」

「どうしたんですか、山口さん!」

 山口、激しく抵抗する。が、大勢の力に、吉川の首を掴んだ手を振りほどかれる。

 吉川の肉体が、床の上にバッタリと転がる。



 異様な雰囲気に騒然として来る観客席。

「どうした」「何が起きた」の声が飛ぶ。

 薄暗い中、不安そうな顔で立ち上がる宏美。

 目の前の舞台を、じっとうかがっている由紀。

 舞台裏で頭を抱えている澤井。

 茫然と舞台の騒ぎを見ている藤田。



 舞台の上では、山口が劇団員たちに両手を掴まれ、抱きかかえられて、なおも暴れている。狂ったように、いや本当に狂っているのか、何かを叫びながら、からだをジタバタさせている。

 一方、倒れたまま全く動かない吉川。劇団員たちが抱き起す。

「吉川さん!吉川さん!」

 しかし、吉川はまぶた一つ動かさない。からだに全く力が入っておらず、劇団員に起こされても、人形のように手足が下に下がる。

 まだ暴れて、意味不明の言葉を叫び続ける山口。



 大騒ぎとなった青テント内。

 舞台で何が起こったのか、わからない観客たち。

いや、薄々わかっているのだが、それが現実のことなのか、芝居の演出なのか、迷っている。『深夜劇場』独特の演出なのかもしれない、と思う者もいる。そうではないとしても、まさかこんなことが起こるとは、信じられない。狭くて暗い中、泣き出す者もいる。声さえ出ない者もいる。

 まさに、そのときそこは地獄であった。



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